ーーー2024年・春 インドネシア滞在日記11 5/25〜5/30(完)
5/25(土)
気合いで起きた!時刻は4時。まだ日の出前。目だけ洗ってマスクをして身支度ってことにして、荷物をまとめた。すでにカルトゥンさんも起きていて、他のみんなが寝ているので、わたしたちは黙って「ニヤリ」という感じで目だけ合わせて、悪巧みでもしているみたいにサッと出発した(こういうノリがいちいち良い…)。全員を起こすのはさすがにできないにしても、一番お世話になったタフタには挨拶したかった。が、なぜか姿が見当たらなかった(※ほんとうに謎)ので諦めて、やや過積載ぎみのバイク1台で山の家を後にした。
明け方の、暗い時間帯なので空気は冷たかった。Dingin(寒い)!!と叫んでそれで笑ったりしながら、1時間ほどかけてカルトゥンさんの家に到着。カルトゥンさんが玄関の外のタイルのところ(ジャワの家って高確率でこういうスペースがあって、日本で言う縁側みたいな役割を果たしている印象)にわたしのスーツケースを持ってきてくれた。ご実家の他の家族を起こさないように家の外で黙々とパッキングし直した。山の家に持って行っていた一週間分の荷物と、カルトゥンさんの家に置かせてもらっていた大きなスーツケースを組み合わせて詰め直すのだ。すでに時刻は5時過ぎ。飛行機は7時なので、国内線とはいえ、ちょっと焦る。大急ぎで荷物をまとめ、なけなしの梱包材でギターを包む。(ガムテープを借してもらった)荷造りが終わる少し前にアプリでタクシーを呼んでおいたら、ちょうどいいタイミングで来てもらえた。
カルトゥンさんとは、2018〜19年にわたしがスマランに半年いた時にかなりの偶然で知り合って、その時も今回も、本当にあらゆる世話を焼いてもらった。おもしろい場所にたくさん連れて行ってくれたし、すてきな人たちに会わせてくれたし、楽しいことを一緒に計画して実行した。わたしのボロボロの英語とノリしか合ってないインドネシア語に、いつでも最も辛抱強く付き合ってくれたのは彼だ。本当に感謝しかない。今回マジであなたのおかげでサイコーでした、と言ってハグして別れた。「Aoiのインドネシア滞在はいつでも最高でしょ!」アハハまじでそう、ほんとまた会おう。絶対に元気で!みんなにもよろしくお伝えください!
カルトゥンさんの家は空港からかなり近いところにあって(純粋にラッキー)、タクシーに乗ったら13分くらいで着いた。チェックインカウンターで自分の搭乗する便を探すと、Boading timeが06:33と表示されていた。は???早まっている………?!??しかも発券したら06:30と書かれていた。ええ〜??遅れるならわかるけど国内線が早まることあるんだ????それともわたしが何か勘違いしている????
とにかく、間に合うけどギリギリだし朝ごはんを食べる時間は完全にない。悲しい。しかも、わたしはうっかりハサミを手荷物に入れたままにしてしまっていて、保安検査でひっかかり「そのリュックにハサミをしまって、追加料金を払って預け入れ荷物にしたら乗れる」と係員からアドバイスをもらったので、大急ぎでパソコンなどの機器をエコバッグ(あってよかった)にいれて手荷物にし、ハラハラしながらカウンターに戻って経緯を説明し、リュックも預けた。一応なんとかなったけど、この時に英語でどう言ったかマジで思い出せず奇跡のように感じる…。
飛行機には間に合った。座ってすぐに寝て、目が覚めたらバリだった。
今日はホテルをとっておらず、友人のいない友人のアパートに一泊させてもらう。アディット(同い年の友達。5年前に知り合った時は大学卒業直後でジョグジャカルタに住んでいたけど、現在は就職してバリ勤務。銭湯で演奏した時のライブ音源(サブスク配信中です)のジャケットのイラストを描いてもらいました!)にバリに行く日付を伝えたら「その日だとまだ出張から帰ってきてないや、ってか俺の部屋せまくて汚いけど使って良いよ!」とのことだったので、ご厚意に預かることにした。一泊でも宿代が浮くのは正直いって助かる。明日アディットが帰ってくるので、それからは帰国の日までホテルに泊まる計画だ。
ひとまず、朝ごはんが食べたい。預けた大きな荷物をベルトコンベアーから引っ張り上げて、ゴロゴロ引きずりながら食べ物にありつけそうな店を探して歩く。いろんな店があんまりしっくりこなくて、すぐに空港の建物の外まで来てしまった。道を渡ったところに商業施設があって、その一番手前に窓の大きなA&Wがあった。山から急に空港に来た時点で、あまりの環境の違いと焦りと疲れで何かが狂った感じがあり、急に都会的なハンバーガーと変なコーラ(※ルートビア)とポテトに強烈に惹かれてしまい、それらを朝食とした。朝9時。五感がグラグラした。ハンバーガーには、スナック菓子みたいにカリッカリに焼かれたベーコンが挟まっていて、これはインドネシアっぽいアレンジなのかもと思った。※インドネシアの人たちはサクサク食感が好きすぎるため、食事にすらスナック菓子を添える。(タイ料理とかにもついてくるエビせんべいみたいなアレです、総称をクルポックといいます)
今日は本当に移動するだけの日で、他に予定がない。全然急いでいないので、タクシーの値段を比較して慎重に選んで乗ってみようと思い、いくつかのタクシー会社のブースで値段を聞いて回った。ングラライ空港オフィシャルタクシーの先払いシステムが無難な感じがしたので、それで向かうことにした。
