インドネシア滞在日記⑥ 5/9〜5/10

ーーー2024年・春 インドネシア滞在日記⑥ 5/9〜5/10
 
5/9(木)
朝、マミさんの夫の弟・サントさんがバイクでバス停まで送ってくれることになった。ありがとうございます…!でも「バス停」まで行くのだと思っていたらそうではなく、「目的のバスが確実に通る路上で手を上げて乗る」という上級者の乗りかたに挑戦することになった。灼熱の路上にバイクを停めて、バスが通りかかるのを二人で待った。
とはいえ、そうすぐには来ないので、今だ!と思って「食べるもの買ってきていいですか」と言って、荷物は見てもらっておいて、近くに見えていた屋台へ小走りで向かい、8000ルピアで小さい朝ごはんの包みを買った。Bungkos(持ち帰り用に包む)という言葉がすっと出てこなくて、え〜っととなっていたら屋台に座っていた周りのお客さんがフォローしてくれて優しかった。サントさんが何か食べたいかどうか聞き損ねたので、ペットボトルの水だけ一本買って行った。
戻ったら、バイクのシートに乗せていたわたしのリュックが消えていた。めちゃくちゃギョッとした。えっ、スられた?!と思って、いっきに心臓がバクバクした。まあでも貴重品は自分の小さい鞄に入っていて、リュックに入っていたのは着替えや化粧品ぐらいで…あっでもICレコーダーが…最悪ハードウェアは売っても良いからSDの中身だけは返してほしいですっていうかリュックそのものも気に入っていて…、ウワーッ!とほんの一瞬で頭の中が忙しくなったが、サントさんが自分の足元に(それこそ絶対にスられないように膝下に挟むような形で)置いてくれていただけだったとすぐに判明した。本当に息ができないくらいびっくりした…。サントさんは笑っていた。
その後、なんとかサントさんに助けてもらって乗り込んだバスは、かなり小さめの古そうな車で、これで長距離移動するのけっこうしんどいぞ、と思っていたら「Magelang(ここからすぐのバス停)で乗り換えだよ」と言われた。スマランまで行くっていうから乗り込んだのに乗り換えを提案されたし、不当に高い運賃を請求されたと思ってしまったりして(真偽不明)ちょっと気分が荒んだ。
バス停で乗り換えた大きめのバスが出発するまでのあいだ、他の乗客(子連れのお母さん2組)がオヤツを食べていたので、わたしもさっき買った朝ごはんを食べた。美味しかった!名前を忘れたけど、ちょっと独特の臭みのある空豆みたいなのとホルモンの炒め物と白ごはん、あとゴレンガン(天ぷら)with青唐辛子。全体的に辛い朝ごはんになった。
今度こそ行き先がスマランだったので安心してひとしきり揺られた。途中、Ambarawaという5年前に住んでいたエリアをバス停が通って、よく買い物していたLarisというスーパーマーケットの前を通った時、ちょっと嬉しかった。前回はここを通らないルートだった。9時くらいに出発したけどこの時点でもう12時前。
スクンというバス停(ここも大きな道沿いの路上だけどちゃんとバス停だし、知ってる道ではあって、しかし他に人が誰もいなかったりして不安だった)でバスを乗り換え、スマラン市内へ入る。さらに乗り換える予定のバライコタというやや大きいバス停まで来て、昼の13時過ぎだった。けっこう時間がかかった。でも不安な行程は乗り切った!座っていただけだけど、すっかりお腹が空いたので、バス停の近くのモールに入った。
スマラン市内はコンクリートジャングルかつ北(インドネシアの太陽は北を通る)の港町なので、ありえないほど暑いが、モールは寒いくらい涼しい。モールの一番入り口の近くにあったバーガーキングに入った。日本にいた時もこちらへ来てからも、ここ数ヶ月はパレスチナに連帯を示す不買運動を地味にやっているつもりだったのだけど、荷物も重たいし、ヘトヘト過ぎてどうしようもなかったし、なんかストレス発散が必要な気がしたので、コーラとフライドチキンとハンバーガーとポテトという、なかなか強めのジャンクフードをがっつりいった。なんだかオラオラした感じの元気が湧いた。
 
