手の向こうに人、命ある味方

最近、架空の人物と手をつなぐ瞬間、というちょっと変な夢をみた。自分でも引くくらいディティールの感受に全振りした夢で、時間も引き伸ばされたようだった。自分の人差し指の親指側の側面と親指の腹のあたりの皮膚表面の、指紋や細かいシワの凹凸の摩擦のあるなかに、相手の手がするりと触れて、その皮膚表面の質感や全体の質量や密度や湿気を感じつつ、指の付け根のあたりをまとめて握る力の加減や指の形を少し調整しながら、相手もそうしているのがわかった。そうやって互いの出方をみるような、探りあうような、手が離れたところから繋いだ状態まで辿り着くまでの一瞬が、その夢の覚えている限りの全体だった。
触れるということを深く味わおうとすると時間が止まるみたいだ。相手の手の存在感が濃かった。まるでマクロレンズとハイスピードカメラで撮影した昆虫のドキュメンタリー映像のような解像度で瞬間を引き伸ばしたような味わいで、ただ手を繋いだ。自分たちが立っていたのか座っていたのか寝ていたのか歩いている途中だったのかもわからないし、相手は自分の夢にしばしば登場する、色んな人が混ざったような架空の人だった。お互いに人間であることだけが確かだった。なんとなく、良い夢だったような気がする。でも、あんなに繊細な夢で、たぶん湿度まであったのに、相手の手の温度がどれくらいだったかはいまひとつ覚えていない。それが今になって妙にしっくりくる。やっぱりあれは誰の手でもなかった。

私は人の手を見て「いいなあ」と思うことが多い。羨ましいということはなくて、ただ好きだな〜というシンプルな「いいなあ」だ。
手がけっこう大きい女性の友人がいる。彼女が音楽をやる時にその大きい手の指先で機材をさらさらと操作する様が良い。一緒に写真撮ろ!とスマホを構えるとノリよくサッと指で韓国式のハートを作ったりしてくれるのだけど、それもいつも似合っている。
とあるダンサーの友人も良い手の持ち主で、彼女の手は、手のひらの「平!」って感じがする。指をいっぱいに開いたり、しっかり床についたり、シャキッと型を作ったりする姿が直線的でかっこよくて、普通の人の足くらいの強度を感じる。すごく好き。
その人とはまた全然違う質感で踊る友人の手も良い。ネコの背みたいな柔らかそうな姿の良さに加えて、その少し大きい爪に最近マニキュアを塗っていて、めっちゃ映えている。がしっと何かを掴むというよりは、微細な空気の質の変化を察知するような手の甲の印象が強い。
楽器の演奏を仕事にしているある友人の手は、意外と丸い。脂肪が多くついているのではなくて骨や関節のトゲのなさでそう見えるという感じ。爪も短くしていて、河原の角の取れた石みたいで似合っている。何かの拍子にこんな手なんだと知った時、この手があの鮮やかで騒やかな演奏をしているというのが、やや意外だというのも含めてすごく腑に落ちて嬉しかった。
たまに2人で会うことがある女の子の、強く握ったら壊れてしまいそうなくらい細くて繊細な手が細い腕の先にあって、さらに細いフォークをつまんでいて、ああ似合ってるなと思ったのとか、やや神経質なところのある友人の指の爪が薄そうだったのとか、婚約したんだと言って指を見せてくれた友達の、細く光る指輪よりも、ふんわりした白い指とすべすべの手の甲があまりに可愛くて、ああ!そりゃ婚約もするわ(?)!と思ったこととか…、ほかにもいっぱい、キリがないくらい「あの人はあんな手をしている」という確かな記憶が、けっこうしっかりとわたしにはある。ラッキーなことに、良い手の持ち主が周りに多いのかもしれない。みんなそれぞれに、それぞれの手の姿がよく似合っているし、手のことを思い出すと、彼らが各自の手をどう使っているのかという仕事や生活までついてくるのでおもしろい。

そうやってなんとなく思い出せる手を思い出せるだけ思い出していたら、他人の手の姿は、いつも爪と手の甲の側の印象ばかりだということに気づいた。手に表と裏があるとしたら、たぶん、こちらを表と呼ぶべき面。指輪の飾りも表、マニキュアの色も、表にある爪につく。そして、手という器官の使い方からすると、手の甲と手のひらって、表と裏どころか、外側と内側なんじゃないかとも思えてくる。


そこまで考えて、ただ1人だけ、手の外側ではなく内側の印象が真っ先にくる人がいるのに思い当たった。10年くらいの付き合いになるパートナーだ。その手の内側は何故だか一年中ぽかぽかしていて、この手の向こうにしっかりした命がある、という感じがする。ちゃんと生きていて、頼もしくて優しい。間違いなく好きな手だ。でも、さっき並べたような友人たちとは違って、この手に関しては、「好きな手」という言葉がよそよそしく思える。

わたしはその手の、目で見た外側の姿よりも、皮膚でわかる内側のことを、そのあたたかさを好いているんだと思う。多分、あの手の向こうに続くひとりの人間の、過去も未来も含む人生全体のことを愛しく思っていて、命ってたぶん有限だなあ、とかにもしょっちゅう思いを馳せている。それが全部、あたたかさや厚さや重さに集約されているみたいな。仕事で酷使していつもボロボロになっていたりする手だけど、わたしが知っているあたたかさは、そういう仕様とは別の次元にある。手というよりも、もっと親密な、その人自身がそこにあるような。


自分に触れた誰かの手に命の存在を知るというのは、手を姿や言葉で観察している状況とは全然ちがう。手の内側には、その人間そのものを総合的に代表する感触というか、(マジでうまく言えなくていきなりスピるんだけど)生命エネルギーを練ったり発したりする仕組みがあるような気がする。「手」よりももっと他の呼び方がありそう。「相手」という言葉の一部でもある「手」は、実感しているあたたかさや命の印象と一致しない。なんか距離がある。わたしにとってパートナーの手は、もはや「相手」じゃない。命ある仲間?味方?みたいな…。なんて言えばいいんだろう。ああでも、小さい鳥を飼い主が手で包み込んでいる時の手は、きっと鳥にとって、手と呼んで名指せる、視覚で捉える距離の相手というよりも、大きくてあったかい肉と骨と血でありながら同時にそのどれでもないような、ただのあたたかさ、大切にしてくれる味方の気配なんじゃないかと想像する。あれに近い気がする。わたしは手のなかの小鳥なんて可愛らしいもんではないですが…。


話が漠然としてしまったけど、つまりは、手の内側はけっこう特別だということ。そのすごさにやられた出来事があったので書いておきたい。だいぶ前、とある企画で一緒になった憧れの先輩が、本番の前に「自分いまめっちゃ緊張してる!手が冷たい、ほら」と言って突然わたしの手を握ったことがあった。確かに、冷え性のわたしよりもその手はヒンヤリしていて、こんな人でも緊張するんだなあと素朴に思った。そして、イベントが無事に終わった帰りの別れ際で「今日はありがとう」と手を差し出されたので握手をしたら、さっき冷たかった手が、とてもあったかくなっていた!!
かなり「ウワーーッ!?!?」ってなった。数時間前の手の冷たさとの差もあいまって、今はとても気分が良いです、リラックスしています、というようなその人の心と体の状態が急に皮膚ごしに流れ込んできたことのヤバさに、脳がクラクラした。まるで相手の心の一部を直視してしまったようで、完全にドキドキしてしまった。そして屈託のない笑顔。なんて素直な人なのか。他人の体温≒心の変化を、こんなにダイレクトに感じることって滅多にない。加えて、わたしはチョロすぎるので、ついウッカリ歳上のその人をなんとなく可愛く思ってしまった(好ましい人の生理現象は愛しく思えるというの、ありませんか?わたしはあると思っています!)。
乗り換えの駅で降りたその人に、動き出す車窓越しにふらふらと手を振りながら、わたしは「凄まじいモテテクを行使されちまった……」とかなり失礼な感想と共に呆然としていた。ちょっとあれは、反則というか、半分は偶然かもしれないけど、なかなか素人に真似できることではなかった。完敗です。

そう、大人の手は、わたしの手もそうですが、そんなふうに色んな、素直さや緊張やら下心やら誤魔化しやらなんやらにまみれて、冷えたりあったまったりしてどうも複雑みたいだけど、もしかしたら小さい子供の場合は、全然そんなことないのかもしれないと思ってて。

半年くらい前、友人の娘に会いに行ったことがあった。たぶん生後3ヶ月〜半年くらいだったと思う、そのあたりを全く正確に認識できないくらい赤ん坊に対する知識や経験値がないわたしは、その小さい小さい手がひんやりしていたことに、けっこうびっくりした。とても意外だった。体は普通にあったかくて、両脇を抱えて踊らせてみたりして遊んだらちょっと汗を感じるくらいだったし彼女は元気だったけど、ミニチュア細工みたいに精巧な小さな爪の指先はしっとりしながら常温以下で、神秘的というと言い過ぎだけど、なんか不思議だった。冷え性とかでもなくて、そういうものなんだと思う。その手で包めるものがまだほとんどない小さな手は、誰かに包まれるものとしてそこにあって、だからほんのり冷たくてもいいみたい。

その子は友人夫婦によって、あえて書くのも野暮だけど大切にされていて、可愛がられていて、そして可愛かった。あの時、周りの大人はみんな、小さい妖精みたいな娘ちゃんにメロメロになっていて、わたしもその1人だった。こんなに小さくて、生きてるだけで笑ってもらえた頃があったんだよな、きっと自分にも、と思った。「かわいいね〜」「できまちたね〜」と子供に対して甘くて高い声で話しかける大人ムーブがいまだに恥ずかしくてできないくらいには自分は何かをこじらせた大人だけど、自分なりにその子と遊ばせてもらって、楽しかった。その場には母である友人も含めて大人が4人いたのに、なぜか娘ちゃんはわたしのほうばかり振り向いて笑うし、抱き抱えたらミルクも素直に飲んでくれて、好かれているみたいで嬉しかった。こんな場所でこっそり自慢しちゃうくらい嬉しかった!やっぱりわたしはチョロい。