タクシーの運転手がとてもフレンドリーに話しかけてくるタイプだったので、疲れていたけど色々喋った。バリ出身だそうだ。普通に良い感じの人だな、と思っていたが、終盤で「道がわからないから案内して」と言われ(出身地ちゃうんか〜い、アプリ見てくれ)、わたしだって全然わかんないのに気合いでナビした。降りるタイミングでチップを要求され、いくら欲しいのか聞いたら50,000ルピアという。昨日まで、一食10,000ルピア未満で満足な食事ができるジャワの田舎にいた人間からすると、それはあまりにも外国人観光客向けの価格で、なんかかなりムカついてしまった(※今思えば、ムカつくようなことではない)ので、30,000ルピアだけ払って降りた。疲れと緊張で気が立っていたし、飛行機に乗る時に重量の超過料金と後から加えた手荷物などで既に2700円くらい払っていたし、ハンバーガーも高かったし、急にビュンビュンお金が飛んでいっていて気持ちが乾いていた。
ともかく無事にアディット宅に着いた。敷地の入り口の重たい門を開けると、ちょっと広くなった庭のようなスペースに数台のバイクが停めてあった。建物は2階建てで、10戸くらいの単身者向けアパートだった。自分と同い年くらいの女性が庭に出ていて目が合ったので「アディットの友達です」というと「上の階だよ」と教えてくれた。
最後のひと頑張りで2階に上がる外階段を二往復して荷物を上げた。玄関先のすみっこに、メッセージで送ってもらった写真と同様に丸っこい石が置かれていて、その下に鍵があった。若干建てつけが怪しかったけど、ドアが開いた。ほんとに寝るためだけに帰るような、小さなワンルームだった。生活感が残りまくっていて、なんだか泥棒に入ったような気分だった。作り途中のミニラグ(かわいい)とか、描いた絵(リソグラフの作品、かわいい)とか、デザインしたピザ屋の箱(かわいい)、大量の服などが所狭しと、貼られたり置かれたり積まれたりしていた。アディットに「着いたよ、部屋お借りします」と自撮りを添えたメッセージを送った。
いくつか買い物がしたいし洗濯物も溜まっているので近くのランドリーに行きたいが、だいぶヘトヘトなので一旦、仮眠を取りたい。その前にシャワーを浴びよう…と靴下を脱いだら、足首の水脹れがビー玉くらいの大きさになっていた。
ここまであんまり書いてこなかったが、一週間前くらいから良くなったり悪くなったりしていた「腕と足の虫刺されが水脹れになったところ」は、この時、最もひどい状態になっていた。このコンディションで昨日の(昨日の?!)MV撮影を乗り切ったのは、かなりの頑張りだったと思う。実はあんまり映像に写っていないほうの腕が悲惨な状態だった。(※わたしも頑張ったけど、アルゴも完全に正しい気遣いと共に撮ってくれていました、ありがとう…)
ズキズキするなあと思ってはいたが、足首のこれは見た目がかなりキモい。足首にビー玉くらいのサイズの、体液で満たされた球がくっついている。キモすぎる。さすがにこのサイズの水膨れが知らないあいだに潰れると困るので、安全ピンで潰して、よく洗って薬を塗って絆創膏を貼った。ジョグジャからスーツケースに入れっぱなしにしていた大量のティッシュ(到着してすぐ買った、1kgくらいのBIGサイズのもの)をだいぶ消費したし、キャンプの帰りに買い足したボディソープも大活躍した。水脹れの中身を触った手で唇や目に絶対に触りたくない(先週、おそらくそれでウイルスだか菌だかが移って唇が腫れてしまったのだけど、焦って朝からビタミンとか飲んでいたら当日中に引っ込み、ライブ直前に鏡をみたら大丈夫になっていた/やっぱりわたしはコンディションを間に合わせる才能がある…)ので、ここからの数日は<患部をまめに石鹸で洗い流す><薬を塗ったら手を洗う>を徹底した。(後日談:帰国後すぐ治りました、痒みだけ1ヶ月残ったけど)
体をきれいにして、ちょっと寝て、15時過ぎに歩いて町へ出た。Googleマップで調べた最寄りのランドリーに服を預け、Babi Guling の店が近くにあったのでそこへ向かった。Babi Gulingというのは、バリ風の子豚の丸焼きである。ジャワは90%くらいの人がイスラム教徒なので、豚を食べる習慣がない。しかし、バリには「バリヒンズー」と呼ばれる独自のヒンズー教文化があり、伝統的な豚の料理がある。儀式の一環として豚の丸焼きを作ってみんなで食べたりすることも度々ある。これが普段の食事にも食べられるレストランが、街中にたくさん見られる。
せっかくバリに来たからバビグリンを食べようという気持ちで、たまたま近くにあった店に入っただけだったのだが、ここのBabi Gulingがめちゃくちゃ美味しかった。豚の皮とその下の脂身をパリパリに焼いたのとか、肉ももちろん美味しかったけど、付け合わせの野菜も美味しくて、一皿の栄養と味のバランスがとてもよかった。
5/26(日)
朝のつもりで起きたらもう昼前だった。遅めの朝ごはんは昨日のバビグリンにしようと思い、日焼け止めだけ塗って家を出た。かなりしっかりと暑くて、時々立ち止まっては昨日買っておいたペットボトルの水を飲みながら歩いた。観光客っぽい感じに見られるのを承知で日傘をさした。
バビグリン屋のおばちゃんたちは、昨日来たばかりの外国人がまた来たからだろうか、なんだかフレンドリーだった。昨日は閉店間際で無かった串焼きも今日は載っていて、この店のフルバージョンの一皿にありつくことができた。ここ、何気に名店な気がするので、バリのサヌールに行くことがあればぜひ行ってみてください(https://maps.app.goo.gl/hpuiED21PB5vZTyMA)
美味しいから今日も来ちゃったんだ、と言ってニコニコ会計して店を後にした。
明らかにゴミだろうというものは一緒に捨てておく、くらいのざっくりした掃除をして、アディットのアパートを後にし、さくっとホテルに移動してチェックイン。ホテルはめっっっっっっっっちゃ快適だった。家族経営の小さなホテルで、上品なおばちゃんが対応してくれた。室内はとても清潔で、ひとつの建物の1階と2階がひとつずつ客室になっているスタイルだった。私の部屋は一階で、フロントの目の前の部屋だったので防犯的にも荷物運搬的にもベストだと思った。感謝…。よく効くエアコンと真っ白で全然臭くないシーツとタオル、そしてドライヤーがあった。うおー!1ヶ月ぶりのドライヤーだ!
