沖縄本島北部ひとり旅 ~後編/後記(蝶が気になる)~

(前回「沖縄本島北部ひとり旅 ~前編~」の続きです)

海沿いの国道から山の方へ道を入るとすぐ、平家の住宅が多く並ぶ集落だった。道がとても細い。借りたのが小さい軽自動車でよかったと思いながら二度、対向車とゆっくりすれ違った。家々はどれもこぢんまりとしていた。村とか集落と呼ぶ感じの地域(地名としては大宜味村(おおぎみそん)、長寿の里だそうです!)だった。そのへんに生えている植物がどれも南洋のものばかりで、ジャワ島(わたしがこれまでに何度も訪れており半年間住んでいたこともあるインドネシアの好きな島)を彷彿とさせた。そのへんの木や草花と暮らしの距離が近い感じって、なんて言えばいいのかわからないけど、雰囲気として確かに滲み出る。

滝のための「駐車場あります」という看板があるのに気がつけず(停めてから気づいた)できるだけ道の端に車を寄せて停め、路駐している後ろめたさと滝が見れる喜びがかけあわさって、岬の時と同様、わたしは走って滝の方へ向かった。走り出してみたら、冬の空気の冷たさと、滝がある地域特有の(今思えば、それに加えて「山の北側の」)日陰の湿度の高さがうれしくなってしまって、誰もいないのをいいことに、どんどん走るスピードを上げた。スニーカーの靴底が経年で薄くなっているので舗装の道の硬さが体に直に伝わるのすらなんだか嬉しい!車を運転しているとその土地にいるという実感が薄いから…
1分くらい走ったら石の鳥居があったので、そこでようやく立ち止まり、呼吸を整えながらキャップを脱いでちょっとお辞儀をしてくぐった。

滝の周りの植物は、どれも葉の色が濃く見えた。北側だから涼しくてやや薄暗く、湿度が高い。鳥居をくぐって左右に分かれた道を左へ下って行き止まりになったところに岩壁と透明な水の美しい滝壺があり、滝が注いでいた。これが喜如嘉の七滝…
水の流れが落ちるまでに7回曲がるから「七滝」なのだそうだ。わたしはなんとなく、良いものであれなんであれ、パワーみたいなものを受け取りすぎるのが怖く思えて(個人的に神に祈りたいことは今のところ特にない)水には触れずにおいた。注ぐ音のそれほど大きくない、穏やかな滝だった。わたしはしばらくそこに立ち止まって、息をしたり音を聞いたりした。ひんやりした空気が美味しかった。

鳥居から右手へ登る方には拝所があった。ここまで巡ってきた聖地でわたしは一度も小銭を出していなかったが(沖縄に来てからなんとなくずっとスピリチュアルな影響が怖いんだけど恐らく何もしないより小銭を出したほうが作法としてはベター)自然保護的な観点もあるよな、と自分を説得して、ちょっと小銭を入れて挨拶した。空気がとても気持ちよかったので「めちゃくちゃいいな〜」「最高だな〜」とかなんかひとりごとを言っていた気がする。元気のみならず路駐とレンタカーの焦りも手伝って、また涼しい山道を一気に走って車のところへ戻った。走って息が上がると空気のおいしさがよくわかって嬉しい。


時間がないけど、ここまできたら行きたい場所は全部行こうと開き直り、慶佐次(げさし)湾のヒルギ公園は諦めない決心をして出発。この30分くらいの道のりがけっこうよかった。まずは島の西側を南下して、島を西から東へ横断する時に、塩屋湾というところを通った。とても見事な入江だった!この日の曇り空と小雨でもじゅうぶん美しかったが、晴れていたらかなりの絶景だったろう。湾沿いに道がカーブしているので、運転しながらでも正面に絶景が見れる瞬間があって良かった。

