ーーー2024年・春 インドネシア滞在日記⑩ 5/21〜5/24
5/21(火)
わたしは昨夜というか今朝というか、朝4時のアザーンで一度目が覚めてしまったりしていたので、堂々と寝坊した。今日の夜にMVに向けたレコーディングが敢行されることになっている。
2階のわたしが寝ているエリアのそばの壁には、小さな窓(ガラスなし)があるのだけど、その内側に、麻でできた空色の布がカーテンのようにかかっている。今朝は、窓の外から手を入れてこの布をヒラヒラさせながらタフタが「Sarapan(朝ごはん)だよ〜」と声をかけてくれた。こういう細かいチョケに親しみがあって、いちいち嬉しい。あれ?カーテンあったっけ、と思って聞いたら、前からずっとあったよと笑っていた。
今朝は、先日タバコを買いに行った村でカフェを営んでいるというバリスタ(タフタの友人)がカップルで遊びに来ていた。たぶん20代半ばくらいの、若くておしゃれな二人だった。タフタのキッチンにはその友人からの差し入れのコーヒーがあって、それをすでに幾度となく飲んでいたので、ああ!この美味しいコーヒー、あなただったのか!!ってなった。いただいてます!と伝えた。
タフタは完成した笛をしまうための袋を作っていて(今日の夜に3本納品しに行くのでそれまでに仕上げなければならないらしい)、Aoiはこういうの得意?と手伝わされかけたけど、いや、それはあなたの作品だから…というのと、同じ縫い方を教わるのが面倒だったので手伝わなかった。(今思うと薄情だわ、ごめん)
バリスタ氏のガールフレンドが差し入れに持ってきてくれていた、バナナのシロップ漬け、Setup(ストゥップ)と、パリパリした薄い煎餅みたいなおやつをいただいた。もうこれ朝ごはんってことでいいね、と思っていたけれど、みんなでナシゴレンを作る流れになった。
相変わらず、ナシゴレンを作る段になるとタフタがいつのまにか姿を消して、シントロン(さっぱりした春菊みたいな香草)を摘んで戻ってくる。毎回シントロン入りで作ってくれるの、本当にうれしい。まずめちゃ美味しいし、いつのまにか摘んで戻ってくるお決まりの一連がおもしろすぎて、わたしはずっとツボです。ほどなくナシゴレンは完成したが、ガールフレンド氏がぜんぜん食べないのでわたしがほぼ二人前の量を食べた。
食後ののんびりタイム。バリスタカップルがわたしの曲をSpotifyでかけてくれていて、嬉しいけどなんか気まずいので、ひとり少し離れたところで山を眺めながら覚えたてのタバコを吸って時間をつぶしたりした。その後、2階でぼんやりしているとタフタが階下で笛を吹いているのが聞こえ、あっ…これはわたしの曲だ…という瞬間があり、嬉しすぎてこっそりiPhoneで録音した。
ここの庭でのんびりしていると、いろいろなものに気づく。料理に使うために庭に植えたんだけど、どんどん食べちゃうからすぐなくなる(笑)という唐辛子の花が下に向かって咲いているのがかわいかったり、コーヒーの白い花が先週はつぼみだったのに、もうすっかり咲いていたり。「コーヒーすごい咲いてるね〜!」と喜び伝えると、タフタが「ジャスミンみたいな香りするでしょ、お茶にできるよ!」というので、ひと握り摘んでみた。摘んだ花びらを皿に広げると虫がたくさんいたので、それを潰しまくって(グロ描写ですが、小さい虫なので指で潰してそのまま皿に擦りつけると消失する)から、天日に干した。あとで飲んだが、そんなに印象に残る味ではなく、その場にいたみんなで回し飲みして全員「まあこんなもんか…」というリアクションだった。
起きたのがほぼ昼だったので、髪を洗ったりのんびりしたりしているうちに時間が過ぎ、バリスタカップルはほどなくして帰っていった。今夜の録音、間に合えば2曲やりたいね、と言って、笛作りの休憩がてら、ちょっと練習した。拙曲『湾岸行々(Urban Port)』のラスサビをタフタがオクターブ下で歌ってくれて、かなり美しかった。彼は耳が良いし真面目なので、日本語の発音を繰り返し確認して、すぐに上達して、「航空障害灯がまばたきをしてる、透明になって山が寝ている」という一節を完璧に歌えるようになっていた。(この録音はわたしのiPhoneのボイスメモにしかないのだけど、嬉しすぎて飛行機とかでずっと聴いていました。宝物データ…)
夕方、暗くなる少し前にアントとルイージが遊びにきた。Bubur Pecelという、ピーナッツソースがけのお粥の美味しい店があるというので、そこへ一緒に夕飯を食べに行って、そのまま録音スタジオ(カルトゥンさんの友人が働いているという大学の音楽室)に向かう。バイク2台で、4人で山を降りた。
Bubur Pecel はめちゃくちゃ美味しかった!!Nasi Pecel と違って、これなら温かいし、胃にも優しいし、安いし、最高なのではないか!?3日に2日くらいこれ食べたい!!!と大興奮してしまった。ルイージは以前にもここに食べにきたことがあって今日ここへくる提案をしてくれたようで得意げだった。ありがとう。
インドネシアの庶民的な食堂の多くは、すでにできている揚げ物がテーブルや店の一角にどんと置いてあって、自分で好きなものを選んで皿に盛って食べるようになっている。この日はアントが揚げ物を山ほど皿に積み上げていて面白かった。そんなに食べるの?!と驚いているうちに食べ終わって2杯目のBubur Pecelをおかわりしていた。
さらに1時間弱ほどバイクを走らせ、4人で大学に到着。駐輪場にバイクを停めたあと、ルイージとアントはフルーツジュースが飲みたいからちょっと行ってくる!と街へ消えた。わたしは水だけ買って、大学内のモスクの前でタフタと一緒にカルトゥンさんを待った。
ほどなくしてカルトゥンさんとは合流できたが、録音の準備がまだらしいので、引き続き3人でそこにいた。月がすごくきれいに出ていた。わたしはムスリムではないので、モスクに来たことはほぼない。ミーハーな気持ちで入っていくのは失礼だし、特に用事もないのでいつも通り過ぎるだけだったけど、この日は建物の入り口のタイルの階段に腰掛けていて、ソワソワした。髪を隠していない女だけど大丈夫だろうかという気持ちと、一緒にいてくれる友人たちへの心強さと、そういえば、彼らの生活のなかのこの部分はわたしには遠いな、という寂しい気分も少しだけあった。
もうすぐ満月を迎えるようで、見上げると月が丸かった。スマホを見ていたタフタが、わたしが明け方に起きてしまった時にしていたインスタグラムの投稿を見て「え、今朝4時に起きてたの?全然気が付かなかった」と言って笑っていた。
さらに別の場所(校舎の玄関)に移動して、またドアの外のところのタイルの床に座って待った。アントとルイージがいつのまにか戻ってきていて、チョコレートのぱりぱりした薄いクレープ巻きみたいなおやつを分けてくれた。近くで工事をやっていて、この音が入っちゃうんじゃないの、と思った。通りすがりの学生らしき男の子が、5年前にスマランでやったライブに来ていた人だったらしくて「え?!」ってなりつつ握手した。そんな世間せまいことある…?
だいぶ待ってようやく、違う建物へまたまたみんなで移動した。
録音をする場所は、いわゆるスタジオというわけではなく、普通の講義室に手作りの防音を施したような一室で、20人ぶんくらいの椅子と机が置いてあった。細長い部屋を横向きに使っていて、長いほうの壁にホワイトボードや教壇がしつらえてある。入口から一番遠い奥のほうの、スポンジの貼られた壁のそばにパイプ椅子が置かれ、マイクスタンドを立てている人たちがいた。
ウスマンさんという人が、カルトゥンさんの紹介で今日のエンジニアをやってくれる。あと2人、助手みたいな感じで若い男の子がいた。よくわからんけど1人は途中で帰った。ただでさえ時間がおしているので、我々はすぐに楽器を出して、エンジニアたちの準備が終わるまでダメ押しでさらにちょっと練習した。
ここはタフタの家よりもずっと電波がよく、インターネットも快速だった。我々の場合、もはや普段の日々のほうがずっとキャンプなのでは……。そんな電波状況のなか、昨日のレコーディングのラフミックスが届いた。爆速助かる〜!それをカルトゥンさんがBluetoothスピーカーでかけてくれて、みんなで聴いた。
わたしは、渡航前にアルバムの録音をしてきたばかりだったこともあって、ミックスの要望をまとめるための試聴だ…、というシャッキリした気持ちで聴き始めたが、みんなが口々に歌いだすしまあそもそも外だしで、全然そんなふうには聞けなかった。それがあまりにも嬉しくて、聞こえないじゃん〜!と指摘しながら大笑いしてしまって、それでもみんな歌うのをやめなくて、わたしはそのまま笑いが止まらなくなった。嬉し笑いしながらちょっと涙が出た。こんな幸せなことがあっていいのか……
朝日のタイミングを狙って山に登るため、夜中の3時に起きて4時に出発ね!ということで、わたしは22時くらいにはテントに引っ込んだ。みんなの話し声がまだ聴こえていたし、地面が斜めであんまり眠れなかったうえに、2時くらいに目が覚めてトイレに行って戻ってきたら、アントとルイージが元気にそのへんにいて、もう出発しようぜ!と言われた。ええ…4時間しか寝てないよ……(あと今書いていて気づいたけど、この2人も寝てないな)そしてタフタは本当に外で寝ていた。テントのそばに横になっていて完全に闇に溶けていたので踏みそうになった。タフタは、アントとルイージに起こされて急かされても「そんな急がんでも」という感じでのんびりタバコを吸って、お茶飲んでからにしよ〜、とゆっくり動いていた。ほぼ寝ていないので無理もない。アントとルイージはなぜかずっと元気だった。
あたりは真っ暗だ。他にもたくさんいる登山客が、みんなライトを手に持ったり頭につけたりしていて、その明かりしかないが、その明かりがかなりたくさんあるので迷ったりするような困難さはない。登山客の列は途切れることなく続いていた。そこにすっと加わって、4人で出発した。カルトゥンさんたちは普通に日が出てからちょっと登るにとどめるとのことだった。
わたしはカルトゥンさんのヘッドライトを借りて持たせてもらった。山道はかなりハードだった。夜なので視界が悪い。それに加えて、日本でわたしが登ったことのあるような整備された山と違って、道に手すりや階段がほぼない。ほとんどずっと「人間が歩いてできただけ」みたいな道を登り続けるので、かなりきつくて、早い段階で大汗をかいて上着やヒートテックを脱いだ。先頭をタフタが進むが、身長180超えムキムキ山男のペースに、20センチ以上体が小さい上に最近運動不足の登山ペーペーがついていけるはずがなく、たびたびAoi ストップが発生した。途中から、これは積極的に止まらないとマジで膝を壊す、という危機感が出てきたので、本当に無理になる3段階手前くらいで「休みたい!」と言うようにした。