シャワー(1ヶ月ぶりくらいにお湯のシャワー!)を浴びて、ひとしきりボンヤリ休んで、もう早めの夕飯くらいのタイミングだったので、出張から帰ったアディットと合流することに。なんとギャリー(ジョグジャとスマランのライブにも来てくれた、ジャカルタ在住の友人)も来ている!というので、3人でご飯を食べる。有名な夜市があるというので、そこに集合することになった。わたしはバイクタクシーで向かった。久しぶりに友達に会えるのも、久々にドライヤーが使えて髪の毛がサラサラなのも嬉しかった。
屋台村で二人と合流して、とりあえず腹ごしらえをした。ギャリーはもはや「ひさびさ」感がないし、アディットにもすでにジョグジャについてすぐ会えているので、この日の再会にはたいした感慨はなく、普通に「ヨッシャ〜〜」みたいな感じだった。
食後、ちょっとつまめるものを買い足して、なんとなく浜辺に行った。二人はゆるいムスリムなので、普通にビールも飲む。近くの屋台で「高っ」と小声で言いながら瓶のビンタンビールを買って、真っ暗でなんにも見えない海の近くにあるベンチに座ってちょっと凍えながら3人で飲んだ。夜風はけっこう寒かった。ギャリーは数年前に日本に来たことがあって、わたしは東京でライブできそうな場所を紹介したりそれを聴きに行ったりしていたのだけど「あの日のライブの後、オーナーと飲みに行ったら飲みすぎてベロベロになってしまって次の日に乗った大阪行きの新幹線がとてもつらかった」「日本の人、お酒強すぎ……」という笑い話を聞いたりした。あと、先月のジョグジャであった音楽フェス(わたしは山にいて行きそびれた)で暴力沙汰に巻き込まれてやばかったという話の真実など……(彼が無実だとわかるまで警察署でスマホを取り上げられて一週間過ごしたらしい)(そういえば彼は東京のライブ当日もなかなかトラブル満載だった)(色々と心配)
そばに海亀の子供を保護して育てている施設があったので、3人でそれをちょっと見て、アディットは明日も仕事だし、ということで健康的な時間にサクッと解散した。明日はライブです!
5/27(月)
海からのぼる朝日が見てみたかったので、頑張って早起きした。わたしが滞在している宿は、ビーチまで歩いて5分くらいだ(ただしオーシャンビューではなく、そのぶん安い)。が、一番の近道を行こうとしたら、路上に野犬が2匹いて、野犬は病気を持っていそうで怖い(アディットにも「君が走ると犬も走るから怖くても走っちゃダメだよ」と言われていた。私が走ると犬も走るの、ちょっとおもしろい、やらないけど…)で到底近づけず、だいぶ回り道をすることになった。やっとの思いでたどり着いたビーチは、まだ暗いけどはっきり諦めがつくくらい雲が多く、朝日なんてとうてい拝めそうになかった。一応、遠回りついでにコンビニで買ったパンをかじって砂浜にあったブロックに座って待ったが、少し明るくなってきた頃に宿に戻って二度寝した。
この日のランチは、仕事の昼休みのアディットと合流することになった。せっかく来てるから!というシンプルな理由で、いちいち一緒にご飯を食べてくれるのがただただ嬉しかった。彼はいま仕事でバリに滞在しているけど、ジャワ出身なので、結局ここがおいしくてさあと、ジャワ料理の食堂に連れて行ってくれた。この店もほんとに美味しかったです!(https://maps.app.goo.gl/D8LcFpnLZErh6DH38)
普通にちゃんと美味しいジャワ料理屋だった。できているおかずの大皿がカウンターのガラス越しにずらりと並んでいて、そこから好きなのを選んで、お店の人に米と一緒に皿に盛ってもらって食べる王道のスタイルなのだけど、盛り付けた人が値段の書かれた札(カウンターの内側の柱に値段ごとに色の違う札が何種類もバーッとかけてある)をレジの人に渡して仕事を分担しており、このシステムがとてもわかりやすくてよかった。外国人観光客に向けて仕組みを作ったのかもしれないけど普通の納得価格だったし、とても賑わっていて雰囲気のいい店だった。
ランチを済ませて、アディットが「僕の仕事場を案内する!」というので彼の仕事場に向かった。食堂からバイクで2分くらいの場所だった。海の環境保全と観光プランナーを兼ねているような会社で働いているようで、敷地のなかにいくつか建っている建物のうちの一つに、この辺りに生息している海の生き物や、環境保護のためのさまざまな取り組みを紹介する展示があった。ちょっとした博物館みたいな感じだ。海洋廃棄物を使った美術作品などもいくつかあった。小中学生が校外学習で来たりするらしい。展示のなかにはアディットが担当したコーナーもあって、ワクワクした感じでひとしきり説明してくれた。たくさん写真を撮った。
わたしは、出会った5年前当時、音楽とアートとたけし映画が好きなおしゃれ大学生だった彼が、ペンタブがないのでマウスで絵を描いていたあの彼が、絶対に暑いのにたぶんオシャレってだけでセーターを着てきてすぐ脱いでいた彼が、今じゃこんな立派な仕事を、しかも楽しんでやってんだ、というのが感慨深かったし、その姿を見せてもらっている状況がまるで親戚か何かみたいで、とてもうれしかった。誇りを持って楽しんで働いているみたいで何よりです本当に……
ホテルにいると、気が向いたらちょっとギター弾いて歌っちゃうとか、笛吹いちゃうとか、そういうことができない、ということにふと気づいて、あ〜〜山のあの家、本当に最高だったんだなあと思い知った。ビーチだったら歌っていても大丈夫そうだけど、なんかちょっと違う気がしてやらなかった。
ホテルにいてもしょうがないので、1人だけど果敢に海へ。といっても1人ではしゃげるほど豪胆じゃないし、水着もないし、することもないので、浜でビールを飲むことにした。多くの人が気持ちよさそうに寝ているパラソルとベンチは、やたら値段が高かったので諦めて、地元のおっちゃんぽい人が仕事の息抜きに来ている感じの小さな売店のそばのところの固い椅子に座って、ぼーっと過ごした。屋台のお姉さんに「灰皿ありますか」と聞いたら、ちょうど自分が使っていた竹を切っただけの灰皿を、友達みたいにスッと手渡してくれてちょっとおもしろかった。
大きな流木が波に打たれていたので撮ってインスタにアップしたら、タフタ(そういえば、バリへ出る朝に挨拶しそびれてごめんねってメッセージきてた、また会いに行くんで全然いっす…)が「流木いーなー」みたいなDMをくれて、めっちゃ2024年のコミュニケーションだな……と思った。距離ってなんだっけ、ないみたいじゃん。でも山の空気はここにはない。ああ、それが距離か。
この時に屋台で買ったBIGサイズのビンタンビールが本当にでっかくて、おそらく600mlくらいあり、強いタバコと一緒にグビグビ飲んでいたら全部飲み終わる頃には悪いほうに酔ってしまった。頭がものすごく痛い。調子に乗ってすんませんでした…と思いながら、真っ青な顔でビーチを後にした。なんか今日のわたし、ずっと愚かすぎないか?ホテルが徒歩5分の場所でよかった。でも、この旅の全てのイベントが昨夜で済んで、ぜんぶいい感じに終わって、本当に本当によかった!その安堵があったので、己の多少の愚行は許せた。部屋に戻ってベッドで休んだ。ベッドに横になった時はけっこうしんどかったけど、ちょっと寝たらあっさり全快したので、また散歩に出ることにした。
