インドネシア滞在日記②

ーーー2024年・春 インドネシア滞在日記②

4/25(木)
朝からかなり強い雨が降っていたので家を出られず、とりあえずシリアルを食べて朝食とした。昼ごろ雨が弱くなったスキに洗濯物を持ってランドリーへ。ついでにナシゴレンを食べる。Teh jaheというショウガ入り紅茶を頼んだら、ごろりとした塊のショウガが入っていて、よかった。ランドリー、前回、どう考えても4kg〜5kgなのに8kg以上の枠で計算されていたことがレシートから判明していたので(7000ルピアの差とはいえ)個人的にやや緊張感があった。やっと買い物の時のお金のやり取りに体が馴染んできた気がする。カフェで明日公開予定の動画のアップロードをした。

4/26(金)
Wi-Fiのあるカフェをハシゴして、週末からの旅のためにホテルやバスの予約をしたり、人と連絡をとったりした。一軒めの冷房のない安いカフェで、以前AがくれたCDに入っていた曲がかかってうれしかった!二軒めの良いカフェでは、出来心でチョコデニッシュみたいなのを頼んでみた。サックサクにリベイクしてくれていてすごく美味しかった。久々に小麦系の美味しいものを食べた。
夕方、ライブの動画を無事にYouTubeで公開できた。アップロードは昨日のうちに済んでいたけど、結局SNSの書き込みに手間取ったのでカフェがあってよかった。
夜、ライブ+DJのイベントをPさんが教えてくれたので行ってみた。雨が強くて諦めようかと思ったけど家に一人でいても仕方ないからタクシーで行った。イベントは大盛況だった。界隈の、見たことある人が4人くらいいて、1人は私に気づいてくれて挨拶できた。全然知らないお姉さんとも少し話した。
人が音楽を浴びて揺れている場、というのが、わたしは本当に好きだなあと思った。これでもかと大きい音が雑に鳴っていてそれで踊るのは愉快だったし、屋根が中途半端な中庭で、しつこい雨に肩を濡らしながら、でも寒くない、というシチュエーションで飲むぬるいビールはすごく美味しかった。
タクシーがなくなると困るので2時間くらい踊ってスッと帰った。が、タクシーアプリの行き先の設定をミスってしまい、2倍くらいお金がかかってしまったし、焦った…。

4/27(土)
明日の朝に無事に電車に乗る練習だと思って朝からちゃんと出かけた。すごく気候が良くて、太陽光はキラキラしているのにそよ風と日陰は涼しいという素晴らしい日だった。目当てにして行ったWarung(食堂)は休みだったので、余分に歩いて(この散歩、何事もなかったけど楽しかった)アドリブで入った店でLontong Sayurというのを食べた。Sayur(野菜)と冠しているわりに全然野菜が入っていなくてちょっと残念だったけど味は美味しかった。ダウンロードして確認したいデータがあったので遠い方のWi-Fi爆速カフェへ行った。良い感じだ!それに付随する作業を進めた。ワクワク…
月曜日の夜に乗るバスをオンラインで予約したかったけど全然うまく予約サイトが見つけられず、Pさんに相談したけど件のバスのことは詳しくないようで、別の友人に「現地で買えばいいよね hahaha」とメッセージを送ったら「tidak apa apa(大丈夫っしょ)」とのことだった。だよね〜
今日は妙に良い日だった。帰りに乗ったバイクタクシーの人も機嫌が良かったし、なんとなく一日中ふんわり楽しかった。

4/28(日)
ソロへ移動する日。朝だいぶ緊張感をもってちゃんと起きて、しっかり支度をして家の状態も整えて予定通りに出発。ギターもあって荷物が大きいので車のタクシーにした。運転手が気の利く人で「駅の中まで入ると駐車料金がかかるから外で下ろそうか」と相談してくれてありがたかった。Station Yogyakartaは、来てみたら以前にも一度か二度使った駅じゃん!とわかって、少し懐かしかった。5年前は違った気がするんだけど、オンラインで予約した番号を機械に入力して、レシートみたいな薄いチケットを印刷した。飛行機みたいに、そのバーコードをかざして入り口を通過する。そこの係のお兄さんが威勢よくて気持ちよかった。「2番線から乗ってね!」の意で「2!」とだけ言われた。30分くらい時間に余裕があったのでベンチでしばらく待った。スマホを充電できるコンセントのついた棚みたいなのがあったり、コワーキングスペース(電源のとれるテーブルがある)があったり、入らなかったけどラウンジもあって、本当に飛行場みたいだった。コワーキングスペースインドネシア語直訳が「いっしょに働く場所」みたいな言葉になっていて、ちょっといいなあと思った。