さて。着替えのTシャツと、夜の山でも凍えずに済むように、長ズボンか何かを買いたい。そして、わたしは一度でも多くタフタの家からの夕日(※しつこいようだけど、本当にすばらしいViewなの…)が見たいので、16時くらいには確実にあちらに到着しておきたい。つまり、ここで買い物したり休んだりできるのはあと1時間半くらいだ。よし。「夕日を見ること」に照準を合わせて行動するのは自分にとって新鮮で、なんかワクワクした。
 
疲れていたし荷物は重いけど、ジャンクフードのオラオラ元気とエアコンの涼しさのおかげで、グイグイ歩けた。なかなか妥協できなくて、かなりの早歩きで次々に店を見た。あと10分くらいで決めなきゃ…というタイミングで、これならまあ着ても良いと思えるTシャツ2枚と、ジムに行く人が着るような厚めのレギンスを買った。長ズボンよりも荷物にならないし洗濯したらすぐ乾くし、これは賢いんじゃないか!レジのお姉さんにタグを全部切ってもらって、それらをギターケースの外側のポケットに押し込んでモールを後にした。
そこからまた1時間弱バスに乗り、カルトゥンさんと待ち合わせているバス停に到着。今回は何の問題もなく合流して、バイクの後ろに乗せてもらい、再び山へ!
道中、自分がここから山の家までの道の景色を見覚えつつあるのを実感した。途中に、広い田んぼが広がっているところと、右手に渓谷があるところと、開発されてニュータウンみたいになっているところがある。あと、小学校と、街の名前を書いた看板と、モスクと…。それらが自分の記憶と同じ順番でちゃんと現れるのが嬉しかった。
 
無事に到着。わたしたちが着くと、タフタは道から敷地へ入るところの、いつもバイクを停めているスペースで火を焚いていて、庭の手入れでもしたのだろう、枝や葉っぱを焼いていた。火のそばにしゃがんだまま「Selamat datang〜(ようこそ〜)」とニコニコしている。う、うれし〜。わたしはインドネシア語でなんて返せば良いのかスッとわからなかったので「きたよ〜(※日本語)」みたいなことをぼんやり言った。なんか声を出しておけば気分ぐらいは通じる気がしている自分の甘えた態度に「再訪」の感があった。
 
週末のホームパーティーに向けてひとしきり掃除をしたようで、庭やキッチンが少しきれいになっていた。2階に荷物を下ろして、また来れた、やっと着いた、案外遠かった!という達成感で少しぼーっとしていたら、ほどなくして、Aoi、お茶飲む〜?と階下から声がかかった。
 
お茶を飲みながら夕日(雲が多くていまひとつだった)を眺め、カルトゥンさんと3人でおしゃべり。タフタは話の傍ら笛を作る作業を進めている。わたしの日本人の友人から、Instagramごしに「笛を買いたい!」と申し出があったので、そのオーダーのものだ。なんかわたしのより大きくてゴツゴツしていてかっこいいぞ…!
日本語では朝の太陽と夕方の太陽に違う名前がついてるんだよ、というような話をした。あと、週末のホームパーティーのこと。そして、俺たち来週の満月にあわせてこの山の裏側へ一泊のキャンプに行こうって話をしてるんだけど、Aoiも来なよ!と言ってくれて(ニュアンスとして、来る?じゃなくて来なよ!だったのが嬉しかったよね…)、来週もまた来ることが早くも確定した。タフタが「満月を理由にキャンプの日程を決める」のがあまりにキャラ立ちしていて内心めちゃくちゃツボだった。満月のパワーを受け取りに行きたいらしい。スピっている…
 
その後、カルトゥンさんが夕飯の買い物ちょっと行ってくるけどいるものある〜?と上の階から声だけ聞こえて、わたしが「ない!」と即答したりしていて、なんか仲良かった。(こういう細かい瞬間に嬉しさがいっぱいあって、わたしは逐一それを書き留めていました。)
昨日Senyawaの演奏を観に行った時にもらった野菜を夕飯に使った。インスタント焼きそば(Indo mie)と、切った野菜を一緒に茹でて混ぜて、あとちょっとニンニクや唐辛子も足したりして、目玉焼きを乗せて食べる簡単な夕食だった。
 