登山客は若者が多かった。信じられないくらい軽い装備で来ている人もいれば、しっかりした格好の人もいた。ポータブルスピーカーから粗悪な音でガチャガチャした音楽をかけている人がなぜか一定数いて、それを見るたびにルイージが「信じられない、こんなに素晴らしい自然のなかに来ているのにバカなのか」と憤慨していて、わたしもこれには同意だった。あと、理解不能なのだけど、急に雄叫びをあげるのが山全体で流行っていた。誰かが急に「うぉうぉうぉうぉうぉ」などと吠え出すと、他の若者も応えて吠える、という、お前ら猿なの⁉︎ と言いたくなるような遊びがあちこちで多発していた。なんだったんだろうあれ…。日本で登山に行くと静かに爽やかな気持ちになるが、この日の登山は、せっかく夜登山なのにかなりやかましくてがちゃがちゃしていて、変な感じだった。わたしの知ってる登山とはニュアンスがだいぶ違っていておもしろかった。
登山中、アントが最後尾を守ってくれていてありがたかった。タフタは自分のペースでガンガン登っていくし、ルイージもそれについて先へ行ってしまったが、アントはわたしが休憩というほどではないにしてもたまに立ち止まるたびに、一緒にその場にいてくれた。ありがとう…。時々みんなで少し休んで、Gula Arenのかけらを分けて食べたり持参した水を飲んだりしたが、気持ちとしてはひと息に、上まで登った。
山頂付近にさしかかると、遠くに他の山と、街の明かりが少し見えた。若者がウホウホ叫んでいて耳は若干しんどいが、月が雲でぼやけて見えていて、とても美しかった。満月の1日前だ。
タフタがふいに「この景色、Aoiの歌にあったね」と言った。えっっ、はい!「透明になって山が寝ている」という一節がございます。そういえば、ここを一緒に歌いたくて歌詞の意味を話したことがあった。わたしの名前の漢字の話をした時もそうだった(「(碧の漢字は)空じゃなくて海の色だよね」)けど、何日か前の話なのにちゃんと覚えてくれていたことがまず友達として嬉しかった。それに、歌詞の描くイメージが目の前の景色と今まさにリンクしている、それも、異国で、外国人の友人の頭の中で!というのが、とてつもなく嬉しくて、めっちゃ感動した。これはさすがに一生忘れたくない。世界のどこへ行っても、夜になれば、山々は遠くで透明になって闇に溶け、横たわって朝を待っているのだ……………
頂上は寒かった。汗で体が冷える。山頂にはもう人がいっぱいで、みんな思い思いの場所に敷物を敷いて、何か食べたりしながら朝日を待っていた。満開の頃の上野公園の花見くらい混んでいた。ポータブルスピーカーで音楽をかけている人はここにもいて、アニメ"serial experiments lain"のOPの曲が聞こえてきた時はかなりおもしろかったけど、同行者の中に伝わる人がいないと思ったので黙ってニヤニヤしていた。わたしたちは留まれる場所を探しながら移動し、最終的に大きめの岩の近くにいることにした。敷物を持ってこなかったし、そこらは夜露でびしょびしょに濡れていて座り込む気になれず、ただ突っ立って日の出までの時間をつぶすことになった。
40分くらい立っていただろうか。ようやくあたりが明るくなってきた。が、霧だか雲だかが濃くて、日の出の時間を過ぎてもぼんやり明るくなっただけだった。タフタはちょっと草を分け入ったところで、みんなに背を向けて黙って立っていた。たぶん瞑想していたんだと思う。
朝日は見られなかった。しょうがない、帰ろう。少し道を進み「ここが頂上です」の看板のところで4人で写真を撮った。寒さに凍える我々に、タバコ吸えば寒さを誤魔化せるんじゃない、とめずらしく紙巻き(でも両切り)のタバコをタフタが差し出した。黒地に金の文字が押されたリッチなデザインの箱に、一本ずつ金色の紙に包まれたタバコが入っている(Dji Sam Soe のタール39mgくらいある激重タバコ)。ルイージはそれを珍しがって写真を撮っていたが、喫煙はしたくないようで、わたしがちょっともらっただけだった。山頂で吸うタバコはたしかに美味しかったが、それより寒すぎてとにかく早く下山したかった。出発した時にも寒かったので持っている布を全て体や首元に巻き付けてきたが、また同じ装備になっていた。わたしたちは、ルイージの提案で、心無い登山客が捨てていったゴミを見つけるたびに拾いながら降りた。途中で拾ったコンビニサイズのビニール袋がいっぱいになった。
降り始めてから、雲が晴れて太陽が出てきた。山頂エリアから山道にはいって少し行った頃、信じられないくらい美しい光景に出会った。あたり一面にうっすら霧がかかっていて、生い茂った木々の枝の隙間から太陽の光が何本も差していた。遠くで若い登山客の鳴き声もしたが、虫や鳥の声も多く聴こえた。湿度が高く、ああ、これは東南アジアの山だ!と思った。びっしり苔むした太い木の幹や枝や大きな葉っぱに、恵みのような強い輝きの太陽光がまばらに落ち、ところどころに小さな花が咲き、蜘蛛の巣や細い草についたしずくが立体的にキラキラしていた。美しかった。360度、目に映る全てが美しかった。わたしたちは立ち止まって、しばらくその場を味わった。
わたしは膝がかなり限界にきていて、もう老人のようにゆっくりとしか歩けなかった。スマホで動画を撮影するためにルイージはたびたび足が止まっていたし、それに付き合ってアントも下山ペースが落ちていたため、4人だった我々一行は2:2に分裂して、わたしはしばらくタフタと2人で歩いていた。たまに膝休憩をもらっていたが、次第に「まあ、もう道わかるっしょ」みたいな感じでタフタは振り向かなくなり先に消え、わたしは最終的に1人で帰った。途中で、登ってきたカルトゥンさんとニサと会ったので写真を撮った。
行って帰ってくるまで、だいたい6時間くらいの登山だった。高尾山くらいのノリっぽいのだけど、道が極悪なのと夜なのと完全に寝不足なのとで、かなりきつかった。みんな何となくバラバラにもどってきて、合流できたメンバー(タフタとアント)3人でSoto(お茶漬けぐらいの感覚で食べられて本当に助かる、米入り鳥スープ)を黙ってサッと食べ、テントのほうに戻って各自眠った。
そのまま昼過ぎまでだらだら過ごした。タフタはテントの近くの岩場みたいなところに薄いキャンプ用のマットを持って行って、そこでかっこよく片膝を立てて濃い色のサングラスをかけて寝ていて、ふざけているわけじゃないと分かっているんだけど、なんかめちゃくちゃおもしろかった。わたしはちょっと寝たら案外元気になったのでテントから出て、でも何かやるほどの体力はないので、昨日の夜に袋を開けてすっかり湿気てしまったお菓子をボーッと食べていた。ルイージが、びっしりの文字と少しの絵による日記っぽいものをイタリア語でノートに描いていて、けっこう絵が上手だということが判明した。タフタのテントを描いていた。わかる〜。外国に来て紀行みたいなのを書くの、楽しいよね…わたしもめっちゃやります。
お菓子をまとめて置いていたゾーンに、ニサかカルトゥンさんが買ってきたと思われる丸い小ぶりの菓子パンがあって、ものすごく甘いマーガリンとチョコレートの挟まったアンヘルシーなものなのだけど、全然美味しくないのに妙に旨くてついつい二つ食べてしまった。こんなに日々アクティブに過ごしているのに、わたしはだいぶ太りつつあった。
帰る段になり、テントをたたんで荷物をまとめていたら、寝袋がひとつ足りないことがわかった。わたしが借りていた(けどなんか使わなかった)のが、なぜかない。来る途中で撮った写真には写っていたので、途中で落としたのだろうか。カルトゥンさんが、え〜どうしたんだろう、と色々考えてから「……Jatuh(落とした)?」と言っていたのが妙に印象に残っている。Jatuh、なんか二度と見つからなさそうな語感で凹む…。借り物を失くすなんて酷い話だ。ほんとうに申し訳ない。ひと通り近辺を探したが、なく、諦めるしかないので、どんまい、という感じでみんなでバイクで出発した。
バイクの道中、わたしの口数の極端な少なさから凹んでいるのがバレていたみたいで、タフタが振り向きもせずに「もうそのことは考えないで」と言ってくれた。古かったし、手放すタイミングだったんだよ、みたいな励ましをもらった。本当にすみません。次に彼らを訪ねてここへ来る時には、絶対に寝袋を買って持参して、必ず弁償しよう、と密かに心に誓った。
帰り道、途中で少し雨が降ってきた。ざあざあ降りになる頃に、田んぼのなかにぽつんと立っているWarung(食堂)でお昼を食べつつ雨宿りすることになった。明日、MVの撮影をするので(MVの撮影をするので???)カメラマンのアルゴとここで合流して一緒に帰る。
午後15時半くらいの中途半端な時間だったので他に客はいなかった。Warungにしてはちょっと珍しく2階席があり、大きい建物だった。みんなNasi Rames(自由に選べるおかずwith白米)にした。わたしは知らないものを積極的に食べていく方針なので、Buletという小さいうなぎみたいな魚の、スパイス和え焼きみたいなものにトライした。Buletは骨が多くて食べにくかったが、味は美味しかった。
この日は本当〜に、全く雨が止まなかった!わたしたちはここで3時間くらい足止めをくらった。寝ていた人もいたし、ルイージが、アプリを使ったお題当てゲームみたいなのをやろう!と言ってみんなを集めてくれた場面もあったが、あんまり盛り上がりきらなかった。ルイージのイタリア語っぽい発音がおもしろいらしく、タフタが「マス・アントォー(アントの兄貴、の意)」と、ルイージのモノマネを連発していた。疲れて変にテンション高いみたいなのあるよな…
もはや外も暗くなってきて、あまりに長居して申し訳ないのでみんな2杯目のドリンクを注文した頃、タフタが口笛で拙曲『湾岸行々(Urban Port)』の二度目のサビのところ「冷たくない、なんていったの、なに、え?」の部分(ここです)(https://youtu.be/7CDhc-0-rMk?si=UIrSQutenk732auv&t=231)を口笛で吹いていて、ここ好き、と言ってニコニコしていた。え〜、うれし〜〜〜。カルトゥンさんに「なにそれ」みたいな反応をされ「え、Oishii song(※=いい曲、の意で二つ名がついていた)のあそこだよ〜」と歌って説明して「ああ〜」ってなったりしていた。
19時過ぎにようやく雨脚が弱くなり、アルゴも着いたので、全員で再出発。ボディソープなくなったので買いたいです!どっかでコンビニあったら寄って!というのだけ伝えて、タフタのバイクに乗った。