電車はしっかり時間通りに出発した。ギターを置こうと想定していた場所(車両の一番後ろの席と壁のあいだ)が思ったより狭くて置けなかったけど隣の席に誰も来なかったのでそこに置けて助かった。冷房がかなり効いていて寒かった。時間通りに到着した。
ソロについて、朝ごはんはシリアルだったので(牛乳を使い切るため)腹ペコで、Googleマップで調べたよさげなWarung(食堂)まで、駅から5分くらい歩いた。めちゃいいお店だった!ダンドゥット(ジャワの演歌みたいなもの)の新しい曲がどんどんかかっていて、ジョグジャであまり見つけられなかったNasi pecelも「これこれ〜!」という味のものが食べられたし、お客さんも店員さんもたくさんワイワイいて、雰囲気が良かった。インスタにあげたら、今日の夜に会う予定のKさん(ワヤンクリの研究をしている日本人の友人)から「そのお店いいですよね」という旨のメッセージが届いて、お墨付きだ!とわかって更にうれしかった。
チェックインまで時間がありすぎるので、ホテルの近くのWifiのあるカフェへ行ってみた。かなり奥まったところに急にすごくおしゃれなお店があった。自家焙煎しているっぽい。カフェラテを頼んで、帰国後の別の旅のバスを取るなどして時間を過ごした。
さて荷物が多少多いけど5分くらいだから歩こう、と思ってカフェから道へ出たところで、ちょうどそこにある家のなかから声をかけられ、おばちゃんとその息子っぽい2人と少し立ち話をした。どこから来たの、いつまでいるの、とかそんな会話だけど妙に楽しくて、ではサヨナラ、と発とうとしたら徒歩5分の距離なのにおばちゃんがバイクで送ってくれた。ジョグジャの駅へ行く時は車を使ったけど、リュック・小さいバッグ・ギターという物量だったらぜんぜんバイク乗せてもらえるんだな、とわかった。(道ゆくアクロバティック大荷物バイクと比べたら、知れてる物量)それにしてもちょっと聞いたことないくらいの親切を受け取ってしまった。ありがとう…!
ホテルについてちょっと休憩してから、明日の夜に乗るバスが不安だったので、バス停に行ってみた。道中、踏切を渡る時に、わりと最近できたというかなり立派な白いモスク”Sheikh Zayed Grand Mosque”が、青白くライトアップされているのが見えた。こういうLEDライトアップって世界的にダサい印象があるけど、これは美しかった。何よりも、目に涼しくてよかった。
バス停に着くと、明らかに外国人のわたしには「Mau ke mana(どこいくの)」と大勢が声をかけてくる。この時はそのうちの一人のおっちゃんがぐいぐい説明してくれてめっちゃ面白かった。普通にTシャツ着てるし、何者なのか不明なのだけど「SoloからBawenへ行くバスは24時間動いている」「バスに乗ってから支払うシステムなので今日チケットを買う必要はない」「バスの本数は21時より前ならとても多い」などの情報をくれた。よくわかんないけどそれなら今日はできることがないので、バスをちょっと眺めて水を飲んでから、Kさんとのディナーに向かった。
Kさんと待ち合わせているジャワ料理のちょっといいレストランへバイクタクシーで向かう。途中、レストランから徒歩5分くらいの距離のところに登山用品店があるのが見えた。ギターケースの肩紐の付け根が出国の日に壊れたのをカラビナを買ってリカバーしたいなとずっと思っていたので、今だ!と思い、一度レストランには着いたけど、走って買いに行った。100円くらいのカラビナがレジのところのガラスのケースにきれいに並んでいた。店に入ってざっと見渡して、あまり選択肢がないのがすぐわかったので、これください、と銀と赤の2本を買った。店の滞在時間は2分くらいだった。