その後は山を越えるので、登りや下りの急な坂やカーブをぐいぐい走った。車が少ないので気が楽で、ドライブとしても最高に楽しかった。地図の設定を間違えていてうっかり知らない墓地へ入ってしまったりしたけど、ほどなくしてヒルギ公園へ到着した。ガラガラの駐車場に車を停めて、一人だと自分の写った写真があまり撮れないのがもったいないような気がしていたので、ヒルギ公園入り口の大きなカニの像と一緒にセルフタイマーで写真を撮ったが、曇り空だしローアングルだしでイマイチ盛れなかったのでお蔵入りになった。

ヒルギ(漂木)というのは熱帯〜亜熱帯地域の汽水の河口に生える、泥の上で生きるためのおもしろい根っこの形をした樹木のこと。支柱根というのをにょきにょき生やして体を支えていて、まるで「土に埋まった木を上へ持ち上げて引っこ抜くのを途中でやめて、根についた泥を洗って落とした」みたいな状態で生えていて見た目がおもしろい。いわゆるマングローブというやつだ。落ち着いた水面の川が大きく開けたところに橋があり、両岸に沿ってヒルギが群生していた。
見れたというだけでけっこう満足したし、あたりになんとなく動物園ぽい臭さが漂っているので、すぐ出発してもよかったが、せっかく来たので、ヒルギの林の東側の、一部はその根の上を歩けるように設置された遊歩道(橋)を歩いてみることにした。

が、レンタカーの時間が気になるので、ちょっと歩いて、意外と先が長いことに気づいてからは小走り。ぐるりと一周できるわけではない一本道だったので、出口までいって引き返した。戻りは全力で走った。なんかずっと走っている…
公園にはわたしと、管理棟のようなところに誰かがいるのみと思っていたが、駐車場に戻るとカヌーをこいで帰ってきた人たちがいた。
車に乗り込んでレンタカーを借りた宿に電話をかけ「帰るの遅くなりそうです」と謝って(この数日お世話になってきたおばちゃん、呆れつつ温かく笑っているような声で、心が助かった)、ようやく帰路についた。

もう日が暮れかけていたし、眠くならないことが最優先事項だったので、昨日までフェスで聴いてかなり好みだった韓国のバンド(Asian Spice House)のアルバムを爆音でかけながら帰った。が、途中でなかなかの渋滞に巻き込まれてしまった。幸い海沿いの道だったので景色は悪くなかったが、すぐ日が暮れて真っ暗になったし、さすがに眠いし、お腹も空いていた。午前中に買ったスコーンと、辺戸岬を出る前にカフェでテイクアウトしたコーヒーのすっかり冷たくなったものを飲んで、あとは歌ったり独り言を大きい声で言ったり、音楽に合わせてハンドルを叩いて一人で盛り上がったりして、なんとかやり過ごした。

海を過ぎ、坂を越え、いつのまにか車が増え、車線が増え、関東でも見慣れてきたような「いわゆる郊外」っぽい道をぐんぐん走った。おすすめされたちょっと安いガソリンスタンドで給油して(2分の1の確率なのに給油口の左右を間違えた)、時刻は19時45分。大遅刻で車を返して、多分明日の朝には会わないので、宿のおばちゃんにお礼を伝えた。本当にいい滞在になりました…
けっこうヘトヘトだったし化粧も崩れていたが、荷物を部屋に置いて財布だけ持って、すぐに再び出発した。宿から徒歩5分くらいの場所で、フェスティバルでも観たマレーシアのバンド(Straw)がアコースティックライブをやるというのでそれを観に行った。タイムテーブルが押していたみたいでほぼ間に合ってよかった。
演奏を聴いていると、「日常に帰ってきた」という感じがした。音楽のライブというものは、解釈次第でハレにもケにもなるだろうけど、この時の会場はカフェみたいな場所でステージや大きなスピーカーはなく照明も明るかったし、わたしにとっては、大きな音がバリバリ鳴る場所よりもこういう親密なライブのほうが今のところ身近だ。人間の世界、それも、普段の自分の生活している圏内と思えるところに無事に帰ってきた…。心のスピードが緩んでいくのがわかった。アコースティックバージョンだったのもよかった。リーダーのボーカリストと笛の奏者とは2日前にも少し話したので「また会えたね!」と言う感じで少し喋って「また会おうね!」と言ってあっさり別れた。

とにかくお腹が空いていた。あたりは飲み屋が多く集まるエリアなので、22時でもやっている店はないかと見渡すと小さな居酒屋の明かりがついていたので迷わずそこへ入った。寒かったので「焼酎のお湯割りって、メニューに載ってないけどできますか?」と聞いたら、若い店員さんに「えっ?」と聞き返されたのがちょっとおもしろかった。沖縄でお湯割りってあんまり飲まないのかな…?