マツボックリが落ちていたので「これよく燃えるんでしょ」と拾ったら「焼いてみよっか」とタフタが火を起こしてくれた。どんどん燃やすものを持ってくるので、しばらく火の面倒をみる時間が続いた。肌寒かったのでちょうどよかった。タフタがふいに「火にあたるAoi」をわたしのiPhoneで撮ってくれたけど、こちとらすでに寝る体制のすっぴんメガネであり、別に可愛く写っているわけでも何でもなく、マジでなんで今…?と思った。
ひとしきりたって、帰るカルトゥンさんと入れ違いで、先週も来ていたアント(わたしと同い年の絵描き)とその友達が来た。アントは、めちゃくちゃ絵の具を盛ったり切り抜きをコラージュしたりしてデコりまくったギターを持って来ていて、お茶を飲みながらみんなでおしゃべりするあいだ、静かにきれいなアルペジオを弾いていた。彼らが持ってきてくれたバナナを火で炙って食べた。
 
 
 
5/10(金)
23時くらいに寝て、7時過ぎに起きた。朝ごはんは優しい味のナシゴレン。もはやお馴染みのSintrongの葉っぱが入っていて、良い香りだった。(以前この香りを「春菊よりもっと薄くてあっさりした感じ」と書いたけど、調べたらこれもキク科でした!あってる)これホント旨いよねえ〜。「さっきそこで採ってきたんだよ」とのことです。本当に豊かな生活…
 
朝ごはんを食べてから、水浴びをした。ドライヤーがないので夜になってから髪を洗うと体を冷やしそう、という理由でここでは朝に髪を洗うようになった。頭がスッキリした。昨日ヘトヘトだったけど、ちゃんと寝られたので元気だ。
ジョグジャに帰らなかったので、もうさっそく洗濯したい、ランドリーじゃなくて手洗いでいい、といったらタフタが洗濯洗剤をくれた。「トイレのとこの」「黒い」と「Strage」が単語で聞こえたけど、パッと意味が掴めず、倉庫に黒いタライがあるってこと?倉庫なんてあったか?と思いながらトイレのある建物へ行き、あ、多分トイレで流す水を溜めておくために使っている黒いバケツのことだ!と気づき、若干のヤダみが一瞬よぎったけど、すぐ気を取り直して隣のカマルマンディ(水浴び部屋、シャワールーム的な)で服を手洗いした。
洗濯物は家の北側(太陽あるほう、玄関のすぐそば)に干すのだけど、ズボンの絞り方が甘くて、水がポタポタ垂れてしまった。ごめん、と思ったけど、よく考えたらここは外で、常に雨晒しなので全く問題なかった。
 
お昼には、ココナッツミルクやレモングラスを入れて炊いたご飯に、Telangという青い花(バタフライピーと呼ばれるお茶になるやつ)で色をつけたものを食べた。青いご飯だ…!一度も見たことがない料理だったけど優しい味でとても美味しかった。オムレツと一緒に食べた。Telangのお茶にライムを絞ると色が変わるのをタフタが実演してくれた。生の花でバタフライピーを淹れたことはなかったので、ちょっとした感慨があった。「東南アジアのおしゃれなお茶」の、この様がまさにガチ現地…!最近これの苗を庭に植えたのだそうで、見せてもらった。ツルがもう少しで近くの木に到達する、というところだった。
 
