ひと思いに腐ってくれ!

先日、自分が働いている事務所に向かう廊下の一角で、手作りの何かが腐っていた。
 
それは、パンのようなものだった。のようなもの、と言わざるを得ないほど、もとの色や形が分かりにくいレベルでカビだらけになっていた。おそらく誰かの手作りか、パン屋で買ったパンだと思われるただの透明の袋だったかラップだったかに包まれて、廊下にいくつか置かれた椅子のうちの一つに、放置されていた。
 
ふと目に止まった日、捨てようか迷った。これはたぶんゴミになるんだけど、勝手に事情を知らない人間が捨てて良いのかどうか、迷った。手作りっぽいものとか、誰かのものっぽいものは捨てにくい。結局それは数日後に見た時にはなくなっていて、誰かが捨てたのだろうけど、事情を知っている人が捨てたのか、そうではないのかはわからない。
 
学生の頃、シェアハウスをしていた時にも、似たようなことがあった。誰かの食材が限界を迎えていて、でも本人も覚えていないので捨てられないまま腐る。腐ってはじめて、他人が捨ててもオッケー、という判断が、確信を持ってできる。
 
腐ったり傷んだりするものは、捨てやすい。わたしは、本当に褒められたことではないのだけど、しばしば冷蔵庫の中のものを腐らせる。自炊があんまり得意ではないのと、時間がないのと、わたしが普段食べないものを同居人が買ってきて使わないまま出張に出掛けてしまった、など、言い訳はいくらでもできるけど、2ヶ月に一度くらいは、ごめんねと思いながら「かつて食べられる状態だったもの」を捨てているような気がする。すごく良くない。すごく良くないことだけど、これは捨てるとはっきり決めて、ゴミ袋へドサッという音と共に投げ込んだ瞬間の、冷蔵庫の澱んだ空気が少し澄むようなあの気分は、スッキリとしていて悪くないのだった。
 
 
わたしは化粧品を買うのが好きだ。にもかかわらずいまいち垢抜けないので、あんまりそういうふうに見えないと思うけど、ドラッグストアやデパートやドンキホーテやPLAZAなどに一人で出向いて、あんまり考えずにコスメを爆買いして散財する趣味がある。ストレス発散なのだと思う。これを繰り返すと、単体で見たらきれいな色だけど全然似合わない500円くらいのアイシャドウとか、3000円くらいしたけど使い所がないパウダーとか、そういうのが少しずつ溜まっていく。加えて、わたしは通販もやる。「おトクな定期便」とか「まとめ買い割引」とか「Buy1 Get1」という言葉にめっぽう弱い愚かな消費者であるわたしの家には数ヶ月同じ化粧品が届き続けて、使うペースより溜まるペースのほうが早いこともある。試供品でもらった化粧品とかも、使わない可能性の方が高い(旅行に便利とか思うけど、普段は使っていない化粧品を旅行に持っていくのは肌に合わない可能性を鑑みるとリスクが高いのでそういう使い方って結局しなくないですか?)のに、なかなか、最初の段階で捨てられない。わたしは、そういうのを全部「冷暗所」と呼んでいるベッドの下の大きな引き出しに、一応、けっこうきちんと整頓して保管している。
 
そういうのを先日、ガバッと整理して、半分くらい捨てた。未開封なら3年、開封した化粧品はスキンケアなら半年、コスメなら2年が限界だろうというなんとなくの肌感覚を基準にして、思い切って捨てた。案外捨てるものは多くない、というのがわかってうれしかったが、結局こういうことをしても「あっじゃあアレ買っとこうかな」という気分になって、結局また浪費してしまうのだった。ないお金をどうやって浪費しているのか自分でもよくわからない。
 
数年前、断捨離が本当に苦手な母と姉と暮らしていた頃は、わたしが「捨てようよ」と提案する役割を担っていた。でもあれは、要請された役割を演じていたような気がする。母はこの絶対にいらないものを「捨てよう」と言ってほしいのだ、というのがなんとなくわかるからそう言っていただけで、わたしも一人になれば、ものが捨てられない、というかうまく使えない、ダメなタイプだ。
 
 
そして、本当に申し訳ないし、ありえないくらい罰当たりな話なのだけど、今年の正月くらいに家族で外食した時に、父にもらった冷凍のカニが、9月も下旬を過ぎた今、まだ冷凍庫にいて、本当にこれを捨てる勇気がない。
 
カニなんてどうやって食べたらいいのよ、いらないよ、と、もらう時点で言った気がするけど、何重にも新聞紙に包まれて実際の2倍くらいの大きさになったカニが保冷剤と一緒にジップロックに入り、それがさらに保冷バッグに入ったものを、そんなわざわざ用意して持ってきたものを、無下に「持って帰ってよ」とは押し切れなかった。もらって帰って、結局、「カニなんて特別な日に食べなきゃね!」というワクワクした気分と「自然解凍8時間ってどういうこと…」というめんどくささと、そんなに時間のかかる食べ物に神経を使って生活できねえよ…という弱音で、まだ食べられていない。早めに「カニパーティーやろうぜ!」といってイベントにしちゃって、友達とか呼べばよかった。わたしのもとへ来てしまったばっかりに、こんなに待たされて、二度死んだようなカニのことを思うとちょっと泣きたくなる。同じ感じで、レトルトの火鍋もまだ食べられていない。
 
本格的に涼しくなってきたら、家で火鍋、やろうか。カニは、こいつはもう9ヶ月経つんだけど(賞味期限が切れてから8ヶ月)どうなってしまっただろうか。腐ってはいないと思うけど、なんか臭くなったりパサパサになったりしているんだろうか。それとも案外いけるのか。腐りかけた豚肉を食べて、しばらくその臭さを引きずって肉が食べられなかった時期があるけど、カニもそうなっちゃったら嫌かも。冷凍庫のけっこう大きな体積をカニが占めているので、こいつがいなくなった瞬間には、かなり風通しがよくなるはずだな………、と、悪いような気持ちが頭をもたげてきた。