夕飯は、アディット情報のバリ風お粥(Bubur Bali)を食べに出かけた。もしかして売り切れてるかも…と思ったが、ありつけた。ビーチにある屋台で、けっこう賑わっていた。水着姿の家族連れや若者たちが周囲に座り込んで食べている。編んだ浅めのカゴに、片面にロウかビニールかがコーティングされている紙のお皿を載せ、そのうえにお粥を盛っていた。サラサラのスープみたいな食べ物を浅い紙皿に載せて提供されるのにはだいぶ違和感があったが、なんとかこぼさずに食べられた。カレーっぽい味の、でもさっぱりしたお粥だった。ピーナッツが載っていて美味しかった。
今日は実はひとつだけやるべきことがあった。ギターの梱包材がボロボロなので、明日の夜の飛行機に乗るまでに新調したい。まあ最悪エアパッキンはなくても、丈夫な楽器ケースだから平気だろうけど、あったほうがベターだ。
梱包材屋さん(ここもアディットに教えてもらった)へ、バイクタクシーで向かった。バイクタクシーの運転手も道があんまり分かっていなくて、わたしも分かんないのでちょっと行き過ぎた。降りて10分くらい歩いて目的地まで戻ることにした。元気なので全然問題ないです。が、戻る道中で「Molen(バナナの包み上げ、ジャワで食べたものとちょっと違うスタイルだったので気になって…)」の屋台を見つけてしまい、ごま団子とハーフ&ハーフになったセットをひと箱(Rp.10000)買った。絶対に1人で食べる量ではないんだけど、これを1人で食べちゃうんだあ〜…フハハ…
この道が、ジャワで親しんだ田舎っぽい街と似ていてなんだか気分が落ち着いた。たとえば「日本の郊外の国道沿い」みたいな、みんなが「ああ、あの感じね」と思い浮かべられる、お決まりのなんでもない、よくある感じの路上というのがインドネシアにもあって、わたしはいつのまにかそれが好きになっていたんだ、ということに気づいた。
梱包材屋に向かう途中、さらにまた寄り道してしまった。バビグリンを出している店があったのだ。バナナの皮でじょうずに三角に包んである大きめのオニギリくらいの量のものがたくさん積み上げられていて、歩道に面したカウンターの向こうには、ちょっとした屋根の下に、買ったものを食べられる簡易テーブルと椅子もあった。バビグリンの隣にはCumiと書かれたのもあった。えっ「イカめし」ってこと⁉︎ 食べたい!でもここのバビグリンも気になる!こちらへ来てすぐ食べたバビグリンとは違うかもしれない!あんまり迷わずにどっちも買った。
Cumiのほうだけ、ここで食べていくことにして、お茶も頼んだ。開けると、なんとイカめしじゃなかった。白米と小さいエビの甘辛いのだった。パッケージ(バナナの皮に、文字が印刷された白い紙がホッチキスで留めてある)にCumi Suna Cekuhって書かれていて、Suna Cekuhいうのが何かわからないけど(後日調べ:にんにくとウコンを使ったバリの調味料)それのCumiのやつかなと思ったんだけど違いました。なんで〜
なんで〜?と思いつつ美味しくいただいた。ひとりで食べていたら、店のおばちゃん2人が話しかけてくれたのでインドネシア語で返事をしたら「あらインドネシア語ができるの〜」という感じであたたかく接してくれて、しばらくインドネシア語でお喋りが続いた。どこから来たの、とか友達に会いに来てて、くらいの内容だったし、半端な言語だったけど、わたしが落ち着くのは観光地エリアじゃなくてここだ……としみじみした。会計はRp.23,000だったけど、財布にちょうどのお金がなくてモタついていたらRp.22,000に負けてくれた。あ、ありがとう…ここのおばちゃんがあまりにキュートだったので「ノリノリでセルフィーを一緒に撮って別れる」という陽キャのインドネシア人みたいなムーブを繰り出してしまった。
さあ!やっと梱包材屋についた!と思ったら、すでに店が閉まっていた。えっ、Googleマップに書かれた営業時間だとまだまだ営業中のはずなのに……、食べ歩きとかしてたわたし、本物のバカか???と情けない気分でもう一度スマホを確認すると、目的地はもう少し先の別の店だった。ほんとうにすぐの距離だった。エアパッキンを見つけたので声をかけたら、ちゃきちゃきした感じのお姉さんに「何メートルいるの」と聞かれ、ほんの一瞬だけ考えて、でも最初からそう決めていたくらいに迷いなく「3m」と答えた。彼女のちゃきちゃきのテンポを崩さずに答えられたのも、「ちょっとそこ持ってて(切るから)」と現地語で言われて「ほい」ってすぐ動けたのも、嬉しかった。
すっかり前向きな気分で、帰りのバイクタクシーに乗った。明日の夜には飛行機に乗ると思うと、何度か通ったホテルまでの道にも眺めがいがあった。
ホテルに戻り、部屋の外の縁側みたいなところでさっき買ったバビグリンを食べた。昨日のと全然ちがっていて、これも美味しい!豚のレバーがメインの一皿だった。残りのMolenと胡麻団子も完食した。なんか今日、ずっと食べてるな……。
食べ終わってタバコを吸っていたら、ホテルの人が話しかけてきて、タバコだめだったかなと焦ったが全然そんなことではなく、日本に妹が行きたいって言ってて〜みたいな話で、社交辞令かなとは思いつつ、マジの時はぜひご連絡くださいという感じでちょっと距離が縮み、そのままバビグリンのおいしい店情報を引き出すことに成功した。二軒教えてくれた。飛行機が?明日の夜の便ということは?朝と昼に行けば二軒とも食べられるな〜…ということで、明日の朝ごはんと昼ごはんのメニューがバビグリンに決まった。開店と同時に入ろうという気概で、シャワーを浴びて荷物を少し整え、ほどなくして寝た。
5/29(水)〜5/30(木)
ついにインドネシア滞在の最終日です。
朝9時オープンのバビグリンの店が、ホテルからけっこう離れた場所だったので、8時半くらいに家を出た。その店は、昨日のようないわゆる「国道沿い」みたいなのよりももっと車道が大きく、歩いている人間は誰もいないような、モールが立ち並ぶエリアにあった。新しげな大きい店だった。店の入り口を入ってすぐのガラスの向こうの厨房に、見せつけるように丸焼きの豚が一頭でんと置かれていた。すでに他の客も数組いた。
せっかくなら本気で「バビグリン食べ比べ」をするぜ!という理念をもとにメニューに載っているスタンダードな感じのものをざっくり網羅したら、中々の量が運ばれてきてしまった。インドネシアでありがちなミスなんですけど、この国で串焼きを注文すると、5本とか10本くらいの単位でくることが多い。日本みたいに一串単位で買うことはあんまりない(個人的体感)。ここでは5本だったのでセーフだった。米と、野菜などと一緒に数種類の部位の肉が盛られたスタンダードセット(※ここにも串焼きがあった)に加えて、5本の串焼きとパリパリになった皮(これは量的にはペロリだが脂質が非常に高い)を食べた。朝から食い過ぎだ〜!