Kさんと食べたのはsate ikan(魚の身のつみれみたいなものにピーナッツ系のソースがかかった串焼き、魚の串焼きはちょっと珍しい)とnasi bakar(白いご飯をバナナの葉で包んで香りをつけるように焼いたもの、ちょっとちりめんじゃこみたいなのが入っていてうっすら味と香りがある、うまい)と、野菜炒めを食べた。串焼きの量がかなりあってお腹いっぱいになったし味が濃くて喉が渇いた。
満腹だけどもう少しおしゃべりしようと、すぐそばのカフェでケーキとコーヒーをいただいた。SNSはつながっていたけど5年ぶりに直接会ったKさんは相変わらず静かに熱くて、ジャワあるあるとかで盛り上がりつつ、ここ数年で変わったことや変わっていないことを報告しあって、いい時間だった。明日、彼女が留学しているソロの藝大でダンスフェスティバルがあり、それの伴奏で出番があるとのことなのでちょっと名残惜しいけどほどほどで店を出た。新しくできたというローソン(イートインが全体の半分以上を占めていて若者がめっちゃたまっていた。おでんみたいなのもあった)でシャンプーを買うのにつきあってもらって、店の前でそれぞれバイクタクシーに乗り込んで解散した。
ホテルに戻ってシャワー(ちょっとあったかかった!)を浴び、タオルがかなり汚くてちょっと臭いことに気づいた。来た時から思っていたけど、椅子のクッションからもおっさんっぽい臭いがする。安い宿だから仕方ない。一晩なら「おもしろい」の範疇だ。

4/29(月)
Kさんおすすめの演目は朝8時からある、と聞いていたけれど、旅の序盤で体力的に無理をすると後悔しそうだったので、諦めて9時くらいに出発した。10時前くらいにISI Solo(ソロの芸大)に着くとKさんが「なんか1時間巻いて始まるっぽいです」とDMをくれていたので、どんどん坂を下って大学の敷地の奥にある校舎のほうへ。道中、大学の敷地内なのか外なのかよくわからないけど食堂や服を売っている店や家があって、祭なので今日は屋台村もできていて、道は人や車やバイクがたくさん行き交っていた。想像の5倍くらいフェスティバルの規模が大きい。老若男女が集まっていて、衣装を着てメイクをした子供たちもたくさんいた。
Kさんが演奏するのは、門を入ったところの、ちょっとした野外のスペースで行われる演目だった。奥に小編成の楽団がいて、Kさんの姿を見つけた。演目はめっちゃゆるくて、始まった!と思ったらメインの踊り手はすぐそばでノっている人たち(スタッフなのかお客さんなのか不明)が多すぎてよく見えず、でもまあ楽しそうだからいっか…という感じだった。最後の方は明らかに即興で、その場にいた人たちも好きに踊っていた。
その後はひとりでいくつかのステージを移動して、屋内のステージの席でちょっと涼みながら休んだり、屋台のご飯を食べたりして過ごした。かなり気温が高くて、体感は真夏だった。大きなステージはやっぱり気合の入った演目がかかるようで、Gandrungという西ジャワのめちゃカッコイイ踊りと韓国の獅子舞が、個人的に見れて良かった2つだった。色々な地域や、海外からも踊り手や演奏家が一堂に会しているというのが、なんだか眩しくて、世界マジ平和であれと思った。獅子舞が客席に来た時、その頭をわたしの隣に座っていたおっちゃんやおばあちゃんが撫で、獅子舞が去った後に彼らと目を見合わせて笑い合ったりして、なんだか胸がいっぱいになった。なぜかそのおっちゃんのスマホで一緒にセルフィーを撮った。一人でひとしきり過ごし、ほどなくして、MkさんとパートナーのUさんと無事に会えた。
