自分用の雑な温もりと可笑しみ

いろんな事情が重なって経済的な余裕がなくなったので、この頃はなるべくお金を使わないように、特に食べるものを工夫している。そんな日々を共にしている「弁当」とは呼びにくいような雑な食糧があるのだけど、これがなんだか可笑しいので、今回はそのことから書いてみる。


わたしには「弁当を作る余裕なんてないけどお金もない!という場合であっても食べない(or空腹に耐える、量を減らすなど)という選択肢は1番最後までとらない」という覚悟に似た意思がある。短く言うと食いしん坊で、たくさん食べたいし食べないのはつらい。だから余裕がない時はなんとかして「食べられる何か」を持って出かけることになる。

「食べられる何か」とは。例えば「昨晩タイマーをセットして朝に炊いたけど寝坊して時間がなかったのでとりあえずラップで一食分を包んだだけの白米」。これは、味も食感も特に面白くなく、食事というには物足りないし弁当と呼ぶには手抜き過ぎるけど、確かに食糧ではある。
わたしは、こういうものが鞄から、財布やノートと同じような調子でヒョイと出てきて、でも口に入れちゃうんで〜す!というのが時々なんだか妙にツボだ。自分でやっておいてウケてしまう。全然そんなことはないんだけど、ちょっと手品みたいだと思う。同じ鞄に入っていても財布やノートは食べないけど、これだけは!なななんと!食べられるんです!

ラップに包んだ120gくらいのゴハンは、鞄の中のあらゆる持ち物のうちの食べられるもの、「食べられる持ちもの」なのだと改めて思ってみると妙な感じがしてくる。こんなのは到底「お弁当」ではない!(弁当なんか作るマメさアタシにはない!)という自虐もちょっとあるけど、わたしは「食べられる持ちもの」のことがけっこう可笑しくて気に入っている。


まさに先日、慌てていた朝、ラップで包んだ白米をポケットに入れて家を出た。目的地へ向かう道すがら隙をみてマスクを外し、そのゴハンをかじって朝食とした。これがなんだか1人でふざけているみたいな気分だった。ポケットから温かい食べ物が出てくるっていうだけでちょっと変な感じだし、一口だけかじってモグモグしながらまたポケットにしまうのも、けっこうふざけている。アニメに出てくる食いしんぼうのキャラみたいなマヌケな趣がある。
食事とか、歩行とか、そういうはっきりした動詞になっていないような行動をとる時はワクワクする。いわゆる食べ歩きというのはもっと観光とかデートで発動する楽しくて特別なやつ、ハレの場でのことを指すとして、私があの朝やっていたのは、もっと個人的で、ちょっと情けなくてしょうもないケの場面だ。可笑しいけど(可笑しいから)あんまり人に見られたくはない。

でもなぜか、朝炊いただけの何の味もつけていないオニギリ(?)って妙に美味しい。嫌いじゃない。乗り換えの駅のコンコースにある小さい売店で迷わずに選んで手に取ってSuicaを使って全行程10秒くらいで適当に買うオニギリは、あまりに現実的すぎてヒリヒリするけど、ラップ白米はなんかちょっと可笑しい。
可笑しい時は、気持ちがキラッとする。「空腹を克服する」というミッションを秘密で上手くこなしているような得意な気分になって「フフフ…」までいかない、「フw」くらいの笑いが一瞬だけ心に咲く。



かつて、屋外で庭の手入れのバイトをしていた頃は、よく弁当を持って行っていた。コンビニなどが現場の近くにないことがままあったので必要に迫られて弁当を持参していたのだけど、現場も色々で、コンビニもレストランも近くにある都市部で仕事をすることもあった。そういう日もクセで弁当を持っていくことになるのだけど、「食べられる持ちもの」の可笑しみは、こういう時に真価を発揮する。

お金を使うことを楽しむように仕向けられた都市のなかで、おしゃれなカフェやナチュラルローソン(時々気まぐれに入ると見慣れないものばかり売っていてしかも高価でびっくりする!)には目もくれず、土っぽくなった作業着で公園のベンチに座り、川の向こうのビルなどを眺めながら水筒の温かいお茶を飲み雑な弁当を頬張るのには、独特の良さがあった。もちろん天候に恵まれる日ばかりじゃない。春先の砂嵐のなか食べるはめになったり、冬の風が頬にピリピリしたこともあったし雨がひどくて業者さんの車の後部座席にお邪魔したこともあった。でもそういう環境の厳しさは納得できて諦めがつく。わたしは、都市の変なルールや狭量さのほうにはあんまり納得できない。だから、都市の想定からちょっとずれたところで、空気を読まずに安上がりで雑な食糧をモグモグ食べるのが好きだった。こういう時には(資本主義をはぐらかしているとまでいうとまあ嘘で、全然逃れられていないんだけど、それでも)ちょっとずるく、消費社会の激しさや厳しさの隙をするりと抜けて、ケロケロ笑っているみたいな感覚があった。気のせいだけど、好き勝手に生きていられているような。