が、ちょっと進んだらまたすぐ大雨が降ってきた。とりいそぎコンビニの用事は済ませたが、その後もまだまだ雨脚が強く、途中で雨宿りすることにした。インドネシアには町の夜警のおっちゃんが常駐してテレビを見ている小屋みたいなのがあるんですが、それが無人なのを見つけたのでバイクを停めた。屋根の下にいると、すぐアントとルイージが追いついて、もうこれしばらく無理っしょ、ということで、靴を脱いで小屋のなかに入ってそこで休んだ。でも全員、登山で疲れているしずっと一緒にいすぎてもうお喋りする話題もなく、この場にいない人とメッセージをしたり、SNSを眺めたり、みんなほぼ無言だった。
しばらく待って、そろそろ行けるかな!と出発したが、やっぱり無理だった。また少し行った先で同じように雨宿りした。店のシャッターが閉まっている屋根の下に、なぜか置いてあったテーブルと硬い椅子で休む。ルイージが「なんでまだ降ってるのに行く判断したんだ!さっきのところのほうが居心地がよかったよ!」と笑いながら文句を言っていた。タフタが「これみんなで分けよう」と、とても小さい(5センチ四方くらい)袋に入った小さなアラレを鞄から出して、みんなでちょっとずつ食べた。アントもコーヒー味の飴を出してテーブルに置いてくれたが、なんかみんな飴って気分ではないらしく誰も食べなかった。
5/21(火)
わたしは昨夜というか今朝というか、朝4時のアザーンで一度目が覚めてしまったりしていたので、堂々と寝坊した。今日の夜にMVに向けたレコーディングが敢行されることになっている。
2階のわたしが寝ているエリアのそばの壁には、小さな窓(ガラスなし)があるのだけど、その内側に、麻でできた空色の布がカーテンのようにかかっている。今朝は、窓の外から手を入れてこの布をヒラヒラさせながらタフタが「Sarapan(朝ごはん)だよ〜」と声をかけてくれた。こういう細かいチョケに親しみがあって、いちいち嬉しい。あれ?カーテンあったっけ、と思って聞いたら、前からずっとあったよと笑っていた。
今朝は、先日タバコを買いに行った村でカフェを営んでいるというバリスタ(タフタの友人)がカップルで遊びに来ていた。たぶん20代半ばくらいの、若くておしゃれな二人だった。タフタのキッチンにはその友人からの差し入れのコーヒーがあって、それをすでに幾度となく飲んでいたので、ああ!この美味しいコーヒー、あなただったのか!!ってなった。いただいてます!と伝えた。
タフタは完成した笛をしまうための袋を作っていて(今日の夜に3本納品しに行くのでそれまでに仕上げなければならないらしい)、Aoiはこういうの得意?と手伝わされかけたけど、いや、それはあなたの作品だから…というのと、同じ縫い方を教わるのが面倒だったので手伝わなかった。(今思うと薄情だわ、ごめん)
バリスタ氏のガールフレンドが差し入れに持ってきてくれていた、バナナのシロップ漬け、Setup(ストゥップ)と、パリパリした薄い煎餅みたいなおやつをいただいた。もうこれ朝ごはんってことでいいね、と思っていたけれど、みんなでナシゴレンを作る流れになった。
相変わらず、ナシゴレンを作る段になるとタフタがいつのまにか姿を消して、シントロン(さっぱりした春菊みたいな香草)を摘んで戻ってくる。毎回シントロン入りで作ってくれるの、本当にうれしい。まずめちゃ美味しいし、いつのまにか摘んで戻ってくるお決まりの一連がおもしろすぎて、わたしはずっとツボです。ほどなくナシゴレンは完成したが、ガールフレンド氏がぜんぜん食べないのでわたしがほぼ二人前の量を食べた。
食後ののんびりタイム。バリスタカップルがわたしの曲をSpotifyでかけてくれていて、嬉しいけどなんか気まずいので、ひとり少し離れたところで山を眺めながら覚えたてのタバコを吸って時間をつぶしたりした。その後、2階でぼんやりしているとタフタが階下で笛を吹いているのが聞こえ、あっ…これはわたしの曲だ…という瞬間があり、嬉しすぎてこっそりiPhoneで録音した。
ここの庭でのんびりしていると、いろいろなものに気づく。料理に使うために庭に植えたんだけど、どんどん食べちゃうからすぐなくなる(笑)という唐辛子の花が下に向かって咲いているのがかわいかったり、コーヒーの白い花が先週はつぼみだったのに、もうすっかり咲いていたり。「コーヒーすごい咲いてるね〜!」と喜び伝えると、タフタが「ジャスミンみたいな香りするでしょ、お茶にできるよ!」というので、ひと握り摘んでみた。摘んだ花びらを皿に広げると虫がたくさんいたので、それを潰しまくって(グロ描写ですが、小さい虫なので指で潰してそのまま皿に擦りつけると消失する)から、天日に干した。あとで飲んだが、そんなに印象に残る味ではなく、その場にいたみんなで回し飲みして全員「まあこんなもんか…」というリアクションだった。
起きたのがほぼ昼だったので、髪を洗ったりのんびりしたりしているうちに時間が過ぎ、バリスタカップルはほどなくして帰っていった。今夜の録音、間に合えば2曲やりたいね、と言って、笛作りの休憩がてら、ちょっと練習した。拙曲『湾岸行々(Urban Port)』のラスサビをタフタがオクターブ下で歌ってくれて、かなり美しかった。彼は耳が良いし真面目なので、日本語の発音を繰り返し確認して、すぐに上達して、「航空障害灯がまばたきをしてる、透明になって山が寝ている」という一節を完璧に歌えるようになっていた。(この録音はわたしのiPhoneのボイスメモにしかないのだけど、嬉しすぎて飛行機とかでずっと聴いていました。宝物データ…)
夕方、暗くなる少し前にアントとルイージが遊びにきた。Bubur Pecelという、ピーナッツソースがけのお粥の美味しい店があるというので、そこへ一緒に夕飯を食べに行って、そのまま録音スタジオ(カルトゥンさんの友人が働いているという大学の音楽室)に向かう。バイク2台で、4人で山を降りた。
Bubur Pecel はめちゃくちゃ美味しかった!!Nasi Pecel と違って、これなら温かいし、胃にも優しいし、安いし、最高なのではないか!?3日に2日くらいこれ食べたい!!!と大興奮してしまった。ルイージは以前にもここに食べにきたことがあって今日ここへくる提案をしてくれたようで得意げだった。ありがとう。
インドネシアの庶民的な食堂の多くは、すでにできている揚げ物がテーブルや店の一角にどんと置いてあって、自分で好きなものを選んで皿に盛って食べるようになっている。この日はアントが揚げ物を山ほど皿に積み上げていて面白かった。そんなに食べるの?!と驚いているうちに食べ終わって2杯目のBubur Pecelをおかわりしていた。
さらに1時間弱ほどバイクを走らせ、4人で大学に到着。駐輪場にバイクを停めたあと、ルイージとアントはフルーツジュースが飲みたいからちょっと行ってくる!と街へ消えた。わたしは水だけ買って、大学内のモスクの前でタフタと一緒にカルトゥンさんを待った。
ほどなくしてカルトゥンさんとは合流できたが、録音の準備がまだらしいので、引き続き3人でそこにいた。月がすごくきれいに出ていた。わたしはムスリムではないので、モスクに来たことはほぼない。ミーハーな気持ちで入っていくのは失礼だし、特に用事もないのでいつも通り過ぎるだけだったけど、この日は建物の入り口のタイルの階段に腰掛けていて、ソワソワした。髪を隠していない女だけど大丈夫だろうかという気持ちと、一緒にいてくれる友人たちへの心強さと、そういえば、彼らの生活のなかのこの部分はわたしには遠いな、という寂しい気分も少しだけあった。
もうすぐ満月を迎えるようで、見上げると月が丸かった。スマホを見ていたタフタが、わたしが明け方に起きてしまった時にしていたインスタグラムの投稿を見て「え、今朝4時に起きてたの?全然気が付かなかった」と言って笑っていた。
さらに別の場所(校舎の玄関)に移動して、またドアの外のところのタイルの床に座って待った。アントとルイージがいつのまにか戻ってきていて、チョコレートのぱりぱりした薄いクレープ巻きみたいなおやつを分けてくれた。近くで工事をやっていて、この音が入っちゃうんじゃないの、と思った。通りすがりの学生らしき男の子が、5年前にスマランでやったライブに来ていた人だったらしくて「え?!」ってなりつつ握手した。そんな世間せまいことある…?
だいぶ待ってようやく、違う建物へまたまたみんなで移動した。
録音をする場所は、いわゆるスタジオというわけではなく、普通の講義室に手作りの防音を施したような一室で、20人ぶんくらいの椅子と机が置いてあった。細長い部屋を横向きに使っていて、長いほうの壁にホワイトボードや教壇がしつらえてある。入口から一番遠い奥のほうの、スポンジの貼られた壁のそばにパイプ椅子が置かれ、マイクスタンドを立てている人たちがいた。
ウスマンさんという人が、カルトゥンさんの紹介で今日のエンジニアをやってくれる。あと2人、助手みたいな感じで若い男の子がいた。よくわからんけど1人は途中で帰った。ただでさえ時間がおしているので、我々はすぐに楽器を出して、エンジニアたちの準備が終わるまでダメ押しでさらにちょっと練習した。
マイクを立ててPCにつないで、Aoiが普通に1人で演奏したものにあとからタフタが笛とコーラスを重ねる、というとてもシンプルな録音なので、何にそんなに手間取っていたのか不明だったが、録音が始まったのは22時をまわっていた。マイクスタンドは、言ってはなんだけど安い作り、かつ年季が入っていてボロボロだったけど、力一杯ねじを締めてなんとか使った。
わたしは一発でOKテイクを撮り(最後の1分くらいヘッドホンが頭からずれ落ちてきて焦ったが、耐えた)、すぐタフタに交代した。タフタもめちゃくちゃ優秀なので笛は2テイクで決めていたし歌もすぐで、始まってからはあっという間だった。聞きなおしてチェックしながら進めるので時間はかかったが、23時過ぎに終わった。2曲録る余裕はなかった!
レコーディングは楽しかったけど、タフタの表情が少し固くて気になった。山の家で何度も一緒に遊ぶみたいに演奏した時とか、バイクに乗って歌った時とか、ああいう時のほうがやっぱり圧倒的に輝いていたな、と思ってしまった。わたしは、ああいうふうに人が輝きながら奏でているのを「音楽」だと思っていて、そういうのを一番信じているし好きだ。タフタも「録音って緊張しちゃうからライブのほうが好きかも」と言っていた。わかる。超わかるよ。
今回の録音は、山の家で一発録りでやるアイディアもあったけど、自分たちの録音技術の限界と、後の編集のしやすさ・最終的な出来を考えてスタジオ録音にしたのだった。そう決めたのはわたしだったし、結果よかったと思っているけど、この日はまだちょっと不安だった。
わたしは一発でOKテイクを撮り(最後の1分くらいヘッドホンが頭からずれ落ちてきて焦ったが、耐えた)、すぐタフタに交代した。タフタもめちゃくちゃ優秀なので笛は2テイクで決めていたし歌もすぐで、始まってからはあっという間だった。聞きなおしてチェックしながら進めるので時間はかかったが、23時過ぎに終わった。2曲録る余裕はなかった!