この手を離したら、まだ1人では立てないこの子は転んじゃうんだ、転んだら痛いからそうあってはならん、という責任感を両手に感じながら、そもそもこの子を産んで、ここまで育ててきて、これからも育てていく友人夫婦、本当にすごいと思った。「ずっと大切にする」って月並みなようなフレーズが、今まさに、ぎょっとするほど目の前に生々しくあった。



さて、ではわたしはこの手で、何を大切にしているのか。やっと自分の手のひらを見てみる。アイシャドウか何かのラメがついて、微かにキラキラしている。わたしの手はよくこうなっている。今日は親指の付け根のところの筋肉が硬くなっている。ここが腫れるのは、消化器系が疲れているサインらしいので、胃を休めてよく寝た方がいいっぽい。

わたしのこの手は、果たして誰かにとってあったかいのかどうか。生きている、命ある味方になれているのかどうか。自分ではよくわからない。物理的に言えば、冷え性のわたしの手はたいていの時に冷たい。8歳くらいの時に工作していてカッターで派手に切ったのは左手だったなとか(綺麗に治ったけど)、11歳くらいの時にペンを強く握りすぎる癖がついてからというもの親指の真ん中にシワが入るようになってしまったのとか、18歳の時に階段から落ちて剥離骨折した痕跡が右手の中指に残っていたりとか、最近は楽器のために右手の爪は伸ばして左手の爪は短くしているのとか、写真に映る自分の手はなんだか思っているより手首が細くて弱そうだなあとか、自分の表の手、姿としての手のことは、色んな具体的な出来事や要素で形容できるのだけど、内側の手のことは全然わかんないや。手相を見てくれた占い師に「お金持ちにはなれないけど幸せになれるね、あと、社長に向いてる」って言われたことがあります。矛盾…

まあ手相とかもあるにはあるだろうけど、手の内側の生きてる感じは、目でわかる話じゃない。自分の顔を肉眼で見ることができないことと似ていて…、目って便利だし大事だけど、便利なだけの役立たずだなって思うことがしばしばあります。目ぇ!そうじゃねえのよ!手のひらでわたしたちがやっていることは、多分あんまり言葉になっていないことだ。目に見えず、言葉にならないこと。手と手がぎゅっとしている時、それぞれの手の奥で同時に起きていることを想像できないなりに想像すると、たまらない気持ちになる。



ハグとか握手って、わたしの場合かなり調子に乗っている時とか、酔っ払って感極まっている時とか、完全に今がクライマックスだと共通認識がある祝いや別れや再会のシーンとかじゃないと滅多にできないのだけど、実はハグも握手もけっこう好きだと、ここ5年くらいで思うようになった。言葉があんまり通じない外国にいた時に、フツーに便利な言語だったし。

個人的には、なんかもっと気軽に普通に、そういう意思疎通の手段を選べたらいいのになと思う。コロナ禍に見た演劇の終盤で(範宙遊泳って劇団の『バナナの花は食べられる』っていう作品なんですけど)、もうどうしようもなくなってしまった別れ際、一度去りかけた人が戻ってきて、黙って相手をハグするシーンがあって、あ、こういうコミュニケーションってそういえばあったんだった、と思った。その頃わたしがうまくいかなかった人と、もしハグとか、握手ができたなら、もうちょっとなんとかなっていたんじゃないかと、なかった可能性を想像したりした。同じ作品のなかにあった、人間関係に優劣はあるの?残念ながら優先順位はあると思うよ、というようなセリフが、その時の自分にはすごく重かった。

多分、わたしはもっと人に触れたい。自己中な考え方だけど、他人の皮膚が遠い社会様式で生きていると、自分も自分の皮膚やエロスから後ずさってしまうような感じがする。触れることってどうしても暴力と隣り合わせだし、慣れと勇気と礼儀と、その他色々必要だし、一方的にどうこうできることではないけど、それでもどうにかこうにか、がんばってでも触れていった方がいいような気が、やっぱりします。

最後に、これは今さら何も恥ずかしくないので本気で思っていることを書いておくんだけど、わたしは、10年超一緒にいるパートナーに対しても、出会って何年もたつ何人かの友人たちに対しても、かなりわたしを知っているであろう実の母に対してさえ、きっと私たち、これからもっともっと仲良くなれるはず、ってずっと思い続けている。好きな人たちに関していえば、もう十分に仲がいいという飽和状態は、わたしが思うに多分ない。皮膚がそれぞれの皮膚である以上、諦めながら目指し続けられる。

「限りなく0に近づく」っていう、高校の数学の二次関数?かなんかで出てきた考え方が好きで、当時の先生が楽しそうに語っていたのが印象的だったこともあって、今でもよく思い出す。グラフ上のある値が、0に接近し続けるけれど、絶対にそれにはならない。ただただ長い線が、ずーっとXやYの軸に近づき続けるあれ。
ああいう感じでわたしたち、もっと仲良くなれる気がすんのよね。


救われたいね

時々、顔が痛い。外傷も、ぶつけた記憶もないのに、ふいに鼻の横のあたりや頬や顎がビシッ!っと、陶器にヒビが入ったような鋭い強い痛みに襲われる。痛いのは数秒だけだから普段は忘れて生活できる。いつからこんな風になったかは忘れたけど、いわゆる「ストレスがある」っぽい瞬間に痛むので、わからないのにわかりやすくて、自分のことなのに漫画みたいだ。
 
先月の初め、仕事から帰る途中にまた例の痛みに襲われたが、その時はいつもよりずっと強い痛みだった。痛過ぎて歩けなかったので、駅のホームの壁際で立ち止まって目をぎゅっと瞑って耐えた。
少しするといつものように痛みは引いたが、あんまり痛かったのでさすがに怖くなって、その足で医者にかかった。何科へ行けば良いかわからなかったけど遅くまで開いていた駅前の内科に駆け込んだら問診の後「GWが明けたら大きい某病院に行ってね」と紹介状を書いてくれて、先日、やっとその紹介先の神経内科へ行った。
 
結論からいうと何も分からなかった。病院に行けば解決するだろうと期待していたので、なかなか絶望感があった。
 
その日は、医者も多少カンジが悪かったけど、わたしがまあまあキていたことによって良くない診察になってしまった。神経のチェックのために先の尖ったミニチュアの剣のようなもので腕などを軽く叩かれるシーンが怖すぎて(目の前にいきなり尖った金属の棒を黙って向けられたら誰だってビビる。なんか言って欲しかったよね〜)、そのあたりから感情が乱れていたのだけど、座っている仕事が多いという話の流れで「日頃から運動はする?」と聞かれ「時々走ったりします」と答えたら「それは肩こりには効果ないよ〜」と半笑いで言われた時、なにかがキレてしまった。
わたしが大切にしていることを!そんな「効果」みたいなしょうもない物差しで測って笑うな!!お前は!!公園を走る時の風の気持ちよさを!!木々のざわめきを!!散歩する犬とすれ違う可笑しさを!!太陽の明るさを!!季節のにおいを!!色を!!音を!!形を!!脚や腰や肺が踊るような喜びを!!走り終えた達成感を!!知らないから!!そうやって笑うんだ!!!!!こら〜〜!!!!という怒りが急激に膨れ上がって、破裂しそうになった。
 
でも怒りは全然うまく表明できず(しなくてよかった)、わたしはいつのまにか「すいません」と言いながら泣いていて、「君のいう症状は神経科的には矛盾が多くてよくわからない、MRI撮っても薬だしても意味ないと思うけど、撮る?MRI」と言う医師に「意味がないならもう帰ります」と精一杯の怒気を込めた声で言い捨てて診察室を出た。自動精算機に診察代の数百円を乱暴に投げ込んで、歯を食いしばって、ぼろぼろ出てくる涙を拭きながらバス停まで早足で歩いた。
 
なんでこうなっちゃうんだろう!医師のおじいさんは考えてみれば至極まっとうな対処をしていて、無駄に薬を出したりしないし普通に信頼できたのに、わたしの情緒がオワっていてひどい患者だった。病院にはこんな人は時々いるんだろうけど、でも自分がそれになるのは嬉しくない。
 
1人でいる時、わたしはしばしば乱暴で我儘な別人になっているような気がする。いや、そんな言い方は大袈裟で不誠実な言い訳で、これも自分だ。わたしは1人でやりたいことがたくさんあるし、大勢よりも1人でいるほうが落ち着くけど、信頼している人と一緒にいることで保っている何か、その人たちの優しさが制御してくれているものは、確実にあるな〜と思った。
 
 
そんなことと同時期に、なんとなく読んでいた本がある。それは、こっくりさん千里眼の起源やそれが流行した時代背景などを研究している本だった。(一柳 廣孝『〈こっくりさん〉と〈千里眼〉・増補版 日本近代と心霊学』(1970年01月))19世紀のアメリカやイギリス、フランスなど欧米各国で「テーブルターニング」という呼び名で流行っていた遊びが日本にも輸入され、「こっくりさん」に変形して日本でも流行った、というようなことらしい。(長くなるのでここでは書かないけど、その後、1900年代に日本で新聞の普及と相まって「千里眼」が流行って廃れていったストーリーとか、フランスで「わたしは特別な医者なのでわたしが触れるとあなたの身体に流れる電気が変化して病気が治ります」といって病気を治しまくった人が人気になりすぎて手が回らなくなったので巨大磁石を持ってきて「これを各自で触ってくれればおk」とか言い出していたらしい話、アメリカで話題になったポルターガイストと意思疎通ができる大家族は実はポルターガイストを自ら演じていたことが後日判明してなんじゃそりゃ〜ってなった話などがあり、笑っちゃった)図書館で背表紙が目について、もともと探していた本と一緒に借りたらこっちのほうがおもしろかった。
 