あまりにも満腹なので、次の目的地のモールまで15分くらい歩いた。「スマホの保護フィルムはインドネシアのほうが安いので替えて帰るのがおすすめ」と岸さん(今回ソロとジョグジャで会えた日本人の友人、ソロに滞在中)から聞いていたので、保護フィルムを貼るのをやってくれそうなモールに向かう。一軒めのモールには服しか売っていなかったので、さらに少し歩いて二軒目へ。徒歩で移動している人間が全くいないエリアなので、なんか目立ちそうでイヤだなと思いながらさっさと歩いた。
10時くらいに着いたら、モールは開店したばかりで空いていた。ほどなくしてスマホ関連のグッズを売っている店を見つけたので店員に聞くと、あなたの機種は古いので商品がないという。が、この場でレーザーカッターで出力したフィルムを貼ることができるらしい。店頭におかれたレーザーカッターには、古今東西のあらゆるスマートフォンの画面サイズにあわせたデータが保存されており、ガラスのような強いものではなくビニールっぽいフィルムでよければ、これでできる。えっ、これは良いハイテクなのでは…?日本にもあってほしい。珍しいので面白半分でやってもらった。いままで貼っていたガラス製の保護フィルムがバキバキだったので、張り替えたら新品さながらになった!
そうこうしているうちに意外と昼になっていた。そんなに腹ペコではないけど食べられそうだったので、おすすめの店②にバイクタクシーで向かった。12時半くらいに到着。こちらは先ほどの店とは対照的に、古そうな店だった。地元の食堂っぽい雰囲気、なのだが、完全に外国人観光客向け価格だった。そのパターンがあるんですね……!だが、味は(たぶん)本物だった!付属のしょっぱいスープは、ご飯や肉と一緒に(お茶漬けみたいにして)食べるんだよ、と店の人が教えてくれて、こんな最後で正しい食べ方を知るなんて失態だったが、次回からは!(これまでスープ単体で飲んで毎回「しょっぱいな…」と思っていた)
ここのバビグリンは、まさに「豚の全身から食べられる部分をちょっとずつ集めてきました」といった様相で、さながら豚パフェだった。他の店ではなかった野菜と和えたミミガーっぽいのもあったし、メインの肉も、部位ごとの肉の特性に合わせた調理法がそれぞれの良さをバッチリ引き出していて、味も食感もバラエティに富んでいた。毛の残った皮(尾?)もあった。これは流石にキモすぎたので、見た瞬間にウヒャーッと勢いで食べてしまい写真を撮りそびれた。口の中がもしゃもしゃした…。バビグリン、というと、特にジャワの人は豚を食べないというのもあるし「え〜、アレ好きなんだ」という微妙な反応をされることがたまにあったけど、納得した。たしかに、グロかったりキモかったりするような要素がバビグリンにはある。というか、食肉文化全般にそういう部分が本来あるし、きっと儀礼の時に調理されて出てくるバビグリンって、これくらい全部食べるんだろうな(だから地元の人も苦手な人は苦手)と想像できたりもして、この店での食事にはひとつの経験と呼べる重量があった。リアルでかっこいい一皿だった。
ここです(https://maps.app.goo.gl/bNww3JFd6XPshXtx5)
ここでもしっかり完食して、さすがに満腹だ。夕方にアディットとご飯たべよ〜とは言っているが、まだ時間がある。お腹を空かせたいので少しでも歩きたい。Googleマップで見ると、伝統的な衣装やお土産の卸売をやっている市場があるようなので、行ってみることにした。朝のバビグリンの店のほうにだいぶ戻ることになるが、まあいいやとバイクタクシーで出発。
そこは「いわゆる」なインドネシアの市場だった。その一角にある建物のなかに、衣類やお土産がたくさんガサッと陳列されていた。品物が山積みで、人が通れる通路がとても狭い。サヌールの観光地価格と比べるとたしかにだいぶ安い印象だった。でもそんなにスーツケースに空きがあるわけでもないし、こういうザ・お土産をあげる相手も思い浮かばなかったので、眺めるだけ、という気持ちでぶらぶらした。小さくてかわいい貝のお皿を2枚だけ買った。観光地と違って、店の人があんまりしつこく話しかけてこないので歩くのが楽だった。
だいぶひとしきり、全フロア見終わったので、建物を出て、路上の市場のなかを歩いた。この臭さ〜!と思ってそちらをみるとやっぱり肉が売られている。こういうのともしばらくお別れだ。山のように積まれた野菜や果物。狭すぎる道を無理やり進む過積載のバイク。とにかくたくさんの人。人。人…。さすがに息が詰まるし少し疲れたので、少し抜けたところへ逃れて、ちょっと調べたらそばにカフェがあったので行ってみた。一階が文房具屋になっていて、二階がカフェという作りで、おしゃれで清潔だった。若者がパソコンを広げたり宿題を広げたりして思い思いに過ごしており、なかなかいい場所だった。のどが乾いていたのでアイスコーヒーと迷ったけど、GulaArenの文字を見つけて恋しくなって、Gula Arenの入った甘いコーヒー牛乳をのんだ。それほど冷房が効いているわけじゃないけど、かなりマトモなお手洗いも借りられたし日焼け止めも塗りなおせたしスマホも充電できたし、一階の文具売り場でガムテープも手に入った。最後の最後で現金が足りなくなりそうだったので調べたら、ATMがこのカフェのすぐそばにあった。すっごい順調だ〜!できればここでお金を下ろさずに乗り切りたかったけどまあ、また来るだろうから、現金が余っても問題ないです!