レコーディングは楽しかったけど、タフタの表情が少し固くて気になった。山の家で何度も一緒に遊ぶみたいに演奏した時とか、バイクに乗って歌った時とか、ああいう時のほうがやっぱり圧倒的に輝いていたな、と思ってしまった。わたしは、ああいうふうに人が輝きながら奏でているのを「音楽」だと思っていて、そういうのを一番信じているし好きだ。タフタも「録音って緊張しちゃうからライブのほうが好きかも」と言っていた。わかる。超わかるよ。
今回の録音は、山の家で一発録りでやるアイディアもあったけど、自分たちの録音技術の限界と、後の編集のしやすさ・最終的な出来を考えてスタジオ録音にしたのだった。そう決めたのはわたしだったし、結果よかったと思っているけど、この日はまだちょっと不安だった。
振り返って聞いてもあの日の録音は素晴らしい出来だし、積み上げた輝きの先にあった演奏だったと思う。でも、奇跡みたいな瞬間そのものではなかった気がして、ほんの少し寂しかった。あの日わたしはマイクの前でひとりで1テイク歌っただけだった。それじゃあ日本にいる時とか、いつもと同じだ。ほんとは同時に、一緒に歌いたかった!
録音を終えて、空腹のまま帰路についた。まっすぐ帰ると思っていたら、途中から見物にきたマルノ(先週一緒に演奏したヴァイオリニスト)とタフタと3人で、彼らの友人のミュージシャンの家へ向かった。そうだった。笛を3本納品するというミッションがあった。ミュージシャン氏は気のいい若いニイちゃんで、笛を無事に渡した後も、ひとしきりタバコを吸いながら3人のおしゃべりが続いたので、わたしは完全に眠くてほとんど会話に入らずぼーっとしていた。トッケーが鳴いているのが聞こえた。その後の帰り道はすっごく眠かったことしか覚えていない。
5/22(水)〜23(木)
今日はキャンプに行くというので朝早いんだろうと思っていたら全然そんなことはなかった。月を見る(浴びる)のが主目的なので夕方に出発するらしい。
起きて階下へいくと、タフタとアントとルイージがのんびりしていた。めずらしくアントが朝食担当のようで、台所に立っていた。が、別に料理上手というわけじゃないらしく、おっかなびっくりという様子でなんとなくモタモタしていた。他のみんなは、居間のようなスペースのほうに座ってお茶を飲みながら待っていて、タフタはアントのギターを弾きながらゆったり歌っていた。黒い小さな蝶がそのまわりを飛んでいた。朝ご飯は、焼いた小さな魚とテンペと、野菜のスープ、白ごはんだった。スープの野菜の切り方がなんか下手くそな感じで愛しかった。
食べ終わってもなんとなくさっきまでみたいな時間が続いていて、タフタが引き続き知っている歌を次々歌っていたのだけど、急に知っている曲が聞こえてきてめちゃくちゃびっくりした。す、好きな曲だ!!!!Fleet Foxes の "Blue Ridge Mountains" という曲だった。一年くらい前に友人に教えてもらって聴いていて、これはアルバムのあとのほうに入っている超いいリフのある曲……英語の歌詞は覚えていなかったのでメロディーを一緒に鼻歌で歌った。この曲いいよね〜!ってこんなところでこんなふうに言い合えるのが嬉しすぎて、胸がいっぱいだった。しかもめっちゃいい声なのであった…。アントとルイージは知らない曲だったようで反応が薄かったけど、わたしがめちゃくちゃ嬉しそうにしていたら、タフタはもう一度はじめから歌ってくれた。
そろそろ出発かなあと思い始めたお昼すぎ、一度村のお父ちゃんたちの家に寄って、15時過ぎくらいに出発。1時間弱ほどかけて、この山を東の方へ移動する。(今いるのは山の西側)
途中、何度か屋台のお菓子(バナナをクッキーっぽい生地で包んで揚げたお菓子Molenがめちゃ美味しかった)や、天ぷらなどを食べる小休止を3回くらい挟んだ。どう考えても食べ過ぎだし、景色もふつうに郊外の街のままなので、3回目の休憩の時にルイージが大きい声で「これがインドネシアの登山ってわけ?!」と冗談めかして言っていた。そうだぜ、これが世界一歩かない国の登山だ!byカルトゥンさん
それでも道を進むにつれて少しずつ標高が上がって肌寒くなり、うっすら小雨に降られたりもしつつ、広大なバラの畑のあいだの道をぬけて、ようやくキャンプ場に辿り着いた。バラの畑は見事だったし、植生がはっきり変わったのがわかって嬉しかった。
キャンプ場はかなり混み合っていた。満月だし連休だからね…とみんなが言っていたけど、満月って理由で山が混むんだ…?ともかく暗くなる前にテントを張る。ほどよい場所をスッと見つけて、3チームに分かれてそれぞれのテントを建てた。テントは3つ、人は6人だ。わたしはカルトゥンさんのガールフレンドであるニサが自分と一緒に泊まってくれるのかな、と思っていたが、2人はカップルでテントを使うようなので、ちょっと戸惑っていた。散々家に泊めてもらってきたけどタフタの持ってきているテントは明らかに1人用サイズだし、これに2人で寝るのはさすがに仲良すぎっていうか物理的に無理がある。それをどう伝えたものか迷いながら近くで作業を眺め、たまに手伝った。タフタは、これは中国の友人がデザインして作ってくれたテントなんだ、といって迷いなく組み立てていた。(友達デザインのテントをもらうの、建築科出身エピソードって感じがする)
録音を終えて、空腹のまま帰路についた。まっすぐ帰ると思っていたら、途中から見物にきたマルノ(先週一緒に演奏したヴァイオリニスト)とタフタと3人で、彼らの友人のミュージシャンの家へ向かった。そうだった。笛を3本納品するというミッションがあった。ミュージシャン氏は気のいい若いニイちゃんで、笛を無事に渡した後も、ひとしきりタバコを吸いながら3人のおしゃべりが続いたので、わたしは完全に眠くてほとんど会話に入らずぼーっとしていた。トッケーが鳴いているのが聞こえた。その後の帰り道はすっごく眠かったことしか覚えていない。
5/22(水)〜23(木)
今日はキャンプに行くというので朝早いんだろうと思っていたら全然そんなことはなかった。月を見る(浴びる)のが主目的なので夕方に出発するらしい。
起きて階下へいくと、タフタとアントとルイージがのんびりしていた。めずらしくアントが朝食担当のようで、台所に立っていた。が、別に料理上手というわけじゃないらしく、おっかなびっくりという様子でなんとなくモタモタしていた。他のみんなは、居間のようなスペースのほうに座ってお茶を飲みながら待っていて、タフタはアントのギターを弾きながらゆったり歌っていた。黒い小さな蝶がそのまわりを飛んでいた。朝ご飯は、焼いた小さな魚とテンペと、野菜のスープ、白ごはんだった。スープの野菜の切り方がなんか下手くそな感じで愛しかった。
食べ終わってもなんとなくさっきまでみたいな時間が続いていて、タフタが引き続き知っている歌を次々歌っていたのだけど、急に知っている曲が聞こえてきてめちゃくちゃびっくりした。す、好きな曲だ!!!!Fleet Foxes の "Blue Ridge Mountains" という曲だった。一年くらい前に友人に教えてもらって聴いていて、これはアルバムのあとのほうに入っている超いいリフのある曲……英語の歌詞は覚えていなかったのでメロディーを一緒に鼻歌で歌った。この曲いいよね〜!ってこんなところでこんなふうに言い合えるのが嬉しすぎて、胸がいっぱいだった。しかもめっちゃいい声なのであった…。アントとルイージは知らない曲だったようで反応が薄かったけど、わたしがめちゃくちゃ嬉しそうにしていたら、タフタはもう一度はじめから歌ってくれた。
そろそろ出発かなあと思い始めたお昼すぎ、一度村のお父ちゃんたちの家に寄って、15時過ぎくらいに出発。1時間弱ほどかけて、この山を東の方へ移動する。(今いるのは山の西側)
途中、何度か屋台のお菓子(バナナをクッキーっぽい生地で包んで揚げたお菓子Molenがめちゃ美味しかった)や、天ぷらなどを食べる小休止を3回くらい挟んだ。どう考えても食べ過ぎだし、景色もふつうに郊外の街のままなので、3回目の休憩の時にルイージが大きい声で「これがインドネシアの登山ってわけ?!」と冗談めかして言っていた。そうだぜ、これが世界一歩かない国の登山だ!byカルトゥンさん
それでも道を進むにつれて少しずつ標高が上がって肌寒くなり、うっすら小雨に降られたりもしつつ、広大なバラの畑のあいだの道をぬけて、ようやくキャンプ場に辿り着いた。バラの畑は見事だったし、植生がはっきり変わったのがわかって嬉しかった。
キャンプ場はかなり混み合っていた。満月だし連休だからね…とみんなが言っていたけど、満月って理由で山が混むんだ…?ともかく暗くなる前にテントを張る。ほどよい場所をスッと見つけて、3チームに分かれてそれぞれのテントを建てた。テントは3つ、人は6人だ。わたしはカルトゥンさんのガールフレンドであるニサが自分と一緒に泊まってくれるのかな、と思っていたが、2人はカップルでテントを使うようなので、ちょっと戸惑っていた。散々家に泊めてもらってきたけどタフタの持ってきているテントは明らかに1人用サイズだし、これに2人で寝るのはさすがに仲良すぎっていうか物理的に無理がある。それをどう伝えたものか迷いながら近くで作業を眺め、たまに手伝った。タフタは、これは中国の友人がデザインして作ってくれたテントなんだ、といって迷いなく組み立てていた。(友達デザインのテントをもらうの、建築科出身エピソードって感じがする)
白くて形のいいテントが完成して、さすがタフタはセンスがいいね、君に似合ういいテントだ、とルイージも誉めていたが、やっぱりこれどう見ても1人用だ。うーーーん、と思っていたら、じゃあAoiはこれ使ってね!と言い残して、タフタはお茶を淹れるためにお湯を沸かし始めた。いやいやいやお前はどこで寝るんだ!とやっとツッコミみたいな気持ちで問うと「俺は外で寝て、満月のパワーをダイレクトにチャージする!一度やってみたかったんだ!」という。えええ〜〜?寒くない…?気の遣い方おもしろすぎなのか、ガチスピなのか、どっちもなのか……。でも代案がないので、ともかくお礼を伝えた。
とはいえ、満月と朝日を目当てに来ているキャンプなので、寝る時間はあんまりなかった。我々は食堂(キャンプ場までの道のりでたくさん食べていたのは、山に着いたら食べるものが何もないからなのかと思っていたが、全くそんなことはなく、食堂もいくつかあるし売店もトイレもちゃんとあった)で軽い夕飯を済ませた後、起こした焚き火でテイクアウトしてきた揚げ物をリベイクしたり、タフタとわたしは火のそばで笛を吹いて遊んだりした。こないだ吹いたデュオの曲みたいなのを思い出しながら演奏して、楽しかった!