たぶんこれはオカルト好きにとっては基礎知識なのだろうけど、1882年にイギリスで発足したSPR(The Society for Psychical Research---心霊現象研究協会)という組織があるらしい。創設時の支持者にコナン・ドイルルイス・キャロルユングとかもいたらしく、心霊現象の仕組みを解き明かす!という機運が、研究分野を問わず時代の最先端の感覚として盛り上がっていたことが伺える。そういえば大学院のゼミの伊藤先生も、この頃の心霊写真に関する講義をしていた時があった。あのくらいの時代って、宗教と科学と芸術と、新しく発明された各種テクノロジーが、みんなゴチャゴチャに混ざって様々な言説が生まれていた、すごくおもしろくて重要な時期だったようだ。いい。そしてそういった研究は人を救ったり癒やしたりすることとも直接的につながっていて、人々にとって切実だった、ということも腑に落ちてきた。
そして、当時は科学と宗教のどちらが世界の真実なのか、という争いがまだあった頃。SPRは、科学のさらに上の科学として心霊的な世界やエネルギーがあるという仮説をもっていて、これをもってすれば神を否定せずに進化論(自然淘汰の考え方をすると人間が特別な生き物ではなく他の動物と同じになってしまうので宗教的にまずかった)も肯定して、宗教と科学の融和が目指せる、ということだったらしい。そのなかで、当時の科学は「自然を対象とする物理的な、唯物論的な解釈装置だった」という指摘がすごく大事だと思った。あくまでも科学はひとつの考え方の指針であって、世界の真実ではない。特に19世紀の日本にとっては、欧米のような宗教との軋轢すらなく、ただ世界の解釈装置として思想だけが輸入されたのでなおさらそうだったはずだ。
 
何年か前まで、わたしは日本でそれなりの学校教育をまあまあ真面目に受けた身として、本当に素朴に(心霊現象は一旦置いておくとして)世界の全ては科学で説明できると思ってきた。コロナの流行の初期の頃や、福島第一原発の事故の後など、世間が目に見えないものの恐怖に大騒ぎになってあちこちで真偽の疑わしい諸説がどんどん生まれたタイミングでは、一応、科学のことを信じておくか…と思ってきた。今も概ねそうだ。でも、最近そうとも限らないというか、何かを説明できるということに、そんなに価値があるのか?という気分がけっこうある。社会をやっていれば説明責任とかはまああるんだけど、もっと生活や命に近いところでは、興奮とか、喜びとか、言葉にはある程度なるけど説明は全然できないものがたくさんあって、わたしたちはそういうことに救われながら生きているんじゃないか。
 
先日、上野の科学博物館で宝石をテーマにした特別展にふらっと入ってみた。本当になんとなく入ったのでなんの心の準備もしていなかったけど、宝石は鉱物だから科学で全部説明しますよ〜ッ!という姿勢の隙間に、周りの鑑賞者の小声のおしゃべりの端々に、宝石に憧れる人間達の説明し難い信仰のような、土着的で感情的でスピリチュアルなものを感じて、なんだか新鮮だった。職人によって見事な細工が施された金と宝石の装飾品の数々も展示されていて、いくつかの本当に見事なものには目が吸い込まれた。えっ今ちょっとアタシの目も宝石みたいにキラキラしてるんじゃない?!って気がしたけど、1人だったのでわからない。「宝石をこんなふうに磨くとこんなふうに光が反射して、キラキラして見えるんですよ〜」という説明ができても、キラキラすると嬉しい、という気持ちは説明できない。すごいものはすごい。
あと、数万人規模の巨大な会場で行われたコンサートも最近たまたま聴きに行って(あいみょんだったんですけど)やっぱりすごいものはすごい!と思った。遠すぎて小さいけど確かにそこにいる姿に、バチバチのレーザービームや強力な照明と大音量で鳴る音楽に、それらを全部背負った歌声と言葉(あいみょんは本当に滑舌が良くて、言葉がシャキシャキ耳に入ってきたしMCも達人だった)に、ちょっと怖いぐらいみんなが心を洗われているのがわかった。わかったって、今思うと、え?なんで?具体的な根拠は?って感じだけど、わかっちゃったんだから不思議だ。それに、わたしもうっかり救われてしまった。わたしなんて、周囲のほとんどの観客のような熱心なファンじゃないのに、ただミーハーな気持ちで聴きに行った不躾な観客なのに、こんなわたしさえ救ってくれるあの空間と、そんなふうに導いてしまうポップスター、ヤバくない?
 
そんな色々があって、今のわたしは、スピリチュアルな方法に頼る人の気持ちが本当に心底すごくよくめっちゃ鮮明に想像できる。冒頭で書いたことだけでもないんですが、去年ぐらいから体の謎不調がずっと気になっていて、病院でも「そんなに健康なのになんで来たの?」(こっちが聞きたいんだが)みたいな態度で診察されるし、「ストレスですね〜」なんて言われ飽きていて、もう、お祓いとか行ったほうがいいんじゃないかと思っている。なんか、病人になるために病院に行っているみたいで嫌になってきた。わたしは患者ではないです。ちゃんと寝て、お米と納豆をしっかり食べて、ちょっと運動していればきっと大丈夫。
これは個人的な見解ですが、納豆とかヤクルトとかは、おまじないだと思っておいた方が、というか、薬みたいな飲み方ではなくて「これを飲むと…、効くらしいぞ〜!ワクワク」って思いながら摂ったほうが、体だけじゃなくて心にまで効く気がしている。プラシーボ効果とかはじゃんじゃんおこしていったほうがいい。巨大磁石を触って病気が治るんだったらそれでよくない?思い込みや直感には多分けっこう力と信頼性がある。怪我をする前に「あ、ちょっとなんか嫌な感じ」と思ったのにそれを無視して、直後にやっぱり怪我をした、という経験が自分は過去に何度かある。理由はなくても意味があるんだと思う。
 
 
 
ある友人にしばしば「あなたは信仰する才能があるから、宗教を持つと少し楽になれるのかもしれない」というようなことを言われる。彼は熱心にキリスト教の勉強をしていた過去を持っていて、曰く、疑り深い人ほど聖書を研究し続けられるし、君は思い込みが強いから、と。勧誘されているわけでは全然ないけど、本当にそうだと思う。インドネシアにいた時、周囲の多くの人がムスリムとして毎日祈っていて、その習慣は美しく見えたし、けっこう羨ましかった。
 
何年も前だけど、フィリピンのトランス儀礼の研究のため現地で医者になる勉強をしている(違ったらすいません)という先輩が大学院のゼミに来てくれたことがあった。あんまり正確に覚えていないけど、彼らは村のなかで悪魔に取り憑かれてしまった人が出た時に、村人全員で儀礼を行うのだそうだ。先輩の解釈だと「周囲が彼を1人にしたから悪魔にやられてしまった」ということらしく、全員で儀礼を通して1人のケアをすることで再び共同体の中に連れ戻すという仕組みだそうだ。実際に科学的に根拠があるかないかとかとは別に、自分のことを気にかけて支えてくれる人がここにいる、と再確認することで、気持ちがめちゃくちゃ救われたりするんだろうなあということは想像にかたくない。
 
人間に必要なのはそういうことなんだと思う。おまじないでも、宗教でも、何らかの共同体でも、なんでもいいから、根拠なく頼れるものがあるということ…。世間的に風当たりの強い「救い」でいうと、パワーの入った水やツボが有名ですけど、ああいうふうにお金が絡んでくると雲行きが怪しくなってくる理由がわかったかも。お金をこんなに積んだんだからよくなるはず!っていうのは、根拠で信じようとしていて、心で信じていないからだね。買うことと信じることの相性、すごい良いだけにめっちゃ良くないね。お金で買えないものを信じたいね〜。迷っている時は「ね」っていう音を、人から聞きたいかもね〜。そうかもね。ねー。
 
医者に「よくわかんないっす」と匙を投げられても、整体で「がんばってるね」と言ってもらうだけで肩はほぐれるし体は軽くなる。これが人間の実際だ。わたしは病院のアンチではないけど、ここ最近は、もっと違う方法で人って救われるじゃんね、という実際が、骨身に染みて仕方がない。愛とか優しさ、それに似たものが大切だね…。いつだったか、数年前なんとなくサブスクであいみょんを聞いてみた時に、なんて優しい声で歌うんだろう、こんな感じなんだ、ちょっと意外だなあ、と驚きながら好感を持ったことを、先日のさいたまスーパーアリーナで思い出した。優しさに似たものは、それでもうじゅうぶん優しいから、けっこうそれでいいかもしんないね。30代に突入しつつある、あるいは30代以上の、女性の知人友人が、次々にタロットカードを始めたり占星術ガチ勢になったりスピリチュアルに目覚めたり宗教を勉強しだしたりする感じ、ほんと正直すごいわかるんだよね。雑に一緒くたにするなって言われそう、自覚しています、ごめん!でも、それ的なもの、あるよね、ということが言いたい。教科書で習った科学じゃない、怪しくて面白くて、優しいもの。
 
わたしもそれにハマったりしたいという気持ちがありつつ、それこそ宗教をもつのもいいと思いつつ、でもなにか、プライドに似た感覚が邪魔をしていて(これって自分がまあまあアカデミックな場でベンキョーしてきてしまったこととか、ジェンダーまで含む問題のような気がしていて、これはこれでちゃんと考えたい)、とりあえず折り合いをつけて保留するために今は、歌と納豆に落ち着いている。歌を歌ったり納豆を食べたりしていればだいだいOKという俺の教えです。紙の本にもすごく救われていて、最近は↑みたいな全然知らない分野の本を軽率に読んでみるブームです。図書館は最高!
 
あっ、これは単にミーハーなんですけど、おすすめの対面の占いがあったら教えてください、行ってみたい。いっぱい悩んでいるので、プロの占いに感動したり救われたりしてみたいです!
 