ランチの後、イタリアから留学に来ているという大学生(大学院生?)のルイージが遊びに来た。薬学系の勉強をしていてハーブに興味があってインドネシアに来たという。タフタたちとは1〜2ヶ月前くらいに出会っていて仲が良いみたいだし、ルイージはめちゃくちゃ声が大きくて早口でよく喋る、いわゆる陽キャで、すぐに会話の中心になっていた。わたしは勢いについていけなくてちょっと小さくなっていた。一休みしてから、週末のパーティーの準備のため、いつのまにか食べ切ってしまったTalasのチップスを買いに、みんなで歩いて近所の村へ出かけた。ルイージは近所の村の子供達とも面識があるようで、ハイテンションで挨拶しまくっていた。
ルイージが今度インドネシア語のスピーチ大会に出場する(イタリア語、英語、中国語が話せる彼だが、さらにインドネシア語を勉強中で、わたしより断然ちゃんと喋れる、すごい)にあたって、ちょっとした映画を作るというので、地元の人の案内で、山奥の倒木のあるところに行った。めちゃくちゃ大きな木がバーンと倒れていて、見応えがあった。材を切り出している段階っぽかった。ただ、そこは、崖っぷちにも程があるというほどの崖っぷちだったので、わたし含む3人は崖から降りるのはやめておいて坂で待った。腕だけ出演するタフタとそれを良いiPhoneで撮るルイージだけが絶壁を滑りながら降りて、必要なシーンを撮影していた。わたしは完全に油断した服(昨日買ったクロップド丈のTシャツと、ステテコ)で来てしまって、たくさん蚊に刺された。
 
夕飯を近所の、先週とは違う大きなお家でご馳走になった。その後、ぞろぞろ(6人)連れだって、バイクに乗って、Air Panas(温泉)に行った。インドネシアの温泉というのは、体をきれいにするような日本の風呂に近いものではなくて、水着で入るアウトドアアクティビティである。話には聞いたことがあって、かねてより怖いもの見たさがあったので、先週だったか、「温泉あるけどいく?」と聞かれて即答で「行きたい!」と答えたのだった。満を辞していざ!
 
夜の20時をまわって、完全に日は暮れている。バイクで15分くらい行って、駐車場からさらに片道30分近く歩くという、しっかりめのナイトハイキングだった。女性の友達にも声をかけてくれたらしいんだけどその人は来なかったので女はわたししかいないし、真っ暗だしで、なんとなくうっすら不安になりながら夜の山を進んだ。スマホで足元を照らすが、電波はない。というか全員うっすら不安なようで、会話を途切れさせまいとしていて面白かった。実際、野生動物との遭遇を避けるためには有効だったと思う。タフタに「山にもおばけっているんですか」と聞いたら「良い魂の人のところには悪いおばけは来ないから大丈夫」と言っていて、我ながら子供とお父さんみたいな会話だな…と思った。
 
だいぶいったところで、蛍をみた!kunang-kunangと呼ぶらしい。語感がかわいすぎる。(ちなみに、インドネシア語では、蝶々のことをKupu-kupuと呼び、海亀のことをKura-kura、イカのことをcumi-cumiと呼ぶ。チュミチュミて。かわいい)
蛍を見てだいぶ気持ちが明るくなってからさらに歩いたところに、ようやく温泉があった。無人だし何の灯もない。日本の山奥の、小銭をポストみたいなところに入れて入る無人の天然温泉にいくつか行ったことがあるけど、あれよりも「公園の池」に近い。塀とかは何もなく、コンクリートで型取られた大きさの違う丸いプールが2つあり、広い方はライトで照らすと脂みたいな汚れが浮いていたし温度が低かったので、比較的きれいで熱めの、小さい方に入ることにした。ここまでがんばって歩いたらもう、どんなんでも入る気概である。
 
わたしは、こういう時に「水着がないからなあ」といって大人しくしているよりは「下着で入っちゃえ!」というほうのノリノリ人間でいたいし、おそらく気を遣って(互いの顔も見えないくらい暗い)夜に来てくれたんだと思っているので、迷わず服を脱いでブラとパンツでざぶんと入った。ルイージだけはドン引きしていて足をつけるだけに留めていたけど、ほかのメンバーはみんなちょっと迷ったりしつつも入っていた。タフタはすぐ肩まで浸かってハァ〜〜ってなっていたし、アントは広い方を独占してじゃぶじゃぶ泳いでいて、「いつメン」さすがだな…と思った。
湯加減はほどよくて、しばらく肩まで浸かっていたら顔が熱くなった。(さすがに目にこのお湯が入るのはヤバそうだったので絶対に顔は濡らさなかった。)見上げると、空にたくさん星があった。たまに低いところを蛍が飛んだ。いま、地球にいるんだなあ、と思った。いってしまえば「ただ遠い場所に来ている」ってだけなのに、ほとんど夢みたいだ。でもって確かにこの体でいまここにいるんだ、という実感もある。こういう特別な場面は、人生にいくらあってもいい。
 