多分、社会のなかでの食べ物ってけっこう意味のない限定をされている。定番があって、様式がはっきりしていて、普通やらないでしょ、がたくさんある。だからちょっとふざけるとすぐ変な感じになって可笑しい。

わたしたちは、各々程度の差こそあれ、ルールのなかで動く楽しみ方や安心と、自分勝手な振る舞いとを使い分けながら生活していると思う。レストランで食事をする時と、ポケットにラップ白米をいれて歩きながらかじったりすることとは、同じ食事といっても全く違う。前者の食事には、テーブルがあってきちんと皿があって食器があって、というような様式があるけど、自分用の「食べられる持ちもの」には、そんなルールはない。家に1人でいる時、即席ラーメンを鍋で作ってそのまま食べるのとかもこっちだ。ドンブリに盛る、という様式に従うのが楽しい時もあるけど、生活者には「そんなんどうでもいいよ!」というちょっとした怠惰や知恵もあって、これって少し可笑しくてイイのだ。ほんのうっすらとした反抗とか工夫とか、そういう独立っぽい気分が染み込んでいる。

ルールを破る、というと語弊があるけど、決まったこととか思い込みとか、そういうのを疑ったりグニャっとさせること、ユーモアみたいなエネルギーの逃し方を試していくのはけっこう健康的で、生活的で、もしかしたらちょっとだけ創造的なのかもしれない。

インドネシアや台湾に行った時、屋台や出前でラーメンをテイクアウトで頼むと、ビニール袋にピチピチに入れて口を縛ってくれた。あれはふざけているわけじゃないけど、最初はその見た目のイケてなさに「ゴミみたいw」と笑ってしまった記憶がある。家で食べる前提なわけだけど、これなら絶対にこぼれないし、食べた後に捨てるものが嵩張らなくて機能的だ。新大久保でも同じスタイルに出会った時にはなんだか嬉しかった。逆に、東京に引っ越してから近くの店でラーメンをテイクアウトしてみたらドンブリみたいな形の蓋つきのプラケースに入れられて、自転車で家までの3分くらいの間に袋の中がベシャベシャになった時にはちょっと残念だった。様式を優先させた結果しょうもないことになってバカみたいだと思った。

ちょっとヘンでもいい、みっともなくてもいい、という姿勢はけっこう大事だ。実はこっちのほうが気位が高いかもしれない。様式や常識などの、ほとんど意味がないものに疲弊させられている時、わたしは自分なりの「食べられる持ちもの」がそばにあると、何かが少しほぐれる気がする。


最後に変な話。わたしは大学受験の本番の筆記試験の時、丸くなった消しゴムと、ミルキーを並べて机に置いていた。ミルキーというのは白くて丸い形の、キャラメルと飴の中間のような食感の小さなお菓子で、消しゴムと並べて置くとどっちも同じく消しゴムに見える。わたしは当時、受験勉強のストレスを発散するために毎日飴を大量に食べていたので、常に「ミルキー」と「小梅(梅味のキャンディ)」が鞄やコートのポケットに入っていて、ええと、つまりそれは計画的な犯行ではなかった。

これをわたしが試験中に口に入れるのをもし試験官が目撃したら「あいつ消しゴム食べたぞ!!」って思うかもしれない、と期待してそうしていた((マジで意味がわからない))ような気がするが、ただ単に一人でふざけていたのか、そうやってワクワクすることで緊張を紛らわせていたのか、めちゃくちゃ動揺して奇行に走っていたのか、何かの反骨精神だったのか、18歳の自分の真意は今となっては謎である。でも「あいつ消しゴム食べたぞ!!」って思われるかもしれない、と想像してこっそり「フw」ってなったことだけは覚えている。試験に集中しろよ!食べたタイミングは忘れてしまったけど、まあ、やってみたらあっけなかったから覚えていないんだろう。


大人同士でルールを守って働いたりして真面目に社会生活をやっていると忘れてしまうけど、そういえばわたしなんてこんなもんなんだった。
ああ〜そうだったね!自分がこういうふざけた奴であるということは毎日思い出したほうがいい!

包み紙を剥がしたミルキーをすぐに食べずに机にちょこんと置いちゃってみるとか、ポケットにホカホカの白米を忍ばせているなんてことは、全然たいしたことではないのになんだかちょっとだけ可笑しくてイイ。「善い」ことじゃなくて「イイ」ことって感じ。おすすめです。別に何にも悪いことをしていないのに、食べ終わると「証拠隠滅」みたいになるのも脈絡はないけどテンションがやや上がる。イイ。(そういえば「名探偵コナン」に冷凍した魚だか氷だかで人を撲殺する回があったような気がする)(嘘かも)

食べ物で遊ぶな!と小さい頃に言われたような気がするけど、自分が大人になってしまったら、そのあと自分で食べるんだから別にいいだろう。適度にふざけてグニャッといこう。生活の端々は、ちょっと変なくらいが楽しくてイイ。