 
 
 
 

ラブい口元

日頃から口元を隠すことがすっかり当たり前になってから、人の口元にドキッとすることが増えたような気がする。

もう1年くらい前になるけど、夏くらいの季節の頃、親しい女性の友人と久しぶりに会ってレストランで食事をした時にドキッとしたことを、今でも鮮明に思い出せる。
席に案内され、置かれたコップの水を飲もうと彼女がマスクを外したら、唇のルージュがすごくきれいだったのだ。たったそれだけのことなのだけど、すごくドキッとした。それは茶色に近い艶のない渋い赤で、彼女の白い肌に似合っていた。主張は強くなく、でも存在感のある上品な色だった。その日は朝から一日じゅう曇っていて少し雨が降っていたのだけど、そんな気圧の低い空気感にも、今思い返すと似合っていた。こんなジメジメした日にマスクをして来たのに化粧が全く崩れていないことへの尊敬みたいな気持ちもちょっとあった。
でも、「そのリップかわい〜」というような女子っぽいコミュニケーションがわたしには照れ臭くて、咄嗟に言えなかった。そして、言いそびれたからだろうか、まるで秘密でそう思ったみたいに意識してしまって、その日、彼女と別れるまでずっとそれが印象に残っていた。後から「さっき思ったんだけど」とわざわざ言うほどのことではないというかそれは不自然な気がして尚のこと言えないまま、レストランを出て観劇したりお喋りしたりしながら、白いマスクの向こうのきれいな色の口紅のことが、一度だけ見た美しさが、ずっとほんのり頭の中にあった。もしわたしが彼女にガチ恋をする人だったら、あの瞬間にめちゃくちゃ惚れの気持ちが加速してどうにかなっていただろう。というか、まあ、誤解を恐れずにしっくりくる言葉で言えば、友達にだってわたしはおおいに惚れている。


他の好きだった口元もある。それは男性の友人と会った時に、やはり食事の場面で、隣に座ったその人がひょいと外したマスクの下の、頬と顎のあたりに無精髭があったのを目撃して、気持ちがギュッと温かくなった。
自分に対して気を許されているというか、油断されているような気がした。でも、女友達のルージュと同様、見つめたり言及したりはなんとなくできなくて、前に向き直って気づかなかったみたいに会話を続けた。彼はしばしば人前に出る仕事をしている人で、そういう時には普通に髭を剃っているし、マスクをする日常がくる前からも「髭の人」という印象はなかった。だから、その無精髭はけっこう新鮮だった。
本人にとっては理由も何もないだろうけど、でも、わたしと会うことは彼にとってそれほど「オン」ではない時間、なんなら「オフ」なのかもしれないということが妙に嬉しかった。なんというか、その年の夏の始め、今年初めてサンダルをはいた友達に会った時に「この人はこんな足の指の形をしているんだ」と思うような、「まだ日焼けしてないな〜」みたいな、そういうのに似た、なんでもないけどちょっと新鮮な横顔が、親しくて嬉しかった。


ドキッとしたというのはつまり、この心の中でだけ起きた勝手な爆発なので、自動的に小さい秘密みたいになる。それが生まれた瞬間は、たとえ一瞬でも強く印象的で、わたしの場合は景色の記憶になって残っていることが多い。その時していた会話の内容はボンヤリとしか思い出せないけど、わたしの右手、あなたの左手に窓があって、店内は冷房が効いていて薄いシャカシャカした上着を脱がないでおくくらいの気温だったとか、蚊がまだいない公園のベンチに座って、ツツジの植え込みの山を越えた先の空のあたりで地面に竪穴を掘る重機がゆらゆらと変な動きをしているのを笑って見ていたのとか、そういうことは、秘密でも内緒でもなんでもないのに、ひっそりしっかり覚えている。

こうして言葉にしてみると「誰にでもすぐドキドキしてしまうチョロい奴」みたいですけど、誰にでもってことはない。性別や関係性を問わず、わたしは好きな人のことがとことん好きなのだと思う。だから綺麗な唇に目を奪われたり、油断した横顔にグッときたりする。きれいに手入れが行き届いていても、そうじゃなくてもいい。というか、きっと本人の何かがどうこうってことでは全然ない。たぶん本当に何でもよくて、こちらが勝手にドキッとする口実を探している、といったほうがしっくりくる。好ましい人と一緒にいる時の小さい色んなことーー灯りに近いカウンター席でこちらを向いて笑うと大きな瞳がキラリとして、うわ、きれいだ!と思ったりした、ああいうことーー忘れたくない小爆発がいっぱいある。


この頃、親しい人と約束をして会えることが多くて、とても嬉しいです。いろんなことを頑張れそう。SNSにアップしない写真をたくさん撮って、時々ただ見返したりしている。今日も友人と集まって、地元の友達とやるみたいなユルユルとした遊びかたをした。バッティングセンターに生まれて初めて行きました。もっとやりたかったな。まるで来月あたりから長期間すごく遠くへ行ってしまうから細切れに自主壮行会を開催しているみたい。否、これは先月の自分が「会いたいけど来月にならないと」と言って予定をたくさん詰めたんです。褒めたい。
こういう文の終わりに、ラブ!とか書いてしまうやや旧い長文SNS文末仕草(?)のことを、恥ずかしいなって数年前は思っていたけど、やっぱり歳をとったんだろうか、確かに書きたくなりますね、ラブ!とか。高校生の頃、文末に時々「ちゅ」って書いてたギャルっぽい同級生からのメールに、まんまと(?)ドキッとしたりしていました。わ〜い!ラブ!ちゅ



ヴォイスの次の地平?/大変身の居心地の良さ

わ〜!全然更新できていなかった!4月のうちに書きつけておきたいことが2つある!


近況、一番大きなこととしては、単独自主企画「透明洞窟」を先週、開催しました。昨年の初夏に東京に引っ越してきてから、都市で働きながら暮らす日々(自分で選んだことだけど)に、心身ともにゴリゴリ削られ、秋頃にはちょっと病みかけながら必死で考えていたことを根っこに、昨年末にクリエイションした部分なども引き継ぎながら作った新作だった。実質1年くらいかけて作った感触です。まだまだ色々な人に聴いていただきたいので、ブラッシュアップしつつ再演できたらと思っています。

今回は、作ることが本当に楽しかった。以前はもっと作る過程で苦しんでいた気がする。今回だって楽だったわけじゃないけど、でもずっと楽しく発見と気づきと納得と共に進んでいって、我ながら成長のようなものを感じた。さすがにもう10年くらい「作ること」を本気で考えているわけで、そろそろそうでないと、思い切り楽しくないと、続けて行けなくなっちゃうもんね、ええ、今はすごく続けていける感じがしてます。

あと、この新作にあたって、自分にとってもうひとつ大きな進歩だったのは、声の使い方だった。特に「奇声」としか今のところ呼びようのない声の使い方。

いわゆる「奇声」にも、かなりバリエーションがある。当然これまでも使い分けていたけど、今回はもっとシビアに狙った音を、鳴き声ではない無機質な音として、実感としてはほとんど言葉のような具体性をもって演奏していた。それは、やっていてけっこう新しい体感だった。効果音でも環境音でもない、言葉みたいにイメージを明確にもった音を発するのは、自分としては謎に納得があって、口から景色がバーーッと流れ出ているみたいでおもしろかった。楽器みたいに、シンセサイザーとかエフェクターをかませたエレキギターで任意の音を作ってバーッと出すような感じに近いかもしれない。音色というかバリみたいな部分に声の絵の(例えば「LEDみたいな白い光の粒、光線」をちゃんと描くために必要な喉の締めかたの角度があった)ディティールが宿るので、練習してその精度があがっていくのも心底楽しかった。これまでの「使い分け」なんてぜんぜん漠然としてたな〜と思った。でもある意味ではこれは音をイメージに縛ることになるんだろうか。聞く人と共有できるいわゆる言語じゃないから、まだまだ開いているとは思うけど、ともかく今後もっと研究したい表現です〜(この音について、自分の譜面にはカタカナのキの長い\をコみたいに曲げて半濁音の○をつけた謎の文字に伸ばし棒で表現しているのですが、表記についてはまだまだ検討の余地あり…。)

これに至ったきっかけは大きく2つある。ひとつは、ここ3年くらいちょこちょこやらせていただいてきた、即興の演奏。声ではないほかの楽器の奏者と、一緒に即興的に音を出して演奏していくなかで、わたしは言葉や描写からすっかり自由になった「音」としての声を発見し続けていたと思う。ひとりで家でやっているのでは思いつきもせず挑まないことに、即興の演奏では突然挑むことになる場合があって、そういう時に「あ、喉からこんな音出るんだ」と気づく。こういうことの繰り返しで引き出していただいた音がたくさんある。ありがとうございます。

もうひとつのきっかけは、3月にシェアアトリエでほぼ身内で開催した、奇声を出してみるワークショップのようなこと。主に俳優の、奇声を出すことに興味のある人に集まってもらって、わたしが影響を受けたヴォーカリストをちょろっと紹介しつつ、今日はこの奇声を特に集中して練習してみます!といって、同じ発声の仕方で、口のなかの形を変えて音の響きが変わるのを体験してみたりする会だった。その時に、ひとに言葉で説明していくなかで、自分はこうやっている、ということがどんどんクリアになっていくのがおもしろくて、多分わたし自身が一番勉強になった。
((体をコントロールするためのイメージを持つ際に言葉が一役買うということについて、おもしろいよね(天井から頭のてっぺんを糸でつられている感じで立つ、とか、血管の中をマグマが流れているイメージで踊る、とか…)という話をしていたら、友人が教えてくれた本があって、今読んでいるのですが、おもしろいです。↑みたいなイメージっていうよりは、もっと具体的、物質的な身体コントロールの話。言葉にならないことを言葉にしていくことの希望がある〜。ジョギングが楽しくなって下半身の筋肉の解像度が上がり感動したばかりの人間なので、わかりみが深い。序章で、イチローが21歳の時に「(言葉で)説明できるヒットが欲しい」と言っていた(感覚的に打てるけどこれではダメだと思っている)というくだりに痺れました。(『「こつ」と「スランプ」の研究 身体知の認知科学』(諏訪 正樹):講談社選書メチエ|講談社BOOK倶楽部)))
 
こういうことがあったから今回は、今までよく使ってきた「鳴き声」「生き物の気配」としての奇声だけではなく、もっと別の音として聞こえるようなものを使いたいという発想が自然に出たのだと思う。口から出ているからといって鳴き声とは限らない。
今回の新作で没になったアイディアに「歯軋り」があった。あれは、鳴き声ではない音だし、感情と関係がないから、隣で寝ている人が歯軋りをしていると人間離れした存在のように思えてちょっと怖い。そのことを考えていて、人は口から出る音についつい感情を見出そうとしてしまう(→それが見えないと怖い)のではないかと思い、じゃあ、感情とか鳴き声とか、そういう有機的なことではない音を出すとはどういうことだ、というような回路もあった。
 
作品についてはあまり自分で書き過ぎないほうがいい気がするのでこれくらいにします!