ここで一度、宿に戻った。軽くシャワーを浴びて着替えて、パッキングを完成させてチェックアウト。スーツケースの隙間に、山で食べた思い出のあるココナッツウエハースのお菓子(近所のワルンで箱買いした)がぴったり収まって嬉しかった。夜の飛行機に乗るので、それまで荷物を置かせてください、とホテルの人にお願いして、再び軽い装備でビーチへ出かけた。アディットの仕事が終わるまで浜を北の方へひたすら歩いて過ごした。途中の屋台で買った瓶のジュースがあんまり美味しくなかった。
夕方、日が暮れる頃に無事にアディットと合流。最初にバリに来た夜に行ったのと同じ安くて賑やかな屋台村に行って、そこで思い思いのものを食べた。わたしは野菜が食べたかったのでGadoGadoみたいなの(野菜とピーナッツソースon米)が食べられて嬉しかった。フルーツジュース屋で、ミックスジュースのカスタマイズをアディットがやっていたのでわたしも真似した。そういえばギャリーはジャカルタに帰ったの?と聞くと、さあ?という感じだった。距離感わかんないなwwと思いつつ、3人いると2人が喋っちゃってわたしは黙ってる、になりがちだったので、2人で話せてよかった。
もうぼちぼち行かなきゃね、そうだお土産があるから!一瞬うちに寄っていいかというので、ホテルに戻る前にアディットの下宿先に寄った。わたしは門のところでバイクと一緒に待った。慌てて階段を降りてきたアディットの手には、かき集めてきた!!という感じでステッカーやキーホルダーやTシャツ(ぜんぶ彼の作ったもの)が抱えられていて「好きなの選んで!」ってことかと思ったら全部くれた。多いwwwと笑っちゃいつつも、ここ数年ずっとSNSごしにみていた絵柄の変遷と、最近作っていたTシャツ、あーこのステッカーもインスタで見た!などがいっぱいあって、うれしかった。でも、あんまり時間がないので喜ぶのもほどほどにして、全部をTシャツの入っていた袋に慌てて詰め込んで、ホテルまで送ってもらった。
車道からホテルの敷地へ入るところの道で、またね〜!と挨拶をして別れた。が、何歩か歩いたら、さっぱりしすぎていた気がして、戻ってハグした。普段あんまり考えない自分の背の低さがよくわかる。絶対にまた会おうね!と言って顔を見たら、アディットはめちゃめちゃ泣いていた。ちょっとおもしろいくらい号泣していて、そんなびしょびしょに泣かれるとこっちはなんか笑っちゃうんよ、、、Sampai jumpa lagi(また会おうね)と、言葉はもうシンプルなのしかわかんないけど、繰り返すことと声色で、なんとか気持ちを伝えたつもりにして、ちょっと急いでいるのを言い訳みたいにして、小走りでホテルの門へ、細い路地を小走りになって去った。
自分に「去った」っていうのは変だけど、そういう感じだった。けっこう爽やかに去れたと思う。
実際、そんなに急ぐ必要はなかったのだけど「行かなきゃ!」という気分で妙に心が急いていて、慌ててタクシーを呼んだ。呼んだらすぐに来た。ホテルの人に穏やかに見守られながら、あっさり車に乗り込んだ。このくだりが一瞬すぎてスポーツみたいだった。
タクシーに乗ってからは、もう、あっけないほど早かった。そもそもサヌールはデンパサールの空港までとても近いし、道も混んでおらず20分くらいで着いた。そのままの勢いでチェックイン、保安検査、と行きたかったが、飛行機が遅れていたんだっけ、それとも全然焦る必要なんかなかったんだっけ、忘れちゃったけど1時間くらい、チェックインカウンターの近くで待つ時間が発生した。座れる場所がなくてつらかった。夕方に買ったお菓子を食べて空腹を(空腹の才能ありすぎ)しのいだ。なんだっけ、待っているあいだに左にいた人に話しかけられた。子連れの、ちょっと感じの悪い(失礼)家族に列を抜かされたけど別にいいやと譲ったら意外にも感謝された。その後のチェックインや保安検査場をぜんぶインドネシア語で突破できて嬉しかった。お土産もサクッと買ったけど、乗る直前で飛行機が遅れているとアナウンスがあり、1時間半のロス、ビールを飲んで待った。ゲート変更もあるというので空港の絨毯の上をひとしきり歩いた。来た時もこんな感じだったな〜と思い出した。その後、無事に飛行機に乗れたけれど、誰かの食べ物の匂いがキツくて食欲がなくなり、ぐだぐだの体調のまま着いたマニラでの乗り換え。ビール好きな友達にお土産にしようかな〜と思ってバリの空港で買ったクラフトビールはマニラからの機内に持ち込めず没収された(解せない)(そしておそらくここでお気に入りのサングラスを落とした…)。しかも次の飛行機は遅れに遅れ、最終的に半日くらい待たされ、情報が新しくなるたびにお菓子や水やサンドイッチをもらった。いつどのように変更になるかわからないので空港内を動き回ることもできず、ひたすらベンチで待ったのでとても疲れた。ともかく、やっとの思いで5月30日、日付もいつのまにか変わった夕方、日本に着いた。
たまたま近くで仕事をしていたパートナーが空港まで車で迎えに来てくれた。とても疲れていたのでかなり助かった。車でちょっと行ったところの彼の現場をちょっと見て、コットで休ませてもらって仕事の終わるのを待ってからスーパー銭湯に行って、そこのレストランで山菜の載った温かい蕎麦を食べてから帰った。5月末の日本はインドネシアよりもだいぶ寒かった。帰国後即、風呂と蕎麦、大正解でした!ありがと〜!ただいま〜!