炒め物や、明太子の入っただし巻き玉子、焼き鳥などを軽くつまんで、シークァーサーサワーも飲んで、一人でけっこうダラダラした。SNSを開くと昨日までのフェスティバル関係の人たちや友達からの連絡など通知がいくつか溜まっていた。ぽちぽち返したりしながら、そういうことと今日の一人で過ごした時間とが、全然違う次元に、でもどちらも確かにあるのが妙に嬉しかった。そうして、ひとしきり過ごして、お腹も膨れて会計を済ませて機嫌よく店を出たら、すぐ頭上に、かなり明るい満月があった。ピカピカだった!

「暦ではこの日が満月だから、見られるといいなあ」と数日前からしっかり期待していたけど、今日は一日中小雨だったから「残念」と思って、でもそう思っていたことすら忘れかけていたところにニュッと現れたものだから、けっこうギョッとした。

そういえば去る10月に沖縄へ来た時にも、帰る前の日に満月が見れたのだった。しかも海に浮かぶ満月だった。とても美しかった。思い返せば、10月の時は、サガリバナという一晩しか咲かない(らしい)花もたまたま見れたりして、ツイてる気がしていた。今日の予想外の満月も、吉兆だってことにしようと思う。
沖縄とはフィーリングが合いそうだなあと以前からうっすら思っていたけど、このひとり旅で、すっかり大好きな場所になった。今回ようやく少し、土地と一対一で向き合うことができた気がするし、そのうえで大好きだと思えたので、ほんとに大好きなんだと思う。まだまだ知らないものや見ていない部分がたくさんあるので、またよろしくお願いします。

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というところまでが旅行記で、帰ってきてからあっという間に3週間くらい過ぎて、所感が更新されたので、それも書いておきます。主に「蝶が気になる」ということについて…。

沖縄の滞在中、眺めの良い公園(古い城跡)が宿のすぐそばにあったので、着いた日や本番の前などにそこのベンチでギターを弾いて歌ったりしていたのだが、その時に蝶と出会ったのがとても印象に残っている。

わたしが歌っていると一匹ふわふわと飛んできて、また違う色のが飛んできて、また違うのがやってきて…ということがあったのだ。たったそれだけだけど、三匹もくることある?!歌いながら、めちゃめちゃ笑顔になってしまった。かわいい〜。なんで蝶々ってあんなにかわいらしいんだ!蝶も歌が聞こえるのか気になって調べると、一応、空気の振動を感知する器官が翅の付け根のところにあるらしい。ひょっとして、わたしの歌が聞こえていながら、そこへいてくれた、あるいは、近づいてきてくれていた、ってこと…?これは完璧に思い上がりですけど、例えばそうだとしたらあまりにも嬉しいし、愛しい。わたしがたまたま彼らの蝶道(蝶には毎日のように通るお決まりの道が空中にあり、それをそう呼ぶ)に座ってしまっていただけかもしれない、というか確実にそれだが、、、、

わたしはその邂逅があまりに嬉しかったために、沖縄から帰ってきてからも、しばらく蝶のことばかり考えていた。わたしにとっての歌は、蝶の翅のようなものです、と、言ってみたくなった。

というのも、わたしは、かなり端的に書くと「声が空間に物理的に響くこと」に大いに感動して歌を歌っている。歌を歌うことは、感情の吐露やアウトプットでもいいけど、それ以上に、空間を知るためのセンサーとして、インプットの方法のひとつとしてあるといいな、という考え方をずっと前からしている。実際に、歌詞のある歌というのは、歌われた時、それがどのように(音として、あるいは意味として)客席に響いているのか、魂みたいなところと空間を物理的につないで教えてくれるようなところがある。魂とか言ってしまうけど、これはさすがに実体験として確実にあると言い切りたい。遠くのあの人に呼びかける、みたいなことと同様に、声を使ってできることとして、ある。