あと、また別の作品の制作でも、最近すごくおもしろかったことがある。GINZA SIX蔦屋書店で開催中の海野林太郎さんの展示(『マヌケだね 楽しい夜さ 好きだよ』〜5月15日まで会期延長、詳細:https://qr.paps.jp/FmDEi)の映像作品に出演しているのですが、この撮影でのパフォーマンスが自分にはすごく新鮮な経験だった。

わたしは映画でも撮るような本格的な特殊メイクを施して、皮膚の色や顔の造形を大胆に変え、大変身!して、歌が好きなマーフォークとして出演した。他にも2人、のんびりしたマーフォークと、聡明なゴブリンが出演している。
特殊メイクには3時間くらいかかった。肌の色を青く塗ったり顔の形を変えたりして完成した自分の姿は、だいぶ自分じゃなかった!そして、それで鳴き声を出してみると、なんかこう「しっくりくる」の度合いが尋常ではなかった。というか、ある種の「役」として鳴き声を出せることの自由さ、清々しさ、居心地の良さがあった。かえってとても深く実感を持って鳴けたのが意外でもあったし、とても嬉しかった。

わたしは普段の自分の、見た目というか人間の状態(?)に納得できていないというか、できるなら声だけになれたらいいのにな〜としょっちゅう思ってきた。だから、人間ではない見た目に人間っぽくない鳴き声をあわせると、完全に違う生き物になれるようでシンプルに嬉しかった。こういう特殊メイクはなかなか簡単にはできないけど、こんなに大胆かつベタな「変身」に、こんなにしっかり感動するとは思わなかった。ありがとうございました。

また、印象的だったのは、今回の特殊メイクをしてくれた降幡さん(madmaker – 特殊メイク・特殊造形・特殊ネイル)とは初対面で、顔の型取りをした時のお喋りの流れで自分が普段歌を歌っていると話したところ「どんな格好で歌ってるの?」と聞かれたことだ。えーっ、そんなこと考えてもみなかった。でも、言われてみれば、そういうことを考えても良いはずだ。

わたしは、大昔…、大学2年くらいの時、当時みた舞台の、白っぽくてナチュラルな衣装を身につけた自分と同い年くらいの女の俳優が「等身大」みたいなセリフを言う演劇をなぜか原体験みたいにしてしまっていたところがあった。多分その影響で、女っぽくも男っぽくも大人っぽくも子供っぽくもない、「なんでもない格好」がいいと思って、いつもTシャツやジーンズを身につけてパフォーマンスをやってきた時代があった。つい最近までも、その延長にあるような無難な服で演奏してきていた。やっと、2年くらい前から、だんだん「髪が青くても大丈夫そうだな〜」とか「ちょっと変わった服でもいけそう」と思えるようになってきた。
悲しい話ですが、衣装に関しては良い思い出がない。以前、ライブの終演後に誰だか忘れた人と話していて「女っぽい感じでやりたくなくて」と言ったら「ああ、そういう感じだろうなと思った」と返されてなんか超すごいめちゃ鬼イラッとしたことがあった。「その人の服装を見るとだいたいどんな歌を歌うかわかる」とドヤ顔で語る中年男性と接して、同様にイラッとしたこともあった。場に求められているようなドレスを着てヒールをはいて口紅をひいて歌うことが(それだけではないけど)苦しくて耐えられず、怒られながらそこで歌うのを辞めたこともあった。
 
そんな感じだったから、降幡さんから「どんな格好で歌ってるの?」と、ちょっと期待を込めたような声で聞かれて「いや、まあ、なんでもない格好で、、」としどろもどろ答えながら、自分全然面白くないな〜!と思った。すごく大事な楽しいことを、自分で封印してしまっているような気がする。特殊メイクまではできないにせよ、格好って、もっと選んで表現できたら、そこまでコーディネートできたらおもしろいのに、現状けっこう消去法でやっていて、最近はちゃんとお気に入りを着ているけど、まだ根本的に納得できていない。

結局これは、似合う服わからん問題で、もう、演奏時の衣装のみならずプライベートでも過去から一生つらいので多分まだまだしんどいんですが、なんとか楽しくしていきたい。う〜ん、ぼんやりしたまま全然わからない、助けて〜!


話題を変えて、
単独公演で、長い作品だけじゃなく弾き語りもやって、やっぱりこういうのもっとやりたいと思ったのでライブができる場所を探しています。結局、自分で企画してなるべく多く責任を負ったほうが得るものが大きい、というのが、ここ3ヶ月くらいでよくわかったことです。まだまだ試行錯誤&修行という感じだけど、これは続けていくと見える地平がありそうだな〜というワクワクがあります!

直近ではGW、5月4日12時から狛江「珈琲参道」というお祭りに出演するのですが、前売りチケットがすでに完売、当日券ちょっとあるようです。
それ以降はライブは決まっておらず、録音がしたいな〜と思っています。全て未定です!
ナレーションは、最近すごい楽しいのを爆笑しながら録りました。そういうお仕事もお待ちしています!



最近は、ゴールデンカムイが終わってしまったことの感慨(とはいえ去年から読み出したニワカなんですが)に浸ったり、友人と旅行に行くのを諦めたことでできた時間で、たくさん眠ったり、走ったり歌ったり本を読んだりしています。近所の図書館が良いことが判明して最高です。あと働いてます。

レタスを乾燥エビと一緒に炒めて塩とナンプラーで味つけたものに本当にハマっていて、ほぼ毎日食べています。昨日、50円でレタスを手に入れて嬉しかったなあ

ブログ、なんのために書いているのか不明ですが、ツイッターとかより大事にしているので今後も書きます。ここまで読んでいただきありがとうございました。またね〜




夢と死後と時間認識についての雑記

 
今朝みた夢が美しかった。ちょっと不吉だけどすごく鮮やかで、楽しげで、まるで映画でも観たような記憶の残り方をしていて、今日は一日中その景色のことが頭の中にぼんやりあった。

ものすごい数のいろんな動物たちが、楽しそうにゆるやかな行列になって商店街や町を練り歩き、森を抜けて、はらっぱを抜けて、最後には夜の静かな海辺へ辿り着くのを、人間の主人公が目撃する、というお話を描いた絵本を読んでいる、という夢だった。その動物たちは、途中、主人公が目を擦るとガイコツ姿に見えたりして、どうやらこれまでの地球の歴史のなかで死んでしまった古今東西の動物たちが大集合しているらしい!ということが中盤でわかる。

夢の中でわたしが読んでいるのは、絵本というより、正確には何かの冊子の最後のほうに掲載されていた言葉のない漫画のような絵本のような短編なのだけど、夢の全体が入子状になっていて新鮮だった。その作品はたぶん実在しないけど、夢の中での作者は実在する先輩で、すごく優しくてあたたかい水彩の絵だった。
絵本なのに、途中で列の一員に話しかけられたりして、夢ならではって感じだった。「君たち何かいる?」「僕が何か手伝おうか?」みたいなことを親しげに英語で言われて、一緒にいたパートナーが何故か「21時には引きあげて帰るよ」みたいな返事をしていたけど、わたしは、死者に対して返事をしたり何かもらったりしたら危ないような気がしたので、慌ててその動物に会釈をして、パートナーを引っ張ってその場を離れた。

マンモスとシーズーが隣を歩いていたり、普段なら捕食・被捕食関係にある動物たちが何も気にせず楽しげにしていたりするのがなんとも言えない奇妙さで、全体的にぼんやり光っていて、人間は目撃しているわたしたちしかおらず、全然この世っぽくないのだった。



わたしは、いわゆる霊感はないし、見た夢が予知夢だったと後で知るような恐怖体験も一切したことがない。目が覚めた時には、超いい景色を観れてラッキー、夢ってコスパ最強〜!という気分と、え、怖……不吉すぎる………という気持ちが半分ずつくらいだった。いい夢だったような気がしたので、パートナーに一方的に報告して、記憶に定着させた。そのあと、1人になってから、走りに行ったり食事をしたり洗濯をしたりしながら、この余韻に触発されて色んなことを思い出した。


小学生の時、わたしは漫画を書いていた。そのうちの、一番長く描き続けていた漫画のなかで1人だけ、ストーリーの展開上、死んでもらったキャラクターがいた。冒険ものでありながら基本的には誰も死なない漫画だったのに、当時のわたしは彼を死なせてしまった。その時はそんなに気にしていなかったけど、時間がたって、だんだん後悔するようになった。最終的にあの漫画は完結しないまま、続きを描くのをやめてしまった。多分、普通にほかの漫画を描きたくなったから描かなくなったのだと思う。1人死なせたことと描かなくなったことに因果関係があったかどうかはもう分からないけど、小2〜小5くらいまで、クラスの友達に読んでもらいながら3年ほど描き続けていた漫画は、間違いなく幼少期の「代表作」だったのに、完結させられなかった。漫画に出てくるキャラクターたちは、みんな喋る、ちょっと擬人化された動物で、わたしが死なせたのも犬のキャラクターだったのだけど、今朝の夢で彼のことを思い出した。あいつは勇敢で強い犬だった…