5/25(土)
気合いで起きた!時刻は4時。まだ日の出前。目だけ洗ってマスクをして身支度ってことにして、荷物をまとめた。すでにカルトゥンさんも起きていて、他のみんなが寝ているので、わたしたちは黙って「ニヤリ」という感じで目だけ合わせて、悪巧みでもしているみたいにサッと出発した(こういうノリがいちいち良い…)。全員を起こすのはさすがにできないにしても、一番お世話になったタフタには挨拶したかった。が、なぜか姿が見当たらなかった(※ほんとうに謎)ので諦めて、やや過積載ぎみのバイク1台で山の家を後にした。
明け方の、暗い時間帯なので空気は冷たかった。Dingin(寒い)!!と叫んでそれで笑ったりしながら、1時間ほどかけてカルトゥンさんの家に到着。カルトゥンさんが玄関の外のタイルのところ(ジャワの家って高確率でこういうスペースがあって、日本で言う縁側みたいな役割を果たしている印象)にわたしのスーツケースを持ってきてくれた。ご実家の他の家族を起こさないように家の外で黙々とパッキングし直した。山の家に持って行っていた一週間分の荷物と、カルトゥンさんの家に置かせてもらっていた大きなスーツケースを組み合わせて詰め直すのだ。すでに時刻は5時過ぎ。飛行機は7時なので、国内線とはいえ、ちょっと焦る。大急ぎで荷物をまとめ、なけなしの梱包材でギターを包む。(ガムテープを借してもらった)荷造りが終わる少し前にアプリでタクシーを呼んでおいたら、ちょうどいいタイミングで来てもらえた。
カルトゥンさんとは、2018〜19年にわたしがスマランに半年いた時にかなりの偶然で知り合って、その時も今回も、本当にあらゆる世話を焼いてもらった。おもしろい場所にたくさん連れて行ってくれたし、すてきな人たちに会わせてくれたし、楽しいことを一緒に計画して実行した。わたしのボロボロの英語とノリしか合ってないインドネシア語に、いつでも最も辛抱強く付き合ってくれたのは彼だ。本当に感謝しかない。今回マジであなたのおかげでサイコーでした、と言ってハグして別れた。「Aoiのインドネシア滞在はいつでも最高でしょ!」アハハまじでそう、ほんとまた会おう。絶対に元気で!みんなにもよろしくお伝えください!
カルトゥンさんの家は空港からかなり近いところにあって(純粋にラッキー)、タクシーに乗ったら13分くらいで着いた。チェックインカウンターで自分の搭乗する便を探すと、Boading timeが06:33と表示されていた。は???早まっている………?!??しかも発券したら06:30と書かれていた。ええ〜??遅れるならわかるけど国内線が早まることあるんだ????それともわたしが何か勘違いしている????
とにかく、間に合うけどギリギリだし朝ごはんを食べる時間は完全にない。悲しい。しかも、わたしはうっかりハサミを手荷物に入れたままにしてしまっていて、保安検査でひっかかり「そのリュックにハサミをしまって、追加料金を払って預け入れ荷物にしたら乗れる」と係員からアドバイスをもらったので、大急ぎでパソコンなどの機器をエコバッグ(あってよかった)にいれて手荷物にし、ハラハラしながらカウンターに戻って経緯を説明し、リュックも預けた。一応なんとかなったけど、この時に英語でどう言ったかマジで思い出せず奇跡のように感じる…。
飛行機には間に合った。座ってすぐに寝て、目が覚めたらバリだった。
今日はホテルをとっておらず、友人のいない友人のアパートに一泊させてもらう。アディット(同い年の友達。5年前に知り合った時は大学卒業直後でジョグジャカルタに住んでいたけど、現在は就職してバリ勤務。銭湯で演奏した時のライブ音源(サブスク配信中です)のジャケットのイラストを描いてもらいました!)にバリに行く日付を伝えたら「その日だとまだ出張から帰ってきてないや、ってか俺の部屋せまくて汚いけど使って良いよ!」とのことだったので、ご厚意に預かることにした。一泊でも宿代が浮くのは正直いって助かる。明日アディットが帰ってくるので、それからは帰国の日までホテルに泊まる計画だ。
ひとまず、朝ごはんが食べたい。預けた大きな荷物をベルトコンベアーから引っ張り上げて、ゴロゴロ引きずりながら食べ物にありつけそうな店を探して歩く。いろんな店があんまりしっくりこなくて、すぐに空港の建物の外まで来てしまった。道を渡ったところに商業施設があって、その一番手前に窓の大きなA&Wがあった。山から急に空港に来た時点で、あまりの環境の違いと焦りと疲れで何かが狂った感じがあり、急に都会的なハンバーガーと変なコーラ(※ルートビア)とポテトに強烈に惹かれてしまい、それらを朝食とした。朝9時。五感がグラグラした。ハンバーガーには、スナック菓子みたいにカリッカリに焼かれたベーコンが挟まっていて、これはインドネシアっぽいアレンジなのかもと思った。※インドネシアの人たちはサクサク食感が好きすぎるため、食事にすらスナック菓子を添える。(タイ料理とかにもついてくるエビせんべいみたいなアレです、総称をクルポックといいます)
今日は本当に移動するだけの日で、他に予定がない。全然急いでいないので、タクシーの値段を比較して慎重に選んで乗ってみようと思い、いくつかのタクシー会社のブースで値段を聞いて回った。ングラライ空港オフィシャルタクシーの先払いシステムが無難な感じがしたので、それで向かうことにした。
タクシーの運転手がとてもフレンドリーに話しかけてくるタイプだったので、疲れていたけど色々喋った。バリ出身だそうだ。普通に良い感じの人だな、と思っていたが、終盤で「道がわからないから案内して」と言われ(出身地ちゃうんか〜い、アプリ見てくれ)、わたしだって全然わかんないのに気合いでナビした。降りるタイミングでチップを要求され、いくら欲しいのか聞いたら50,000ルピアという。昨日まで、一食10,000ルピア未満で満足な食事ができるジャワの田舎にいた人間からすると、それはあまりにも外国人観光客向けの価格で、なんかかなりムカついてしまった(※今思えば、ムカつくようなことではない)ので、30,000ルピアだけ払って降りた。疲れと緊張で気が立っていたし、飛行機に乗る時に重量の超過料金と後から加えた手荷物などで既に2700円くらい払っていたし、ハンバーガーも高かったし、急にビュンビュンお金が飛んでいっていて気持ちが乾いていた。
ともかく無事にアディット宅に着いた。敷地の入り口の重たい門を開けると、ちょっと広くなった庭のようなスペースに数台のバイクが停めてあった。建物は2階建てで、10戸くらいの単身者向けアパートだった。自分と同い年くらいの女性が庭に出ていて目が合ったので「アディットの友達です」というと「上の階だよ」と教えてくれた。