そして、蝶にとっての翅は、まずもって身体なので生き物としての生命活動のための大切な基盤だし、人間からすると美しいし、そして今回わかったけど、センサーでもあるらしい。え、めっちゃ(わたしにとっての)歌じゃん…。その儚さや、色や形があるということ、世界に何も影響を与えられないという無力感も含めて、なんだかすごく似ている気がするのだ。しばらく、"Singing is to me what wings are to a butterfly."というのを提言として持っておこうと思った。なんで英語なのかというと最近がんばって勉強中だからです。


また、「蝶にとっての」ということを考えた時、そこには擬人化の感性がある。東アジアで生まれ育った人間としては「胡蝶の夢」がすぐ思い浮かぶわけだが(自他の区別や、夢と現実の区別がないように思われる、人生も現実も儚いよね、みたいな話だと理解しています)、これってもしかしてめちゃくちゃすごい(かなり深くてものすごく美しい)故事成語なのではないか、、、、と思って、ついでみたいに荘子もちょっと気になる。

ともかくそんなわけで、沖縄から帰って1週間ほどがたった今月某日、東京・多摩動物公園内、昆虫館のエリアのなかの、蝶が大量に放し飼いにされている巨大な温室へ、蝶を観に行った。10年以上前に訪れた以来だったが、相変わらず本当に見事な展示だった。そして、この10年ちょっとのあいだに色々な場所へ行き、色々な知識を蓄えたわたしには、あの温室がどれだけすごいものなのかが、以前よりもずっとずっとよくわかった。

行ったことのない人のために丁寧に説明したい。その巨大な温室は(高さ16mほどあるらしい)山を生かした地形、崖に片側がくっついたような形になっており、入り口は地上だが、建物でみると上のほうに設置されている。その入り口のところでは空調による強い風がずっと吹いていて、蝶が外へ出られないようにしてある。崖のほうは崖で、空のほうは天井と壁が大きなガラス張りになっており、非常に明るい。ゆったりと曲がる舗装されたスロープがあり、鑑賞者はそこを歩いて降りながら、たくさんの蝶が飛び回るのを生で見ることができる。蝶たちに触ろうと思えばそうできるが、そうしようとは到底思えない迫力と完成度のある空間だ。

蝶というのは基本的に温かい土地の生き物だ。沖縄以南では一年を通して見ることができるが、それより北の地域では春〜夏に限られる。そして、蝶は花や木と一緒に生きる。だから、温室のなかには南洋の植物が大量に持ち込まれ、丁寧に管理されて生い茂っていた。つい1週間ほど前に沖縄で見たのと同じようにブーゲンビリアが咲き、ガジュマルや月桃が植っていて、その他、名前はわからないけど見覚えのある草木にたくさん再会した。わたしは10年ぶりにここへ来るまで、そしてこれを書くために調べるまで確信がなかったけど、この温室は沖縄や南西諸島の環境を再現するように設計されているんだそうです。どうりで!!

沖縄に行って帰ってきたばかりだったから、それが体感としてよくわかったし、大学生の頃に植栽管理の会社でバイトしていた時期があるので、ここの草木がいかにしっかり手入れされているかも一目でわかったし、2月の東京の気温から、ひとたび温室へ入っただけで湿度も気温もまるで南国で、体が緩む感覚が嬉しかったし、もう、こんなのほとんど芸術作品じゃないか!と、人間はこんなことができるのか、と、とにかくめちゃくちゃグッときた。もし万が一もの凄い大金持ちになったら、これくらい大きな温室を自宅の庭に建てて、蝶の館として地域にも開いて、その事業をちゃんと遺して人生を終えたい…(???)また、わたしは沖縄から帰ってきたその日に、フェスで知り合った台湾のミュージシャン(百合花 / Lilium)のライブを東京で観て、それが超素晴らしかったという理由ですっかり台湾に行きたくなって色々調べている、ということもあったりして南国への憧れがいっそう増しており「温かい場所で、美しい生き物たちが大切に愛されながら生きている」ということが、あまりにも胸に響いた。わたしも温かい土地で生きて美しく死にたい…。