写真を撮ったり(魔女の窯で茹でられているみたいな不気味な写真になって可笑しかった)、持ってきたバナナを食べたり、毛虫の行方を見守ったり、タフタが笛を吹くのをみんなが静かに聞く時間が発生(※よくある)したりして、20分くらいで引き上げる雰囲気になった。
近くにトイレと併設された水が浴びられるところがあって何人かはそっちへ行ったけど、暗くて汚そうなのはさすがに気が引けたので、帰ってから明かりのあるいつものカマルマンディ(シャワールーム的な)で体を洗うことにした。わたしはもうだいぶ日本的な衛生観念が破壊されつつあり「なんとなく手拭いで水気を切って上から服を着といたらなんかだいたい乾くっしょ」というナメた態度で湿った服のまま帰路についてしまい、夜風ですっかり凍えた。せっかく温まったのに…
 
 
家に戻ってきて、体を洗って着替えてさっぱりした状態で母家の扉をあけようとした時、中の話し声が聞こえた。ルイージの声だ。「あんな愚かな女にはこれまで会ったことがない」って言った。英語で。
 
ん?なんて?急に心臓がバクバクしてくる。女って今日わたししかいなかったし、彼らは1〜2ヶ月ぶりくらいに会ったみたいだし、共通の別の知人について愚痴っている可能性は低い…?あ、さっき温泉に下着で入ったことについて言ってる?待って、そんなことで?昼間、英語もろくにできないの?何しにインドネシアきたの?と聞かれ、圧の強さにひるんで全然ちゃんと答えられなかったのを思い出した。え?やっぱりわたしのこと?「愚かな女」っていうか「アホのビッチ」って訳が適切?? すっげえディスるじゃん?? ルイージは誰が見ても明らかなくらい「タフタの兄貴が大好き」なので、大事な友達に近づく変な女としてウザがられているんじゃないか、だから今日わたしに対してやや当たりがキツかったのか……?などの困惑が一気に頭を駆け巡り、その速さが熱に変わったみたいに頭がカッカしてきた。胸が狭い。そんなん言われる筋合いない。信じられない。聞き間違いであってほしい…
 
その発言に対してタフタもアントも何も言っていなかったのが「同意しない」という意思表示のように思えて、いや、そう思おうとした。それがギリギリ救いだった(今思えばフォローしてくれよという感じだが、少なくとも、一緒になって誰かの悪口を言ったりしないでいてくれて本当によかった)けど、とにかく一瞬で最悪な気分になった。
(※ルイージの名誉のために書いておくけど、さっきのフレーズが一言ポンと聞こえただけで、完全にわたしの勘違いだった可能性は、おおいにある)
 
 
それ以降の会話に真相のヒントがありそうなものだけど、もう何も頭に入ってこない。とりあえず、聞こえなかったふりをして玄関をあけ、のろのろと部屋へ行き、床に座っている彼らのあいだを消えそうな声で「permisi...(ちょいと失礼)」と言いながらぬけて、すぐ壁のほうへ行って横になって眠ろうとしたけど、怒りに似た感情でなかなか寝付けなかった。途中から涙がぼろぼろ出てきた。自分が勉強不足なのも、たまたま女なのも、情けなくて悔しかった。ルイージがすごい正統派の美形なのもめちゃくちゃ気に食わない…などという余計な感情さえ湧いてくるが、今のこれは疲れが溜まって心にキてるな、という冷静さも一応あった。
 
ほんとに勘違いであってほしい。明日どんな顔でみんなに会えば良いのかわからない。でも喧嘩するのも誤解を解くのも上手くやれる気がしなかったし、っていうか、これは、誤解というわけでもないんだ。ただただショックだった。近視と乱視と涙で何も見えない目で天井を眺めたり、壁のほうを向いたりしながら、魂が痩せていくような心地だった。