SNSごしに大好きだったトノという名前のアヒルが最近死んでしまったことも思い出した。飼い主が毎日のように動画や写真をSNSにあげていて、わたしはそれを見ていただけだけど、芝犬といつも一緒に散歩していたアヒルのトノは本当に可愛くて、会ったこともないのに大好きだった。トノが死んでしまったのがいつだったか正確には思い出せないけど、たぶん今年の秋頃だった。ある日の「トノはお空に行ってしまったワン(※一緒にいた芝犬視点という設定の語尾)」というツイート以降、そのアカウントに投稿され始めた、かつてトノが生きていた頃の動画をいくつか見て、何度か泣いた。わたしは大人のわりにはかなりすぐ泣く人間なので涙に深みがないと自負しているんだけど、でも、会ったこともない好きだった生き物が死んだのが確かに寂しかった。

思い出したふたつの死は、ひとつは完全なフィクションで、もうひとつはほとんど実質的にフィクションだけれど、わたしのなかでは、彼らはあの世に行ってしまった死者で、かつ、人間ではなかった。彼らが死んだらどこにいくのか、わたしにはわからない。もし今朝見た夢みたいに、似た境遇の仲間たちとキラキラふわふわ過ごしていたら、ちょっと救われるような気がした。
 

わたしは特定の宗教に熱心な人間ではないので、「あの世」については、いろんなところからの又聞きみたいに複数の宗教観がごちゃごちゃに混じった身勝手なビジョンを抱いている。日によって「あの世とかないだろ、死んだら無!」という気分もあるけど、軽薄に「あの世にはじいちゃんがいたりするのかな〜」とも思う。死んだら、今朝みた夢みたいに、動物たちのいる次元に帰っていけるような気もする。そうだ、人間が喋ったりするのは社会的な要請があってそうなっているだけなので、死んだらあんまり喋らなくていいんじゃないか。言葉はぜんぶ詩みたいに響いて、あんまり厳密な意味とか、意義とか、目的とか、なさそうだ。歌いたかったら歌えるのだろうか。わからないけど、あまり強くて大きい声が出せるイメージがわかない。くすぐるみたいな歌なら歌えるだろうか。とにかく基本的には黙ってふわふわした状態でいられそう。黙っていていい、というのはなんか悪くなさそうな気がする。わたしは歌うのが好きだし喋るのも嫌いではないけど、黙っているのも好きです。

わたしは、眠るのは生きるのに必須科目の「死ぬ練習」だと思っているところがあるので、眠っている時にあの世っぽい夢をみると妙にしっくりくる。人間が眠っている時に(基本的に)歌を歌わないのは重要かもしれない。生きているから歌うっていうと単純すぎるけど、でも、今生きて歌っているような歌は、おそらく生きていないと歌えない。わたしは、体が邪魔とか、声だけになれたらいいのにと思っていた時期が長い。今でもしばしばそう思う。以前ここにも「色々なものが蠢き騒ぐ景色の一部に自分自身もなれたなら、それは声だけになることに近い気がする」というようなことを書いた。こういう時、生きながら、歌を通して違う次元にアクセスするみたいなことを夢想する。いつかできるような気がする。たぶん、なんかこれは、語彙がバカすぎるけど「禅っぽい悟った感じ」だと思うし、あの世のこととかを時々考えるのは、たぶん自分には必要なプロセスだ。

霊に取り憑かれたりするのは御免だし多分そういう体質ではないので、降ろしてくるという方向じゃなくて、自分から悟りに行くほうの、巫女というよりは修行僧っぽい発想がわたしには似合いそうだなというところまで考えて、なんかよくわからなくなってきたのでそろそろ終わりにします。

あ、最近Netflixで観てすっごくよかったSFアニメ作品『地球外少年少女』のなかで、
 
 
 
(ネタバレというほどでもないですが気にする人のために少し改行してから書きます)
 
 
 
 
 
 
人間もAIも、思考のリミッターを外してめちゃくちゃ賢い状態になると、過去も未来も同時に存在していると解る、全てを同時に理解できる、みたいなくだりがあって、むしろ文字や、大陸の宗教以前および外の文明で生きていた人間たちはその感性を持っていたはずだという研究を思い出した。めちゃくちゃザックリいうと、時間がまっしぐらに未来へ向かって流れていくものではなくて、全ての時間が同時に存在するような考え方もあるよ!みたいな話だ。(友人が勧めてくれた『時間の比較社会学』という本でも似たような話がされていたので多分ある程度、文化人類学とか社会学のなかで考えられてきていることなのだと思う)
これもSF映画なのだけど『メッセージ』という作品で、とても知能の高い宇宙人が空中に描いていた円環状の文字は原作者のテッド・チャン曰く漢字をモチーフにしていた。それをうけて、現代社会ではマイナーな文字である表意文字だが、あれにはそういう可能性(過去と未来を同時に把握する能力)が秘められていたのかもしれないというような指摘を(アボリジニのチュリンガとかも引き合いに出して)大学院時代のゼミの伊藤先生がしていた。もう4年くらい前のことだけど、かなり自分のツボだったらしく、以降こういう考え方がずっと気になっている。
それで思ったのは、あれを(『地球外少年少女』でいう)「知性が振り切れている」状態だと仮に理解するなら、死んで、過去や現在の概念がある現在の言語感覚に支配された現世から離れて、動物たちの暮らす文字のない次元に還っていく時って、ああいう風になれるんじゃないかということです…。
肝心の「知性が振り切れている状態」って何なのか、ふわふわのままだし、もしかしてめちゃめちゃ知性が振り切れている状態って一周回って何もわからない(言語のレベルを超越してしまうと言語で理解できない)のでは、、と思わなくもないけど、死ぬとめっちゃ賢くなる説はおもしろくて良いかもしれない。死ななくても、こういうことを考えるのがわたしは楽しいし、歌はこういうことにアクセスできる気がしています。他者との共通言語を失うという意味でスピってしまわないように気をつけつつ、健康にも気をつけつつ、これからも生きま〜す
 
 
 

全部がある!

ーー近況

先日、シェアアトリエからの帰り道を自転車で走っていて、あ、ここは10ヶ月くらい前の頃に桜が散っているなかを今にも崩壊しそうなシェアサイクルをぎいぎいいわせながら通った道だ、と思い当たった。引っ越してからもう何度も通っているはずの道だけど、こんな風に思い出したのは初めてだった。空気が似ていたのかもしれない。確かあれは3月、アトリエから家まで、そこそこ近いみたいだからと試しにシェアサイクルで帰ってみようとしたのだった。初めての道の「そこそこ近い」は「まあまあ遠い」で、自転車が壊れそうで怖かったし、汗もちょっとかいて、帰宅した時に達成感があったのを覚えている。

パートナーと新しい町で暮らす計画が動き出してから、ぼちぼち季節が一周する。あの時はまだ地図を見ながら走っては止まってなんとか辿っていたアトリエまでの道も、今はもう、何も見ないで迷わずに進めるようになった。駅までの近道も見つけた。お気に入りの銭湯も、かわいいパン屋も、いい整体も、悪くない美容室も見つけた。住民票も移した。知らなかった町の廃墟みたいだったアパートは、すごく暮らしやすいわけではない(ex.キッチンの水道からお湯が出ない/二箇所から同時に水を出すと水圧がなくなる/ほか)けど、常識外れの工夫の数々(ex.足場がないと登れないほど床が高いベッドを自作/押し入れを改造して防音室を施工/物置にジャストサイズの冷蔵庫を設置/ほか)によって、秘密基地みたいなとびきり楽しい家になった。まだまだやりたい改造は残っているけどやっと一旦けっこういい状態です。


ーー本題

小さい頃から「一年の計は元旦にあり」とよく母が言っていた。1月1日にぼんやり過ごしたり寝坊したりしているのを咎める文脈だったと思う。1月1日こそちゃんとして今年どうするかしっかり考えなさい!というような明るいお叱り。それがすっかり染み付いていて、1月1日はなるべく良い感じにしなきゃ、と毎年ぼんやり思ってきた。

そんな1月1日が今年はとても素晴らしかったので、かなり大丈夫な気がしている。ちゃんと朝に起きて、家族でお節料理を食べて初詣に行き、笑顔で家族写真を撮って、その後、わたしは友人と連れ立って寄席に行って笑って、日が暮れてからそのメンバーで買い出しをして皮から餃子を作って食べた。たくさん笑った。綿密に計画したというよりは、けっこうテキトーなノリでそうなったにも関わらず、あまりに良い元旦だったので、なんかもう今年はいけるぞ!と思った。

そして、その「今年はいけるぞ!」という気分で迎えることができた本番があって、それがちゃんとすごく良かった。1月9日、仙台でのイベントだった。このイベントは、この日までの会期でせんだいメディアテークで開催されていた「ナラティブの修復」という展覧会(https://www.smt.jp/projects/narrative/)にアーティストの磯崎未菜さんが出展していた映像+インスタレーションの作品を一緒に作ったメンバーで「やろう」と言い出して、磯崎さんがノリノリで盛り上げて企画してくれた会だった。展覧会の非公式打ち上げみたいな、半ば身内っぽいイベントではあったけど、とてもいいパーティーだった。
その日は、まず映像に出演していたメンバーで作品の戯曲を朗読し、次にわたしが弾き語りもやらせてもらい、最後に磯崎さんが自分のバンドのメンバーを東京から招集して(!)懐かしい曲や新しい曲を演奏するというプログラムだった。磯崎さんは、わたしが知っている10年前からずっと賢くて強くて明るい人だけど、この日は輪をかけて終始ずっと楽しそうで、みんなそのエネルギーを浴びて楽しくなっていたような感じがした。数年前に引っ越したこの仙台で、わたしは全然知らない街で、この人はしっかり人と出会って、考えて、愛されて、生活をしてきたんだな、というのが垣間見えたような気がして、よかった。好きな友達に良さそうな仲間がたくさんいるというのを目の当たりにすると嬉しい。東京からわたしとも共通の友人が数人来てくれていて、大集合って感じで、ちょっと結婚式みたいで可笑しかった。