Mkさんは5年前にもかなりお世話になったミュージシャンで、今回も一緒にひと企みしようということになっている。でも、再会を喜ぶのも束の間、目的に従順なわたしたちはすぐにいくつか舞台を見に行き、ご飯をたべ、また踊りを見て、とやっていたら、最低限のおしゃべりだけであっという間に夕方になった。Mkさんとは明日また会う。
日が暮れる前にわたしはホテルに戻って、荷物をとってバス停へいった。実際スッと乗れて、NPCみたいなおっちゃんが言っていた通りだった。お腹が空くのを見越して何か買えばよかったのだけど、バスに乗るのに必死だったので忘れていて、車内販売(おっちゃんがカゴにちょっとした売り物をひと抱え載せてやってくる)で売られていたバナナの葉で包んで蒸したオニギリみたいなものを水と一緒に買った。ひとつでいいです、と言ったけど、水と2つ合わせてRp.10,000だから、とおされて2つ買った。こういうのを食べるとお腹を壊すからやめておけ、とかつて散々言われてきたけど、全然大丈夫だった。オニギリみたいなものは、少しあたたかくて、冷房の効いたバスで食べるのに最適だったし、結局これが夕飯になったので、2つあってよかった。
バスめっちゃお尻痛くなる。なぜか1時間くらいで着くと思っていたけど、そんなわけなくて普通に3時間かけて、21時前にTerminal Bawenに到着。5年前に住んでいた町に一番近い、かなり頻繁に使ったバスターミナルだ。懐かしい。そこでアプリを起動してバイクタクシーを呼んだのだけど、失敗した。呼んだのとは違う、ぜんぜん知らんおっちゃんのバイクに乗ってしまったのだ。アプリで行き先が伝わっているはずなのに「mau ke mana(どこ行くの)」と聞かれ、地図みてくれと思いながらも説明して、そういえばナンバープレートの確認を怠った気がする…と思い始めた頃、バスターミナルの内側を一周し、さて道路へ出るぞというタイミングで、わたしがアプリで呼んだ正しいドライバーが電話をかけてきた。いまいち言葉が通じないけどとりあえずその人も合流できた(すぐに出発しなくて本当によかった)ので、ごめん間違えちゃった、ということでなんとかなった。間違えたバイクから降りて、一度預けたギターやリュックを知らんおっちゃんから受け取る時、なんかちょっと躊躇された気がして瞬間的にかなり怖かったが、強い力でグッと引いて背負った。わたしが間違えたんだし、知らんおっちゃんが悪い人だったのかどうかは結局よくわからないけど、マジで無事でよかった。疲れていると判断力と警戒心が緩む。ほんと気をつけます。
さて、正しいバイクで出発。夜の懐かしい景色は全然変わっていなくてうれしかった。冷たいくらいの夜風と、遠くの山には村の光が灯って、星みたいにキラキラしていた。これが大好きで歌にしたんだよなあと思いながら、5分くらいの道のりを満喫した。山とか坂とか、そういうのが変わらない、ということはとても頼もしい。だから、裏を返せばそれが崩れたりするというのは、とんでもなく恐ろしいことだ…。
5年前に半年住んでいたゲストハウスに今日は泊まる。門のところに着くと、オーナーのAさんが出迎えてくれた。夕方から、何時につくの?もうバスに乗ったか?今どこにいる?と何度もメッセージをくれていた。逐一返事はしたけど、きっと心配をかけてしまったろうなと思った。再会は心底うれしかったけどヘトヘトだったので、喜び合うのもほどほどに部屋へ案内してもらった。前回もいた、やたら大きい声で急に鳴く鳥は健在だった。むしろ以前より羽がきれいになっていて元気そうだった。部屋は変わっていなかったけど、部屋の前にあった面白い形の木(日当たりの悪さでひょろひょろと上へ伸びて、一番上にだけ葉っぱが残っていて、それがすごい高さのところで揺れていて、なんかファニーで好きだった)が切り株みたいになっていた。オーナーが「そういえばあの木、切ったよ」と言っていて、わたしがその木をおもしろがっていたのを覚えてくれていたのが嬉しかった…!
だいぶ標高が高い地域なので、夜はかなり寒く、きっといるだろうと思って持ってきたロンTがしっかり役に立った。ちょっと寒いなと思いながらベッドに入った。