とはいえ、満月と朝日を目当てに来ているキャンプなので、寝る時間はあんまりなかった。我々は食堂(キャンプ場までの道のりでたくさん食べていたのは、山に着いたら食べるものが何もないからなのかと思っていたが、全くそんなことはなく、食堂もいくつかあるし売店もトイレもちゃんとあった)で軽い夕飯を済ませた後、起こした焚き火でテイクアウトしてきた揚げ物をリベイクしたり、タフタとわたしは火のそばで笛を吹いて遊んだりした。こないだ吹いたデュオの曲みたいなのを思い出しながら演奏して、楽しかった!
ここはタフタの家よりもずっと電波がよく、インターネットも快速だった。我々の場合、もはや普段の日々のほうがずっとキャンプなのでは……。そんな電波状況のなか、昨日のレコーディングのラフミックスが届いた。爆速助かる〜!それをカルトゥンさんがBluetoothスピーカーでかけてくれて、みんなで聴いた。
わたしは、渡航前にアルバムの録音をしてきたばかりだったこともあって、ミックスの要望をまとめるための試聴だ…、というシャッキリした気持ちで聴き始めたが、みんなが口々に歌いだすしまあそもそも外だしで、全然そんなふうには聞けなかった。それがあまりにも嬉しくて、聞こえないじゃん〜!と指摘しながら大笑いしてしまって、それでもみんな歌うのをやめなくて、わたしはそのまま笑いが止まらなくなった。嬉し笑いしながらちょっと涙が出た。こんな幸せなことがあっていいのか……
朝日のタイミングを狙って山に登るため、夜中の3時に起きて4時に出発ね!ということで、わたしは22時くらいにはテントに引っ込んだ。みんなの話し声がまだ聴こえていたし、地面が斜めであんまり眠れなかったうえに、2時くらいに目が覚めてトイレに行って戻ってきたら、アントとルイージが元気にそのへんにいて、もう出発しようぜ!と言われた。ええ…4時間しか寝てないよ……(あと今書いていて気づいたけど、この2人も寝てないな)そしてタフタは本当に外で寝ていた。テントのそばに横になっていて完全に闇に溶けていたので踏みそうになった。タフタは、アントとルイージに起こされて急かされても「そんな急がんでも」という感じでのんびりタバコを吸って、お茶飲んでからにしよ〜、とゆっくり動いていた。ほぼ寝ていないので無理もない。アントとルイージはなぜかずっと元気だった。
あたりは真っ暗だ。他にもたくさんいる登山客が、みんなライトを手に持ったり頭につけたりしていて、その明かりしかないが、その明かりがかなりたくさんあるので迷ったりするような困難さはない。登山客の列は途切れることなく続いていた。そこにすっと加わって、4人で出発した。カルトゥンさんたちは普通に日が出てからちょっと登るにとどめるとのことだった。
わたしはカルトゥンさんのヘッドライトを借りて持たせてもらった。山道はかなりハードだった。夜なので視界が悪い。それに加えて、日本でわたしが登ったことのあるような整備された山と違って、道に手すりや階段がほぼない。ほとんどずっと「人間が歩いてできただけ」みたいな道を登り続けるので、かなりきつくて、早い段階で大汗をかいて上着やヒートテックを脱いだ。先頭をタフタが進むが、身長180超えムキムキ山男のペースに、20センチ以上体が小さい上に最近運動不足の登山ペーペーがついていけるはずがなく、たびたびAoi ストップが発生した。途中から、これは積極的に止まらないとマジで膝を壊す、という危機感が出てきたので、本当に無理になる3段階手前くらいで「休みたい!」と言うようにした。
登山客は若者が多かった。信じられないくらい軽い装備で来ている人もいれば、しっかりした格好の人もいた。ポータブルスピーカーから粗悪な音でガチャガチャした音楽をかけている人がなぜか一定数いて、それを見るたびにルイージが「信じられない、こんなに素晴らしい自然のなかに来ているのにバカなのか」と憤慨していて、わたしもこれには同意だった。あと、理解不能なのだけど、急に雄叫びをあげるのが山全体で流行っていた。誰かが急に「うぉうぉうぉうぉうぉ」などと吠え出すと、他の若者も応えて吠える、という、お前ら猿なの⁉︎ と言いたくなるような遊びがあちこちで多発していた。なんだったんだろうあれ…。日本で登山に行くと静かに爽やかな気持ちになるが、この日の登山は、せっかく夜登山なのにかなりやかましくてがちゃがちゃしていて、変な感じだった。わたしの知ってる登山とはニュアンスがだいぶ違っていておもしろかった。
登山中、アントが最後尾を守ってくれていてありがたかった。タフタは自分のペースでガンガン登っていくし、ルイージもそれについて先へ行ってしまったが、アントはわたしが休憩というほどではないにしてもたまに立ち止まるたびに、一緒にその場にいてくれた。ありがとう…。時々みんなで少し休んで、Gula Arenのかけらを分けて食べたり持参した水を飲んだりしたが、気持ちとしてはひと息に、上まで登った。
山頂付近にさしかかると、遠くに他の山と、街の明かりが少し見えた。若者がウホウホ叫んでいて耳は若干しんどいが、月が雲でぼやけて見えていて、とても美しかった。満月の1日前だ。
タフタがふいに「この景色、Aoiの歌にあったね」と言った。えっっ、はい!「透明になって山が寝ている」という一節がございます。そういえば、ここを一緒に歌いたくて歌詞の意味を話したことがあった。わたしの名前の漢字の話をした時もそうだった(「(碧の漢字は)空じゃなくて海の色だよね」)けど、何日か前の話なのにちゃんと覚えてくれていたことがまず友達として嬉しかった。それに、歌詞の描くイメージが目の前の景色と今まさにリンクしている、それも、異国で、外国人の友人の頭の中で!というのが、とてつもなく嬉しくて、めっちゃ感動した。これはさすがに一生忘れたくない。世界のどこへ行っても、夜になれば、山々は遠くで透明になって闇に溶け、横たわって朝を待っているのだ……………
頂上は寒かった。汗で体が冷える。山頂にはもう人がいっぱいで、みんな思い思いの場所に敷物を敷いて、何か食べたりしながら朝日を待っていた。満開の頃の上野公園の花見くらい混んでいた。ポータブルスピーカーで音楽をかけている人はここにもいて、アニメ"serial experiments lain"のOPの曲が聞こえてきた時はかなりおもしろかったけど、同行者の中に伝わる人がいないと思ったので黙ってニヤニヤしていた。わたしたちは留まれる場所を探しながら移動し、最終的に大きめの岩の近くにいることにした。敷物を持ってこなかったし、そこらは夜露でびしょびしょに濡れていて座り込む気になれず、ただ突っ立って日の出までの時間をつぶすことになった。
40分くらい立っていただろうか。ようやくあたりが明るくなってきた。が、霧だか雲だかが濃くて、日の出の時間を過ぎてもぼんやり明るくなっただけだった。タフタはちょっと草を分け入ったところで、みんなに背を向けて黙って立っていた。たぶん瞑想していたんだと思う。
朝日は見られなかった。しょうがない、帰ろう。少し道を進み「ここが頂上です」の看板のところで4人で写真を撮った。寒さに凍える我々に、タバコ吸えば寒さを誤魔化せるんじゃない、とめずらしく紙巻き(でも両切り)のタバコをタフタが差し出した。黒地に金の文字が押されたリッチなデザインの箱に、一本ずつ金色の紙に包まれたタバコが入っている(Dji Sam Soe のタール39mgくらいある激重タバコ)。ルイージはそれを珍しがって写真を撮っていたが、喫煙はしたくないようで、わたしがちょっともらっただけだった。山頂で吸うタバコはたしかに美味しかったが、それより寒すぎてとにかく早く下山したかった。出発した時にも寒かったので持っている布を全て体や首元に巻き付けてきたが、また同じ装備になっていた。わたしたちは、ルイージの提案で、心無い登山客が捨てていったゴミを見つけるたびに拾いながら降りた。途中で拾ったコンビニサイズのビニール袋がいっぱいになった。
降り始めてから、雲が晴れて太陽が出てきた。山頂エリアから山道にはいって少し行った頃、信じられないくらい美しい光景に出会った。あたり一面にうっすら霧がかかっていて、生い茂った木々の枝の隙間から太陽の光が何本も差していた。遠くで若い登山客の鳴き声もしたが、虫や鳥の声も多く聴こえた。湿度が高く、ああ、これは東南アジアの山だ!と思った。びっしり苔むした太い木の幹や枝や大きな葉っぱに、恵みのような強い輝きの太陽光がまばらに落ち、ところどころに小さな花が咲き、蜘蛛の巣や細い草についたしずくが立体的にキラキラしていた。美しかった。360度、目に映る全てが美しかった。わたしたちは立ち止まって、しばらくその場を味わった。
わたしは膝がかなり限界にきていて、もう老人のようにゆっくりとしか歩けなかった。スマホで動画を撮影するためにルイージはたびたび足が止まっていたし、それに付き合ってアントも下山ペースが落ちていたため、4人だった我々一行は2:2に分裂して、わたしはしばらくタフタと2人で歩いていた。たまに膝休憩をもらっていたが、次第に「まあ、もう道わかるっしょ」みたいな感じでタフタは振り向かなくなり先に消え、わたしは最終的に1人で帰った。途中で、登ってきたカルトゥンさんとニサと会ったので写真を撮った。
行って帰ってくるまで、だいたい6時間くらいの登山だった。高尾山くらいのノリっぽいのだけど、道が極悪なのと夜なのと完全に寝不足なのとで、かなりきつかった。みんな何となくバラバラにもどってきて、合流できたメンバー(タフタとアント)3人でSoto(お茶漬けぐらいの感覚で食べられて本当に助かる、米入り鳥スープ)を黙ってサッと食べ、テントのほうに戻って各自眠った。
そのまま昼過ぎまでだらだら過ごした。タフタはテントの近くの岩場みたいなところに薄いキャンプ用のマットを持って行って、そこでかっこよく片膝を立てて濃い色のサングラスをかけて寝ていて、ふざけているわけじゃないと分かっているんだけど、なんかめちゃくちゃおもしろかった。わたしはちょっと寝たら案外元気になったのでテントから出て、でも何かやるほどの体力はないので、昨日の夜に袋を開けてすっかり湿気てしまったお菓子をボーッと食べていた。ルイージが、びっしりの文字と少しの絵による日記っぽいものをイタリア語でノートに描いていて、けっこう絵が上手だということが判明した。タフタのテントを描いていた。わかる〜。外国に来て紀行みたいなのを書くの、楽しいよね…わたしもめっちゃやります。