あれはとてもいい会だったな〜、という感慨は、それはそれとして大きくあり、加えてそれとは別に、あの日の弾き語りのライブは自分にとっていろんな部分でちょっと特別になった。

まず東京近郊ではない街で自分の演奏をする初めての機会だったし、お酒と軽食を片手に聴けるような場所で自分の曲をギターを弾きながら次々歌うのも初めてだったし、持っていったCDをあんなに買ってもらえたのも初めてだった。終わった後に色んな人に感想をもらえたのも、コロナ以降とても久しぶりで、震えるほど嬉しかった。
正直めっちゃ感動してしまった。やっと自分の歌の弾き語りだけで30分超の「いわゆるライブ」ができるようになった、ということも自分にとってすごく大きな成長だった。演奏難易度とか変な事情じゃなくて、曲の中身を基準にセットリストを作れたのも嬉しかった。あと、今までは歌詞を書いた紙を譜面台に置いていたけど、それを置かずにやれたのも実は初めてだった。こういうことがやりたい、と心を定めてから2年半、やっと一旦、「できる」と思えるようになった。本当にいつも時間がかかる。


そして…、というかこっちが本題になってしまうのが自分の変なところだと思いつつ書くのだけど

イベントの前日、仙台に着いた午後、雪が残る川沿いの公園で練習のつもりで一人でずっとギターを抱えて歌っていた時間が、すごく良かった。

本当に良かった。あそこに、全てがあった!あの場には完全に全部があった。わたしにとっての歌の原初と、ただの現在と、笑顔と怖さと、夢と、寒さと暖かさと明るさと、過去と将来と、他人と動物と、影と、生活と、さみしさと。そういうのがもう、全部あった。生きているということはもうそれだけで「全部」なのかもしれない。そして、あの公園で得た「全部」の体感と、お酒を片手に聴くライブハウスの体感が似ていて、ライブの時に最高な気持ちになった。いや、ライブハウスを公園の体感で解釈して体験できたという感じ、とにかく、ああ!!こういうことです!!と思った。順を追ってもう少し書きます。


少し遡って2021年の12月の初め、円盤に乗る派(https://noruha.net/)という演劇チームの運営しているアトリエ「円盤に乗る場」(https://note.com/noruha)の活動報告会というイベントがあった。わたしはアトリエ利用のメンバーなので出演したのだけど、予想だにせずとても良い日になって、あの日を境にそれまでの落ち込んでいた気分がぐっと持ち直した。
この日はわたしは自分の弾き語りのほかに、作家・演出家の中村大地さんの書いた小説を朗読し、彼が昔作った歌(小説のもとになっている)も一緒に歌っちゃおうということになっていた。その歌の練習をやろうと、本番の前の空いた時間に会場から歩いていける川沿いの公園で、たぶん30分か40分くらい真面目に2人で練習した。中村さんは程よいタイミングで会場に戻ったので、そのあと寒くなってやめるまで、わたしは2時間くらい1人でそこにいた。

その日は、日差しがあって風がなくて、アイスカフェオレなんか久しぶりに飲んじゃうくらい暖かかった。人のそれほどいない川沿いとはいえ、公園で歌うなんてちょっと恥ずかしいような気がしていたけど、歌い始めてしまえば道ゆく人たちは全然自分たちに興味がないとすぐにわかって、気にならなくなった。そんなことよりとにかく天気が良かった!ギターをかかえてベンチに座っていると色んなものが見えて聴こえた。向こう岸の工事中の建物の屋上に人影がゆらりと見えてびっくりした。水面ぎりぎりを低空飛行する鵜みたいな鳥とか、橋を騒がせる電車とか、跳ねる魚、日差しが水面や川沿いの手すりにキラキラ反射していたり、時間がたつにつれてだんだん影が東に倒れて移動していくのとか、そういうのが、歌っているとどんどん現れては過ぎていって、ひとつ認めるたびに目の前が新鮮になっていくみたいで嬉しかった。

あれと性質の似た時間を、仙台の川沿いの公園でも過ごした。仙台の川沿いには、隅田川にはいなかったトンビがいて、わたしが座っていたベンチからは、低くなっている対岸の自動車教習所でゆっくり車が動いたり止まったり人が建物に入っていったりするのが見えた。ベンチは小高くてやや奥まったところにあったので、座っていると水面は見えなかった。対岸は街というよりいきなり郊外然とした雰囲気で、人よりも木や土や岩の勢力が強そうだった。スズメの群れがたくさん木に集まっていた時もあった。みんなずっと大騒ぎしていて面白くて、愛しいような可笑しいような気分で、なんかよくわかんないけど嬉しくてたまらなくなって歌いながら声を出して笑った。ゆっくり旋回しているトンビもたまに鳴く。歌いながら見上げると空が高い。目のピントが、真っ青な空の白い小さい飛行機にバッチリあう。気持ち良い。近くの小綺麗なマンションのベランダの奥にそれぞれのカーテン。対岸の教習所のさらに向こうには、遠くというより近くといったほうがしっくりくるような存在感を湛えて、どっしりと大きな山が寝ていた。上の方は白く雪が積もっていた。山の上にも町があるようだったから、あれは山とは呼ばないのかもしれない。町の建物のうちのひとつの窓が、ぎんぎんに夕日を反射してただの光になっていて眩しかった。地上は風があまりないのに雲の流れていくのはとても早くて、太陽が頻繁に出たり隠れたりしていた。日差しが陰ると一気に寒くなるので、雲の速さが肌でわかるようでおもしろかった。平日だったけど人もたくさん通り過ぎていった。子供が「あの人ずっといる」と言っているのが背中越しに聞こえたりした。誰かの落としたイヤリングをベンチの下の地面に見つけたので、拾ってベンチの座面の隅っこに置き直して帰った。安っぽいけど可愛いイヤリングで、透明の大きなビーズが長く連なってキラキラしていた。

あらゆる生き物や光や風やその音が、どんどん現れては去っていった。景色もどんどん姿を変えていった、と、その時にはそう思ったけど、今思い返すと、あれは、わたしがどんどん気づいていっていたんだと思う。その場にある運動や物体や空間に対して、見つめたり返事をしたり呼んでみたりするような能動的な感覚もあったけど、だいたい80%くらいは聴く気持ちと見る気持ちで、わたしは受動的に歌っていた。聴いたり見たりすることのほうが優位にあって、歌うことはその後ろにほんのりあった。その心地よさ!

ギターを弾きながら歌うといいのは、ギターの音が聴けるところだ。めっちゃ当たり前のことですが、自分の声の音を一本ぎゅーっと放ってそれを聴くのと、ギターの音の束や粒を聴いて声を出すのとは、かなり違う。ギターの音を聴きながら歌うと自分の声も「聴こえて」くる感じがする。声は自分から出ている音だけど、外でギターと混じった時の響きにまで神経が伸びるというか、全然うまく言えないけど。しばらくその「聴く」優位でギターを弾いたり歌ったりしていると、だんだん他の人が演奏しているのを聴いているみたいな状態に近づいていく。演奏している自分は、そのへんをぴょんぴょんしながら騒いでいるスズメたちと同じようにそこに座っていて、聴いている自分の耳には、全部「この場所の音」として聴こえてくる、というような…。

そうやって川沿いの公園で演奏をしていると、聴こえてくる音同士が偶然出会う。ギターとスズメも、わたしとトラックも、対等に出会う。音が重なって混ざって耳に届くってことが、なんかもう、本当におもしろい。心底おもしろい。ギターの音に合う音程でスズメが鳴いた気がした!とか、歌のなかのいいタイミングでトラックが通った!とか、そういうことは、空間で起きるただの足し算なのにこんなに嬉しい。自分も「聴こえてくる音」になれる感じがする。わたしはずっと自分の体のディティールを邪魔に感じていて、できればいつか声だけになりたい、みたいなことを思ってきたけど、これは、一歩近い気がする。

楽器を持たずに声だけで即興の演奏をする時にも聴く気持ちは強いけど、あれはかなり集中している。公園で歌う時って、あれよりももっと散漫で、演奏しているというよりも、散歩している時とかシャワーを浴びている時に近かった。歌が歌えるというより、ここにいて歌や他のいろんな音が聴こえるし見える、という感じ。全部に鋭く気づく必要もないから気持ちも楽だ。
 
まあでもとにかく、何よりもまず、歌がマジで超めっちゃ楽しいということにいまだに素朴に感動できたことがあの日は嬉しかった。



次の日のライブの時、会場は公園と似て、ぜんぜん静寂ではなかった。誰かがグラスを傾けた氷のカランという音、厨房からゴロゴロ製氷の音がしたり、客席の奥の方からひそひそ声がちょっとしたり、ケータイが鳴ったりしていた。人がちょっとたくさんいて、それぞれに息をしていた。初めて見るこの人がどんな歌を歌うんだろうと、それなりに興味を持って静かに聞こうとしてくれているのがわかった。