その日はちょうどオオゴマダラ(白と黒の大きな翅の蝶。日本最大らしいし、調べたら沖縄県の県蝶だそうです)がたくさん羽化した頃合いだったらしく、クラクラするほど大量のオオゴマダラが出迎えてくれた。彼女たちは(この昆虫館の治安がいいおかげだと思う)人を恐れないので、時々、顔の横、わたしのすぐ耳元を通っていく。もうすっかり蝶々大好きなのでそれだけで笑顔になっちゃうんだけど、その羽ばたきの微かな音が聴き取れる!ということに気づいて、わたしはますます嬉しかった。空調のガーッという音を気合いで脳内マスキングして蝶たちの羽ばたきに耳を澄ませ、花から花へ花びらが飛んでいるかような美しい光景に目を遊ばせ、花の蜜をせっせと吸う姿を観察し、なんで蝶ってこんなに嬉しそうに飛ぶ(そんなふうに見える)んだろうとか「もしいつか台湾や沖縄に住めたなら、こんな空調のない本当の木陰で、蝶たちの羽ばたきを聴きながら歌を歌って暮らせるかもしれない」と想像し、胡蝶の夢など(故事としての深さもそうだけど、大昔から人は蝶が好きだ、ってことに感動する)がよぎり、息を吸ったり吐いたりして、気がついたら目から涙がさーっと流れていた。いろんなことが頭の中を渦巻いていて、一言では到底表せない感じだったが、自分が本当は蝶だったことを思い出したみたいだった。もう蝶に狂わされて変なことしか言えない……

一緒に来てくれたパートナーは、わたしが涙を拭いている時に振り向いたので気がついていなかったと思うけど、顎から滴るほどの涙だった。感性が豊かすぎてワロタと自分で思いながら、でも、なぜか子供の頃からずっと持っている、南洋への大きな憧れがなおいっそう強くなった。なんとかして温かいところと親しみながら生きていきたい…。少なくとも、また沖縄に行きたいし、台湾やインドネシアや、あったかいところへ蝶を観に行きたい…、いう決意を新たに、温室を後にした。



ともかく蝶はやばい。あの、埃や花びらのような軽さの、風や光よりも脆そうな、魔法みたいな生き物が実際に生きていて、しかもとても精巧で美しくて可愛い、ということが、その事実だけでほとんど奇跡的に思える。大昔からその姿に人間たちが美しさを感じて愛でてきたというのも、重要なことだ。地球上にすでにあるものに対して美しさを感じ取ることができる、というのはとてつもなく不思議で、人間にとってほんとうに大切なこと…。(書ききれないので書かないけど、最近「平成たぬき合戦ぽんぽこ」を見ていっそう強くそう思う)そして、もしわたしが見てきた全てが、目の前の蝶の見ていた夢だったとしたら、と想像した時のこの世の儚さがいかほどか…、胡蝶の夢、あまりにも美し過ぎる。とんでもないことです…………大き過ぎる感動はあまりにも普遍的で、もう言葉にするのも野暮なんだけど、それでも書かずにいられなかった。


個人的には、驚くべきことに他にも、この沖縄滞在をきっかけに気づいたことや、始めたことなどが多くあって、次に作りたいものの輪郭が少し見えてきたりとかもしていて、書いておきたいことはいっぱいあるけど、ともかく沖縄・後編と、後記from多摩動物公園の沖縄のような温室、ということで、これにて完!

沖縄という場所、そして今回そこへ向かって導いてくれた色んな人たち、ありがとうございました。1人で行ったけど、全然1人じゃなかった。これからも1人じゃない一人旅を、ずっと続けて生きていきたいです。