お菓子をまとめて置いていたゾーンに、ニサかカルトゥンさんが買ってきたと思われる丸い小ぶりの菓子パンがあって、ものすごく甘いマーガリンとチョコレートの挟まったアンヘルシーなものなのだけど、全然美味しくないのに妙に旨くてついつい二つ食べてしまった。こんなに日々アクティブに過ごしているのに、わたしはだいぶ太りつつあった。
帰る段になり、テントをたたんで荷物をまとめていたら、寝袋がひとつ足りないことがわかった。わたしが借りていた(けどなんか使わなかった)のが、なぜかない。来る途中で撮った写真には写っていたので、途中で落としたのだろうか。カルトゥンさんが、え〜どうしたんだろう、と色々考えてから「……Jatuh(落とした)?」と言っていたのが妙に印象に残っている。Jatuh、なんか二度と見つからなさそうな語感で凹む…。借り物を失くすなんて酷い話だ。ほんとうに申し訳ない。ひと通り近辺を探したが、なく、諦めるしかないので、どんまい、という感じでみんなでバイクで出発した。
バイクの道中、わたしの口数の極端な少なさから凹んでいるのがバレていたみたいで、タフタが振り向きもせずに「もうそのことは考えないで」と言ってくれた。古かったし、手放すタイミングだったんだよ、みたいな励ましをもらった。本当にすみません。次に彼らを訪ねてここへ来る時には、絶対に寝袋を買って持参して、必ず弁償しよう、と密かに心に誓った。
帰り道、途中で少し雨が降ってきた。ざあざあ降りになる頃に、田んぼのなかにぽつんと立っているWarung(食堂)でお昼を食べつつ雨宿りすることになった。明日、MVの撮影をするので(MVの撮影をするので???)カメラマンのアルゴとここで合流して一緒に帰る。
午後15時半くらいの中途半端な時間だったので他に客はいなかった。Warungにしてはちょっと珍しく2階席があり、大きい建物だった。みんなNasi Rames(自由に選べるおかずwith白米)にした。わたしは知らないものを積極的に食べていく方針なので、Buletという小さいうなぎみたいな魚の、スパイス和え焼きみたいなものにトライした。Buletは骨が多くて食べにくかったが、味は美味しかった。
この日は本当〜に、全く雨が止まなかった!わたしたちはここで3時間くらい足止めをくらった。寝ていた人もいたし、ルイージが、アプリを使ったお題当てゲームみたいなのをやろう!と言ってみんなを集めてくれた場面もあったが、あんまり盛り上がりきらなかった。ルイージのイタリア語っぽい発音がおもしろいらしく、タフタが「マス・アントォー(アントの兄貴、の意)」と、ルイージのモノマネを連発していた。疲れて変にテンション高いみたいなのあるよな…
もはや外も暗くなってきて、あまりに長居して申し訳ないのでみんな2杯目のドリンクを注文した頃、タフタが口笛で拙曲『湾岸行々(Urban Port)』の二度目のサビのところ「冷たくない、なんていったの、なに、え?」の部分(ここです)(https://youtu.be/7CDhc-0-rMk?si=UIrSQutenk732auv&t=231)を口笛で吹いていて、ここ好き、と言ってニコニコしていた。え〜、うれし〜〜〜。カルトゥンさんに「なにそれ」みたいな反応をされ「え、Oishii song(※=いい曲、の意で二つ名がついていた)のあそこだよ〜」と歌って説明して「ああ〜」ってなったりしていた。
19時過ぎにようやく雨脚が弱くなり、アルゴも着いたので、全員で再出発。ボディソープなくなったので買いたいです!どっかでコンビニあったら寄って!というのだけ伝えて、タフタのバイクに乗った。
が、ちょっと進んだらまたすぐ大雨が降ってきた。とりいそぎコンビニの用事は済ませたが、その後もまだまだ雨脚が強く、途中で雨宿りすることにした。インドネシアには町の夜警のおっちゃんが常駐してテレビを見ている小屋みたいなのがあるんですが、それが無人なのを見つけたのでバイクを停めた。屋根の下にいると、すぐアントとルイージが追いついて、もうこれしばらく無理っしょ、ということで、靴を脱いで小屋のなかに入ってそこで休んだ。でも全員、登山で疲れているしずっと一緒にいすぎてもうお喋りする話題もなく、この場にいない人とメッセージをしたり、SNSを眺めたり、みんなほぼ無言だった。
しばらく待って、そろそろ行けるかな!と出発したが、やっぱり無理だった。また少し行った先で同じように雨宿りした。店のシャッターが閉まっている屋根の下に、なぜか置いてあったテーブルと硬い椅子で休む。ルイージが「なんでまだ降ってるのに行く判断したんだ!さっきのところのほうが居心地がよかったよ!」と笑いながら文句を言っていた。タフタが「これみんなで分けよう」と、とても小さい(5センチ四方くらい)袋に入った小さなアラレを鞄から出して、みんなでちょっとずつ食べた。アントもコーヒー味の飴を出してテーブルに置いてくれたが、なんかみんな飴って気分ではないらしく誰も食べなかった。
ひとしきりそこで時間を過ごしてから、ようやく再再出発。したが、タフタがバイクを30mくらい走らせてから「あっ鞄おいてきた!!!」と言って、我々は慌てて戻った。気づいてよかった。鞄は無事にそこにあったが、ずっと持っていた鞄を忘れる&それに気づかないって、わたしもこの人も相当疲れている。
カルトゥンさんたちは先に帰り着いたらしく、夕飯を買って来てほしいと頼まれたのでなんか買ってくよ、俺たちもなんか食べよう。ということで、家の最寄りの村のひとつ手前くらいのエリアの焼き鳥屋さんに向かった。が、目の前で売り切れたので、道を少し戻って、Bubur Pecelは?こないだ食べたおいしいやつか!いいね!最高!と向かったが、そこも閉まっていて、結局さらに別の屋台へ行き、ココナッツミルクぜんざい(Kacang Hijau)を食べた。冷えて疲れた体にあったかいぜんざいはすごく美味しかった。タフタと2人で外でご飯を食べているのが妙な感じだった。ご馳走してくれたので甘んじた。(ガソリン代はわたしが出したので…)
Kacang Hijauを食べている間に、隣の屋台でオーダーしておいた惣菜ができたので、それを持って帰る。わたしは疲れ切っている友人を前に、絶対ケンカしたり気まずくなったりしたくないのでもうずーっと空元気で笑っていて「これ持ってるとあったか〜い!」と明るく言って惣菜を抱き込んでみせたりしていた。ふざけていたけど切実だった。服が濡れていて寒い。とにかく無事に帰りたい。
雨もほとんど止み、すっかり見慣れた道を登って家に着くと、すでに21時半だった。雨で予定が狂うのはインドネシアあるあるだけど、ここまで大幅に狂ったのは初めてだった。かなりクタクタだったが、明日MVの撮影をするので(MVの撮影をするので???です、この時点でもいまだに)その打ち合わせをする。
アルゴはお土産を持って来ていて、わたしたちより一足先に着き、カルトゥンさんとお菓子をつまんでお茶していた。タフタは寝にいった。わたしは22時までに打ち合わせを終わらせて、そんで寝るんだ、と心を決めて、ロスタイムゼロですぐその輪に加わった。アルゴもカルトゥンさんもやる気十分だ。
アルゴは、タブレットを取り出して、イメージボード作ったんだけど、とPDFを見せてくれた。この完成度がめちゃ高くて、かなり驚いた。すごい!わたしが「やる」と決まってからすぐに送った歌詞の英訳に沿ってフリー素材の写真を並べ、ここはこんな画にしたらいいんじゃないかというアイディアを具体的に載せてくれていて、それが曲のはじめから終わりまで、ひと通り出揃っていた。
カルトゥンさんたちは先に帰り着いたらしく、夕飯を買って来てほしいと頼まれたのでなんか買ってくよ、俺たちもなんか食べよう。ということで、家の最寄りの村のひとつ手前くらいのエリアの焼き鳥屋さんに向かった。が、目の前で売り切れたので、道を少し戻って、Bubur Pecelは?こないだ食べたおいしいやつか!いいね!最高!と向かったが、そこも閉まっていて、結局さらに別の屋台へ行き、ココナッツミルクぜんざい(Kacang Hijau)を食べた。冷えて疲れた体にあったかいぜんざいはすごく美味しかった。タフタと2人で外でご飯を食べているのが妙な感じだった。ご馳走してくれたので甘んじた。(ガソリン代はわたしが出したので…)
Kacang Hijauを食べている間に、隣の屋台でオーダーしておいた惣菜ができたので、それを持って帰る。わたしは疲れ切っている友人を前に、絶対ケンカしたり気まずくなったりしたくないのでもうずーっと空元気で笑っていて「これ持ってるとあったか〜い!」と明るく言って惣菜を抱き込んでみせたりしていた。ふざけていたけど切実だった。服が濡れていて寒い。とにかく無事に帰りたい。
雨もほとんど止み、すっかり見慣れた道を登って家に着くと、すでに21時半だった。雨で予定が狂うのはインドネシアあるあるだけど、ここまで大幅に狂ったのは初めてだった。かなりクタクタだったが、明日MVの撮影をするので(MVの撮影をするので???です、この時点でもいまだに)その打ち合わせをする。
アルゴはお土産を持って来ていて、わたしたちより一足先に着き、カルトゥンさんとお菓子をつまんでお茶していた。タフタは寝にいった。わたしは22時までに打ち合わせを終わらせて、そんで寝るんだ、と心を決めて、ロスタイムゼロですぐその輪に加わった。アルゴもカルトゥンさんもやる気十分だ。
アルゴは、タブレットを取り出して、イメージボード作ったんだけど、とPDFを見せてくれた。この完成度がめちゃ高くて、かなり驚いた。すごい!わたしが「やる」と決まってからすぐに送った歌詞の英訳に沿ってフリー素材の写真を並べ、ここはこんな画にしたらいいんじゃないかというアイディアを具体的に載せてくれていて、それが曲のはじめから終わりまで、ひと通り出揃っていた。
この短時間で、仕事が早すぎないか⁉︎という驚きと、けっこう長い曲なのに、曲のコンセプトまで汲んでここまで組み上げてくれたことに感動した。これならかなり話がしやすい!