屋内のライブ会場は川沿いのベンチとはさすがにいろんなことが違うけど、前日に川沿いのベンチであれだけ感動してしまったから、雑雑とした音に混じって歌を歌えることの居心地の良さが思い出されて、今夜のここはすごくいい場所だと思った。真っ黒な壁の緊張感のある劇場とか、静寂を聴くタイプのライブとは違って、みんなよそ見をする余裕があって、きっとそんなに聞く気のない人もちょっといたんじゃないかと思う。そういう場所なら、わたしもよそ見をしていい。よそ見をしていいので、いろんなことに気づける。自分が今まさに歌っている歌のディティールにすら新鮮に気づいたり、それを楽しんだりできる。

川の体感でライブハウスを解釈して感動した、というのはこのことです。シャワーを浴びているような散漫な時に考え事がはかどるみたいなことともちょっと似ていると思う。わたしは、自転車に乗って思うがままに声を出したり歌ったりしている時が一番、純度の高い歌(鳴き声とか叫びとか呟きに近い)だと思っていたけど、ああいうことを演奏の場面でも再現できるってことかもしれない。

声は基本的に音がひとつしかないから、同時にいろいろなことが起きる世界に対しては挑戦者みたいな関係になりがちだ。あの音にこれを返す、あの光をこの言葉で呼ぶ、など。でも、ギターも抱えてベンチに座ってみると、わたしも、同時にいろいろなことが起きている景色のなかの一員になれる。それは心地が良い。わたしは人間の集団に属するのはあまり得意じゃないけど、動物とか木とか赤の他人とかもごっちゃに含めた景色という総体の一部にはすごくなりたい。なんの役割も要請されず、そこに居ていい、好き勝手にしていていい、という気がしてすごく、うれしい。こういうことを信じたい。

仙台で、広瀬川を眼前にして歌っていた時、自分が作った海の歌が、ここで歌うとちょっと違って響くんだと気づいて(※拙作「においだけの海」は2018年に陸前高田に行った時にヒントをもらって書いた歌でもあったのでここで初めて気づいたというと嘘ですが、しばらくそんな気なしに歌っていたので)、さっき見てきたメディアテークの展示の余韻も手伝って、なにか漠然とした切実さのようなものが胸に迫って、さみしいような悔しいような嬉しいような言葉にならない気持ちになって、歌いながらちょっと泣いた。
歌は、ただの音で、言葉で、具体的な色も重さも持たず、ほんとうに何でもないものなので、かえって何にでもなれるんだと実感した。歌のなかで語られる「海」は、いろんなところの海になれる。このことは次の日のライブのMCでちょっと話したけどあんまり上手に言えなかった。でも、何でもないから何にでもなれるというのはすごく大事で、自分にとっての歌う理由かもしれないし、歌がわたしだけのものじゃないってことでもある。歌は、わたしが川で感じたような「全部」を顕現させつつ同時にその一部になれる。

歌が自分だけのものじゃないと気付かされる場面ってこれまでにも時々あって、いつも嬉しい。めちゃくちゃ希望を感じる。友達が自分の歌を口ずさんでいるのを目撃したりとか、自分が歌うことで場が温まったのがわかったりとか。先日の円盤に乗る場の報告会で、しばらく人前で歌っていなかった中村さんに「一緒に歌いましょうよ」と提案できたりしたのは、歌が自分にとって、自分にだけ結びついた特権的で窮屈なものではなくなってきたからだ。昔は、それこそ自分にしか歌えないぐらいのほうがかっこいいと正直思っていたけど、今のこの感じのほうが今のわたしにはしっくりくる。みんなが歌える歌を作ろうみたいな次元はまだほど遠いし特に目指してもいないですが、、とにかく、自分が歌うことが、ひとつ先の段階に踏み込んだような気がする!それもなんかハッピーなほうに。そういうことにしたい。
 
2022年は弾き語りをやっていきますと各所でしつこいほど言ってきたけど、この方針でいくとすごく楽しくなっていく気がする。皆様ご贔屓に何卒…長くなりましたが新年の挨拶と代えさせていただきます(?)
 

バッド全部おいてく大晦日

今朝は、12月31日ってだいたい晴れるよね、って感じの東からの朝日に起こされて、久しぶりに朝から実家の近くの桜並木をジョギングできて嬉しかった。寒かったけど、アスファルトじゃない土の地面は踏むたびに心地よかった。人も少なかった。
 

先日、友人のライブを聴きに行った時に会った人(共通の知人が多い)に「こないだのnoteを読みました」と言われた。noteじゃなくてブログだよ〜んと思いながら、アハハありがとうございますお恥ずかしいですえへへ…なんてとりあえず言ってみたりしたのだけど、正直、けっこう嬉しかった。

このブログは、だいぶ前(2015年)から地味に続けている。自分の魂の救済のために書いているという、かなりの純度でただそれだけのものだけど、意外と人に読んでもらえているっぽいらしい。「更新しました」とツイッターに書いても毎回それほど反応がないので、たいして読まれていない感じがしているけど、会うと、ツイートに反応していなかった人からも「読んでます」と言ってもらえることがある。これは、正直「ツイッターみてます」より10000倍くらい嬉しい。というかツイッター見てますは別に嬉しくない。

そう、そのツイッターに散々、苦しめられています。わたしはいつしかツイッターをやめたいと思い続けている。でも、私は何かをする時にしっかり心が納得しないと行動に移せないし力を発揮できないタイプ(カリスマ整体師に言われた)なので、いまだに「何がそんなにしんどいのか」考え続けて、やめられずにいる。それで、今回は自分が思うツイッターの悪い部分を書いていたらアホほど長くなったので、一回全部消して、ブログと比べながら箇条書きにしました。


ツイッターには、文章ごとにアイコンが表示される。あれによって全部「その人の発言」みたいに響いてしまう。自分自身もそのように錯覚するため、自分が思ってもないことを書いたりすると、心を蝕まれる。

→ブログにはアイコンがないため、テキストは独立したコンテンツになれる。よって、多少の嘘をついてもバレないし罪悪感もなく、自由に書ける。

・2021年のツイッターには凄まじい正しさの圧力があるため、あらゆる観点からみて適切な発言が求められる。これに晒されながら言葉を記し続けていくと、ツイッター的な正しさ(もはや社会的な正しさではない)が思考回路にまで侵食してきて、何かを考える時に足枷になる。(正しさチェックは最後でいい。考える時はエゴ全振りでいかないと思考が進まない)

→ブログは、たいして拡散しないし、誤読が怖くなるほどまでに短文を強要されることもないため、そういった圧力がない。恐れずに書きながら考えることができる。


あんまりきれいな箇条書きにならなかったけど、ブログのほうが精神衛生に良いということだけははっきりしている。

過去にわたしは、たいしてやりたくないことを無理にやって心が死んだ体験が何度かある。一番ひどかった時はそれによって人生最大に体調を崩したので、もう二度とそんなことはしない、というつもりだった。でも、いつとは言わないけど今年、あんまり良くないと思いながらある企画に関わった時、そのことについて人間関係に気を遣って有意義な時間だった雰囲気でツイッターに書いたのをきっかけに、かなりバランスを崩して相当長く引きずった。これはツイッターがなければ起きなかった事件だけど、でも、よく考えたらこれは仕事を選ぶ自分と、仕事をやる自分の問題だ。ツイッターがうまくいっていないというよりも、仕事がうまくいっていなかったのだ。

音楽とか美術とか、そういうことをやっている人たちにとって、ツイッターは宣伝と営業、社交の場のひとつだ。仕事だと割り切って、ニコニコやったほうがいい。こんな片隅で、個人的なブログをだらだら書いているのは論外だ。オワッている。でもわたしにとっては、音楽とか美術とかがおもしろくて切実で、かっこいいものだから、それを扱う自分の言葉に実感が載っていなかったり嘘があったりすると、本当に許せなくて、なんて言ったらいいんだろう。自分が音楽や美術に対して抱いている畏敬の念とか信頼の透明度が、ざーーっと凍って濁っていくような感じがする。

ツイッターは、そういうことを強要してくる一面があってやっぱりつらい。そう簡単にいろんな複雑さを言葉にできないです。つまり広報が下手ということなので、そこは考えなくちゃいけないのだけど、でも広報よりもずっと大事なはずの、自分が作ったり歌ったりすることに支障が出るのは本末転倒だ。ツイッターに書き込んだ「しばらくログアウトします」と言った期限の一月末まで、約1ヶ月あるので、今度こそちゃんと対処します。宣伝とか、どうしたらいいのか絶望的にアイディアがないけど…。とりあえずインスタグラムかな。アイディアやアドバイス募集中です。


今日はもう31日なので、実家に帰ってきていて、リビングから紅白歌合戦が聞こえてくる(今はもうゆく年くる年)。さっきBUMP OF CHICKENがめっちゃ懐かしい曲を演奏していた。氷川きよしはちゃんと聴いた。今年もめっちゃ良かった。
今年は、環境の変化とか体調の悪さとかを言い訳にしょんぼりしたりへとへとになったりして、もう辞めようかなあとか口走ってしまっていたが、そんなのは2021年に置き去りにします。
 
これまで、いろんな12月31日があった。バリで1人でいた時は、なんか、寂しかったけど、誰もわたしのことを知らない街角で花火があがるのを、同様に立ち止まっていた知らない人たちと一緒に見上げたりして、清々しかった。Tシャツ着てました。両親と姉と実家で正月を過ごすこともだんだん当たり前じゃなくなってきてしまって、人生が進むにつれてどんどん複雑になっていくのを実感する。来年はどうだろうな。

2022年は、本当におもしろいと思えることを厳選して本当に最高!と自分で言える仕事をやる、さもなくば死、という気分です。楽しいことを、ふたつは具体的に考えてる。あとは来年になってから考えます。あと、進行中のめっちゃ楽しいやつも暖かくなってきた頃にお知らせできそう。こういうこと一緒に企んでくれる仲間がいて本当にうれしい。

あと少しで、また知らない1月1日が来ます。今年は友人とぞろぞろ連れ立って寄席に行くことになっているのでめっちゃ楽しみです。

それでは皆様、良いお年をお迎えください。ジャジャーン!