「明日絶対に撮りたいシーンはこれとこれ、あとは良いロケ地があったら即興的に撮る。それ以外はAoiが居なくても撮れる映像と、俺の持ってるフッテージで構成する作戦でいこうと思う。」「いいね!これはあくまでインドネシアバージョンだから、歌詞に全て意味をあわせてモチーフを並べるよりも、インドネシアのこの地域の空気感とかそういうのを前面に出した方がいいものができると思う。ここで演奏していたんだっていう空気感を抽象度高めに見せたほうがいい。風とか吹いてるとなお良い。ここにはない海のにおいが風に乗ってやってくる、という歌なので…」
けっこう端的に要望を伝えられて、自分の成長を感じた。それに、アルゴは「日本で会いました?」ってくらいフィーリングが合うというか、見てきた映画や触れてきたカルチャーみたいなものが共通している、というような印象がふるまいの端々にあって話しやすかった。2人とも慣れない英語でがんばって話しているけど、なんとなく言葉の中身のようなところはちゃんと届いているような安心感があった。ここで最初に会った日、寝る前に咳が止まらなそうにしていたのでプロポリスキャンディーをあげた時は、こんな急に一緒に作品つくることになるなんて思ってなかったよ……。具体的に好きなバンドや映画の話をするような場面はなかったけど、なにか「わかる」感じがあって、表現という共通言語があってよかった、と思った。最初の週、カルトゥンさんが言ってた「俺らの信頼してるシネマトグラファーがいる(ので記録とってもらおう)」は本当だった。
わたしたちは時間どおりに打ち合わせを切り上げた。明日は6時に出発するという。容赦ないな〜と思いつつ、最低限の水浴びを一瞬で済ませた。昨日は水浴びできていないし登山で汗をかいていたので髪以外は普通に洗ったが、死ぬほど寒かった。頑張った。
タフタの小屋はめちゃくちゃ混み合っていて、あったかい気持ちになった。みんなで雑魚寝するのも今日と明日で最後だ。
5/24(金)
朝の光が必要だから6時に出発!と言われていたので5時に起きた。服はどれがいいか相談したりしていた(といってもTシャツの、白・黒・れんが色の三択しかない)ら、結局出発したのは7時前だった。誰かが買ってきてくれていた片面にチョコレートのかかった全粒粉クッキーを2枚だけ食べた。
バイクで山をぐんぐん登る。アルゴ・カルトゥン・タフタ・わたし。アントとルイージも、なんか手伝うことあればやるよ!という感じで朝早いのについてきてくれた。朝の光のなかをみんなでバイクで走り抜けていくのは爽快だった。天気は、昨夜の雨から一転、晴れ寄りの曇り、といった感じで、非常に良好だった。アルゴがめっちゃ高そうなカメラ(会社の)を、ゴロッとそのまま薄手の木綿のトートバッグに入れて抱え、重そうな三脚を肩に担いだ状態でカルトゥンさんのバイクの後ろに乗っていて、その雑な危ない感じが若々しくて良かった。アルゴとカルトゥンさんは、わたしよりは年上っぽいけど年齢不詳だ。
まずはお茶畑で撮影。空が広く抜けているので、ローアングルから撮影すると、曇り空がちょうどスタジオの白い背景で撮ったみたいになる。主に合成したりして使ったショットだ。また、お茶畑を映したショットも撮った。昨日届いたラフミックスをカルトゥンさんのスマホ+Bluetoothスピーカーでかけて、アルゴが撮影の指揮とカメラマンを兼任した。必要なカットがどんなもので、どんなふうに撮ればそうなるかが全て決まっているし分かっているという様子で、とても順調に進んだ。かなり手際が良かった。
わたしは、ここまできてもまだ「タフタは本当にこれをやりたいと思ってくれてるのかな」とうっすら不安だったので、撮影中、彼が普通に楽しそうにしているのを見てけっこうホッとしていた。今回の曲はゆったりしたテンポの歌だけど、たまに待ち時間が発生すると、すごいノリノリな調子にアレンジして歌いながらふざけた動きで踊ったりしていて(カメラをセッティングしながらアルゴも一緒に踊り出していた、そのセッティングを待っているんだけど)、現場の雰囲気はずっとよかった。『The invisible sea』のDandut(インドネシアのノリノリ演歌みたいな音楽)アレンジ、聴きてえ〜
わたしとタフタの出演するところは全てリップシンクなので、何度も繰り返し音源に合わせて演奏した。レコーディング同様、ほとんどNGを出さずにサクサク撮影は進んだ。タフタは、おそらくほぼ即興で吹いた笛のフレーズをすんなり完コピして音源と同じ運指で映像に写っていて、サラッとさすがだった。あと、彼はとてもまつ毛が長くて、撮った映像を小さなモニターで見てもわかるくらいなのだけど、それをルイージとわたしが「タフタまじで絵になる」「まつげ長っ」とワイワイしていたら「みんなが起きる前にこっそりまつげ植えてんだ」と言っていた。アントは青い花を摘んできて、それをルイージとわたしの頭に載せたりしていた。思い返すとずっとふざけているな……
ひと段落したので、11時くらいに早めの昼休憩をとった。撮影した畑のそばにワルン(食堂)があって、みんなでぞろぞろそこへ行った。店内に、床から天井くらいまで積み上げられたでっかいコンピューターみたいなのがあり、店主がそれを指して「Wi-Fiあるよ!」と自慢げにパスワードを教えてくれておもしろかった。
わたしは目玉焼きをインドネシア語でなんて呼ぶのかいまだに覚えられなくて、炒り卵か目玉焼きどっちにするか?と聞かれてえーっと、となっていたところをみんなに口々に助けられたりしつつ、Nasi Rames(白ごはんとおかず各種を好きに盛って食べる)をいただいた。ここの料理はとても美味しかった!一緒に写真を撮ったり、インターネットが繋がるのでそれをすぐに送ってもらったりした。
食堂の一角におやつが並んだ棚があったので、ちょっと食べ足りない人たち(全員)はそれぞれ好きなものを選んでとってきて食べた。揚げ物もそうだけど、食べ終わってから自己申告でお金を払うシステムで上手くいっているの、すごい平和で好き…。
わたしたちは時間どおりに打ち合わせを切り上げた。明日は6時に出発するという。容赦ないな〜と思いつつ、最低限の水浴びを一瞬で済ませた。昨日は水浴びできていないし登山で汗をかいていたので髪以外は普通に洗ったが、死ぬほど寒かった。頑張った。
タフタの小屋はめちゃくちゃ混み合っていて、あったかい気持ちになった。みんなで雑魚寝するのも今日と明日で最後だ。
5/24(金)
朝の光が必要だから6時に出発!と言われていたので5時に起きた。服はどれがいいか相談したりしていた(といってもTシャツの、白・黒・れんが色の三択しかない)ら、結局出発したのは7時前だった。誰かが買ってきてくれていた片面にチョコレートのかかった全粒粉クッキーを2枚だけ食べた。
バイクで山をぐんぐん登る。アルゴ・カルトゥン・タフタ・わたし。アントとルイージも、なんか手伝うことあればやるよ!という感じで朝早いのについてきてくれた。朝の光のなかをみんなでバイクで走り抜けていくのは爽快だった。天気は、昨夜の雨から一転、晴れ寄りの曇り、といった感じで、非常に良好だった。アルゴがめっちゃ高そうなカメラ(会社の)を、ゴロッとそのまま薄手の木綿のトートバッグに入れて抱え、重そうな三脚を肩に担いだ状態でカルトゥンさんのバイクの後ろに乗っていて、その雑な危ない感じが若々しくて良かった。アルゴとカルトゥンさんは、わたしよりは年上っぽいけど年齢不詳だ。
まずはお茶畑で撮影。空が広く抜けているので、ローアングルから撮影すると、曇り空がちょうどスタジオの白い背景で撮ったみたいになる。主に合成したりして使ったショットだ。また、お茶畑を映したショットも撮った。昨日届いたラフミックスをカルトゥンさんのスマホ+Bluetoothスピーカーでかけて、アルゴが撮影の指揮とカメラマンを兼任した。必要なカットがどんなもので、どんなふうに撮ればそうなるかが全て決まっているし分かっているという様子で、とても順調に進んだ。かなり手際が良かった。
わたしは、ここまできてもまだ「タフタは本当にこれをやりたいと思ってくれてるのかな」とうっすら不安だったので、撮影中、彼が普通に楽しそうにしているのを見てけっこうホッとしていた。今回の曲はゆったりしたテンポの歌だけど、たまに待ち時間が発生すると、すごいノリノリな調子にアレンジして歌いながらふざけた動きで踊ったりしていて(カメラをセッティングしながらアルゴも一緒に踊り出していた、そのセッティングを待っているんだけど)、現場の雰囲気はずっとよかった。『The invisible sea』のDandut(インドネシアのノリノリ演歌みたいな音楽)アレンジ、聴きてえ〜
わたしとタフタの出演するところは全てリップシンクなので、何度も繰り返し音源に合わせて演奏した。レコーディング同様、ほとんどNGを出さずにサクサク撮影は進んだ。タフタは、おそらくほぼ即興で吹いた笛のフレーズをすんなり完コピして音源と同じ運指で映像に写っていて、サラッとさすがだった。あと、彼はとてもまつ毛が長くて、撮った映像を小さなモニターで見てもわかるくらいなのだけど、それをルイージとわたしが「タフタまじで絵になる」「まつげ長っ」とワイワイしていたら「みんなが起きる前にこっそりまつげ植えてんだ」と言っていた。アントは青い花を摘んできて、それをルイージとわたしの頭に載せたりしていた。思い返すとずっとふざけているな……
ひと段落したので、11時くらいに早めの昼休憩をとった。撮影した畑のそばにワルン(食堂)があって、みんなでぞろぞろそこへ行った。店内に、床から天井くらいまで積み上げられたでっかいコンピューターみたいなのがあり、店主がそれを指して「Wi-Fiあるよ!」と自慢げにパスワードを教えてくれておもしろかった。
わたしは目玉焼きをインドネシア語でなんて呼ぶのかいまだに覚えられなくて、炒り卵か目玉焼きどっちにするか?と聞かれてえーっと、となっていたところをみんなに口々に助けられたりしつつ、Nasi Rames(白ごはんとおかず各種を好きに盛って食べる)をいただいた。ここの料理はとても美味しかった!一緒に写真を撮ったり、インターネットが繋がるのでそれをすぐに送ってもらったりした。
食堂の一角におやつが並んだ棚があったので、ちょっと食べ足りない人たち(全員)はそれぞれ好きなものを選んでとってきて食べた。揚げ物もそうだけど、食べ終わってから自己申告でお金を払うシステムで上手くいっているの、すごい平和で好き…。
タフタが、青いパッケージの「Kalpa」というお菓子(チョコウエハースにココナッツがまぶしてあって激甘、ひと口サイズのものと、ロングバージョンがある)を食べていて「それ好きなんだ」「これめっちゃ好き」「一番最初、初めて来た時にわたしが持ってきたの、めっちゃどんどん食べてたよねww」「そうだっけwww」というくだりがあって、けっこう嬉しかった。そうです、わたしは3週間前、コンビニで手に入るタイプのお菓子をたくさん持ってこの山に来てしまって、ガチ自然派のタフタさんの舌には合わないんじゃないかとハラハラしていました。懐かしい。懐かしいと思える共通の過去が好きな友人とのあいだにある、というのは、ほんのちょっとしたことであればあるほど、温かくて嬉しい。
しっかり腹ごしらえを済ませて、次はどこへ撮りに行こうかという相談。わたしはずっとAren(ヤシの仲間で、大きいのは20mを超えるほど高くなる。この木から作られるGula Arenという砂糖が村で作られていてかなり美味しい)が気になっていて、今回いろいろな場所で出会ってすっかり好きな木になったので、映像にはぜひいれてほしいと要望していた。アルゴはこの辺に住んでいるわけではないので(彼の住むのはTemanggungというところ、わたしが5年前に住んでいたところの隣町で、タバコの名産地)タフタやカルトゥンさんにロケーションのアイディアを出してもらい、行き先が決まった。一旦、タフタの小屋へ戻り、服を着替えてから出発。戻ったらお客さんが来ていて、その女の子2人もなんかついて来た。
すっかり空は晴れていて、かなり日差しが強かった。田んぼを抜けて、先週タバコ屋に向かった道だ、と思っていたら知らないほうへ曲がった。ちょっとヒヤッとするような細い道を抜けると、川があり、そのそばに大きなArenの木があった。風に揺れるたびに影が大きく動いて、日差しがキラキラしていた。
アルゴがその木を撮影しているあいだ、わたしはいいロケーションを探して近くを散策した。人気のない林の奥へ進むとさらにArenがあったりして楽しかったが、静かすぎてちょっと怖かったのでほどほどにして戻った。カルトゥンさんとアントは川の舗装された岸辺で昼寝して待っていたが、タフタとルイージはもっと先まで探検してくる!と言い残して消えた。
風がとにかく気持ち良い午後だった。この場所で撮ろうか、と入った茂みで、ギターを取り出してカメラを回して歌った。風が吹くたびにざあざあと木々が鳴った。MVではちょうど「鼻から吸ったら海のにおい」という歌詞を歌って鼻から息を吸う場面で大きな風が吹いて、それがとても歌にあっていて一番気に入っています!
ここです、ざあざあという葉音が聴こえてくるようですね
https://youtu.be/r-OidvrDX5E?si=Ii_nU6A5K_2kEiTz&t=307
すでにできている音源にあわせて演奏しなくてはいけないので、木々のざわめきにかき消されないように画面に入らないぎりぎりのところにスピーカーを置いて撮ったのも、わたしのギターのストラップが壊れていたので、ちょっと無理して腕で抱えて弾いたのも、足元の悪いなか「もうちょっと右」「いきすぎ」と言われながら立ち位置や体の向きをあわせたのも、めっちゃ眩しいし暑いけど耐えたのも、細かい頑張りがいっぱいあった。いい風と、いい撮影だった。
ひと段落したので、再びタフタの家へ戻った。タフタとルイージは探検にいったままはぐれたので、わたしはアントのバイクに乗せてもらって、アルゴとカルトゥンさんと一緒に先に戻った。ついてきた女の子2人に「川に入って遊ぼうよ!」と誘われたが、まだ撮影があるのでさすがに無理ですごめんと言って断った。アントは遊びにいった。
朝早く起きてヘトヘトなので、家でちょっと休んだ。あとは夜のシーンだけ。一旦休憩。夕方17時くらいにみんなで村のお父ちゃんお母ちゃんちにご飯を食べにいった。このメンバーでわいわい食べるのも最後かあ、という感慨があった。お父ちゃんは明日バリへ出発するわたしに、Gula Arenと手製のお茶を1kgずつくれた。圧縮していないお茶の葉の1kgがけっこう大きな袋で、夏祭りの綿菓子くらいのボリュームだった。買うつもりだったのに頂いてしまった。たくさんお礼を言って、一緒に写真を撮った。
最後の撮影は19時くらいから、タフタの家の縁側のような場所で行った。そういえば、初めてここへ来た日の夜に自己紹介みたいに歌ったのもここだったし、次の週に日本人の友人・光さんが来て、タフタと2人で演奏したのを聴いてもらったのもここだった。(※これです- YouTube)期せずして思い出のグランドフィナーレじゃん…
しっかり腹ごしらえを済ませて、次はどこへ撮りに行こうかという相談。わたしはずっとAren(ヤシの仲間で、大きいのは20mを超えるほど高くなる。この木から作られるGula Arenという砂糖が村で作られていてかなり美味しい)が気になっていて、今回いろいろな場所で出会ってすっかり好きな木になったので、映像にはぜひいれてほしいと要望していた。アルゴはこの辺に住んでいるわけではないので(彼の住むのはTemanggungというところ、わたしが5年前に住んでいたところの隣町で、タバコの名産地)タフタやカルトゥンさんにロケーションのアイディアを出してもらい、行き先が決まった。一旦、タフタの小屋へ戻り、服を着替えてから出発。戻ったらお客さんが来ていて、その女の子2人もなんかついて来た。
すっかり空は晴れていて、かなり日差しが強かった。田んぼを抜けて、先週タバコ屋に向かった道だ、と思っていたら知らないほうへ曲がった。ちょっとヒヤッとするような細い道を抜けると、川があり、そのそばに大きなArenの木があった。風に揺れるたびに影が大きく動いて、日差しがキラキラしていた。
アルゴがその木を撮影しているあいだ、わたしはいいロケーションを探して近くを散策した。人気のない林の奥へ進むとさらにArenがあったりして楽しかったが、静かすぎてちょっと怖かったのでほどほどにして戻った。カルトゥンさんとアントは川の舗装された岸辺で昼寝して待っていたが、タフタとルイージはもっと先まで探検してくる!と言い残して消えた。
風がとにかく気持ち良い午後だった。この場所で撮ろうか、と入った茂みで、ギターを取り出してカメラを回して歌った。風が吹くたびにざあざあと木々が鳴った。MVではちょうど「鼻から吸ったら海のにおい」という歌詞を歌って鼻から息を吸う場面で大きな風が吹いて、それがとても歌にあっていて一番気に入っています!
ここです、ざあざあという葉音が聴こえてくるようですね
https://youtu.be/r-OidvrDX5E?si=Ii_nU6A5K_2kEiTz&t=307
すでにできている音源にあわせて演奏しなくてはいけないので、木々のざわめきにかき消されないように画面に入らないぎりぎりのところにスピーカーを置いて撮ったのも、わたしのギターのストラップが壊れていたので、ちょっと無理して腕で抱えて弾いたのも、足元の悪いなか「もうちょっと右」「いきすぎ」と言われながら立ち位置や体の向きをあわせたのも、めっちゃ眩しいし暑いけど耐えたのも、細かい頑張りがいっぱいあった。いい風と、いい撮影だった。
ひと段落したので、再びタフタの家へ戻った。タフタとルイージは探検にいったままはぐれたので、わたしはアントのバイクに乗せてもらって、アルゴとカルトゥンさんと一緒に先に戻った。ついてきた女の子2人に「川に入って遊ぼうよ!」と誘われたが、まだ撮影があるのでさすがに無理ですごめんと言って断った。アントは遊びにいった。
朝早く起きてヘトヘトなので、家でちょっと休んだ。あとは夜のシーンだけ。一旦休憩。夕方17時くらいにみんなで村のお父ちゃんお母ちゃんちにご飯を食べにいった。このメンバーでわいわい食べるのも最後かあ、という感慨があった。お父ちゃんは明日バリへ出発するわたしに、Gula Arenと手製のお茶を1kgずつくれた。圧縮していないお茶の葉の1kgがけっこう大きな袋で、夏祭りの綿菓子くらいのボリュームだった。買うつもりだったのに頂いてしまった。たくさんお礼を言って、一緒に写真を撮った。
最後の撮影は19時くらいから、タフタの家の縁側のような場所で行った。そういえば、初めてここへ来た日の夜に自己紹介みたいに歌ったのもここだったし、次の週に日本人の友人・光さんが来て、タフタと2人で演奏したのを聴いてもらったのもここだった。(※これです- YouTube)期せずして思い出のグランドフィナーレじゃん…
準備をしているあいだにどんどん雨脚は強くなり、カメラが回り始めてから雷まで鳴り出した(MVにも写っている)けど、撮影は無事に済んだ。特別な照明機材はないけど、スマホのライトも動員して、あるものでいい画面を作ってくれた。アルゴは、こう撮りたいというビジョンがかなりはっきりある、そしてそこへの最短ルートもわかる人で、一緒に動いていてほんとうに頼もしかった。信頼できる作り手だ。
あ〜終わった終わった!すぐ水浴びして寝る〜!というタイミングで、着替えをまとめて家を出よう(水浴びとトイレの建物は家の外、歩いて10秒のところにある)としたら、先にさっぱりして戻ってきていたタフタが、カルトゥンさんと一緒にスマホでダンスっぽいビートをかけて、ノリノリバージョンの『The invisible sea』を歌って2人でふざけ始めた。なんなんwww早く水浴びしに行きたいんだけどwwwwと思いながら、わたしもその場で一緒に軽く歌って踊って、無事に撮影が終わったのを喜んだ。
あ〜終わった終わった!すぐ水浴びして寝る〜!というタイミングで、着替えをまとめて家を出よう(水浴びとトイレの建物は家の外、歩いて10秒のところにある)としたら、先にさっぱりして戻ってきていたタフタが、カルトゥンさんと一緒にスマホでダンスっぽいビートをかけて、ノリノリバージョンの『The invisible sea』を歌って2人でふざけ始めた。なんなんwww早く水浴びしに行きたいんだけどwwwwと思いながら、わたしもその場で一緒に軽く歌って踊って、無事に撮影が終わったのを喜んだ。
戻ってくると、タフタがギターを弾きながらゆったり歌っていた。わたしはタフタの歌ラストチャンスだ!もう一回"Blue Ridge Mountains"が聴きたい!とリクエストもしたけど、取れた映像を確認しながらアルゴとも話すことがあって、完全にキャパオーバーしてどっちも聞けなくなってなんかぐちゃぐちゃしていた。
引き続きとても人が多い雑魚寝だが、荷物をまとめなければならない。寝ている人もいるので、スマホのライトでちょっと手元だけ明るくして、荷物を整理した。いうほど散らけているわけじゃないけど、本当に限界の疲労状態なので脳が働かなくなっていてすぐには手が動かせなかった。ただ座ったまま、3分くらいジッと荷物を眺めていたら、遊びに来ていたけどほとんどおしゃべりしそびれていた女の子のひとりが、何か手伝うことある?と言ってくれてマジ優しかった。が、ないので、ごめん大丈夫と答えて、でもその声かけのおかげで手を動かし始められた。ありがと…
たぶん22時くらいに寝た。明日は4時に起きて、1時間で山を降りて空港へ行って、7時の飛行機に乗る。一生に二度とないようなハードスケジュールの、でも、とんでもなく楽しくて美しかった一週間が、ついに終わる。
引き続きとても人が多い雑魚寝だが、荷物をまとめなければならない。寝ている人もいるので、スマホのライトでちょっと手元だけ明るくして、荷物を整理した。いうほど散らけているわけじゃないけど、本当に限界の疲労状態なので脳が働かなくなっていてすぐには手が動かせなかった。ただ座ったまま、3分くらいジッと荷物を眺めていたら、遊びに来ていたけどほとんどおしゃべりしそびれていた女の子のひとりが、何か手伝うことある?と言ってくれてマジ優しかった。が、ないので、ごめん大丈夫と答えて、でもその声かけのおかげで手を動かし始められた。ありがと…
たぶん22時くらいに寝た。明日は4時に起きて、1時間で山を降りて空港へ行って、7時の飛行機に乗る。一生に二度とないようなハードスケジュールの、でも、とんでもなく楽しくて美しかった一週間が、ついに終わる。