最後のひと頑張りで2階に上がる外階段を二往復して荷物を上げた。玄関先のすみっこに、メッセージで送ってもらった写真と同様に丸っこい石が置かれていて、その下に鍵があった。若干建てつけが怪しかったけど、ドアが開いた。ほんとに寝るためだけに帰るような、小さなワンルームだった。生活感が残りまくっていて、なんだか泥棒に入ったような気分だった。作り途中のミニラグ(かわいい)とか、描いた絵(リソグラフの作品、かわいい)とか、デザインしたピザ屋の箱(かわいい)、大量の服などが所狭しと、貼られたり置かれたり積まれたりしていた。アディットに「着いたよ、部屋お借りします」と自撮りを添えたメッセージを送った。
いくつか買い物がしたいし洗濯物も溜まっているので近くのランドリーに行きたいが、だいぶヘトヘトなので一旦、仮眠を取りたい。その前にシャワーを浴びよう…と靴下を脱いだら、足首の水脹れがビー玉くらいの大きさになっていた。
ここまであんまり書いてこなかったが、一週間前くらいから良くなったり悪くなったりしていた「腕と足の虫刺されが水脹れになったところ」は、この時、最もひどい状態になっていた。このコンディションで昨日の(昨日の?!)MV撮影を乗り切ったのは、かなりの頑張りだったと思う。実はあんまり映像に写っていないほうの腕が悲惨な状態だった。(※わたしも頑張ったけど、アルゴも完全に正しい気遣いと共に撮ってくれていました、ありがとう…)
ズキズキするなあと思ってはいたが、足首のこれは見た目がかなりキモい。足首にビー玉くらいのサイズの、体液で満たされた球がくっついている。キモすぎる。さすがにこのサイズの水膨れが知らないあいだに潰れると困るので、安全ピンで潰して、よく洗って薬を塗って絆創膏を貼った。ジョグジャからスーツケースに入れっぱなしにしていた大量のティッシュ(到着してすぐ買った、1kgくらいのBIGサイズのもの)をだいぶ消費したし、キャンプの帰りに買い足したボディソープも大活躍した。水脹れの中身を触った手で唇や目に絶対に触りたくない(先週、おそらくそれでウイルスだか菌だかが移って唇が腫れてしまったのだけど、焦って朝からビタミンとか飲んでいたら当日中に引っ込み、ライブ直前に鏡をみたら大丈夫になっていた/やっぱりわたしはコンディションを間に合わせる才能がある…)ので、ここからの数日は<患部をまめに石鹸で洗い流す><薬を塗ったら手を洗う>を徹底した。(後日談:帰国後すぐ治りました、痒みだけ1ヶ月残ったけど)
体をきれいにして、ちょっと寝て、15時過ぎに歩いて町へ出た。Googleマップで調べた最寄りのランドリーに服を預け、Babi Guling の店が近くにあったのでそこへ向かった。Babi Gulingというのは、バリ風の子豚の丸焼きである。ジャワは90%くらいの人がイスラム教徒なので、豚を食べる習慣がない。しかし、バリには「バリヒンズー」と呼ばれる独自のヒンズー教文化があり、伝統的な豚の料理がある。儀式の一環として豚の丸焼きを作ってみんなで食べたりすることも度々ある。これが普段の食事にも食べられるレストランが、街中にたくさん見られる。
せっかくバリに来たからバビグリンを食べようという気持ちで、たまたま近くにあった店に入っただけだったのだが、ここのBabi Gulingがめちゃくちゃ美味しかった。豚の皮とその下の脂身をパリパリに焼いたのとか、肉ももちろん美味しかったけど、付け合わせの野菜も美味しくて、一皿の栄養と味のバランスがとてもよかった。
閉店間際で串焼きがないけどいい?と聞かれて、頷くしかないので頷いたけど、明日きたら完全な状態のセットが食べられるってことか…。また来ようかなあと思いながら店を後にした。
腕や脚のビー玉水膨れなどをなんとかする飲み薬や絆創膏などを薬局で買い足し、暇なのでなんとなく海に向かった。道すがら、お祈りをした痕跡(チャナンと呼ばれる、花などの御供物が載ったバナナの葉の小さなお皿。一日に数回、これと一緒に線香を炊いて祈る)がいくつか見られた。バリだな〜。カイトがたくさん上がっていて、空をふわふわ浮かんでいた。
海に着くともう夕方で、風がやや肌寒いくらいだった。屋台が出ていたので、天ぷらのピーナッツソースがけを買った。可もなく不可もない味だった。道中で買ったスポドリとタバコと板状のプリッツみたいなお気に入りのお菓子(5年前ずっと食べていた)もあったので、ひとしきり石の上に腰掛けて、家族連れや若者のグループがワイワイ、海水浴や凧揚げをしているのを眺めて30分くらいモグモグぼんやり時間を潰した。
帰り道にフルーツジュース屋があったので、店頭でグァバジュースを飲み干した。もう今日の夕飯はこれでいいや。水浴びの時に髪をあげておくためのバンスクリップが壊れていたので、途中にあった化粧品などを売っている店で100円くらいのを買った。その後、路上でおばあちゃんに話しかけられ、そのままジャガイモ粉で作った40円くらいのドーナツを半ば強引に買わされたのだけど、これがものすごい甘さで凄まじかった。美味しいとか不味いとかのずっと手前に「甘い」がくるくらい甘かった。わたしは嫌いじゃないです。ランドリーに預けた服も無事に回収できた。山の日々から一転、急に買い物しまくってたくさんお金を使った。不思議な感じがした。
腕や脚のビー玉水膨れなどをなんとかする飲み薬や絆創膏などを薬局で買い足し、暇なのでなんとなく海に向かった。道すがら、お祈りをした痕跡(チャナンと呼ばれる、花などの御供物が載ったバナナの葉の小さなお皿。一日に数回、これと一緒に線香を炊いて祈る)がいくつか見られた。バリだな〜。カイトがたくさん上がっていて、空をふわふわ浮かんでいた。
海に着くともう夕方で、風がやや肌寒いくらいだった。屋台が出ていたので、天ぷらのピーナッツソースがけを買った。可もなく不可もない味だった。道中で買ったスポドリとタバコと板状のプリッツみたいなお気に入りのお菓子(5年前ずっと食べていた)もあったので、ひとしきり石の上に腰掛けて、家族連れや若者のグループがワイワイ、海水浴や凧揚げをしているのを眺めて30分くらいモグモグぼんやり時間を潰した。
帰り道にフルーツジュース屋があったので、店頭でグァバジュースを飲み干した。もう今日の夕飯はこれでいいや。水浴びの時に髪をあげておくためのバンスクリップが壊れていたので、途中にあった化粧品などを売っている店で100円くらいのを買った。その後、路上でおばあちゃんに話しかけられ、そのままジャガイモ粉で作った40円くらいのドーナツを半ば強引に買わされたのだけど、これがものすごい甘さで凄まじかった。美味しいとか不味いとかのずっと手前に「甘い」がくるくらい甘かった。わたしは嫌いじゃないです。ランドリーに預けた服も無事に回収できた。山の日々から一転、急に買い物しまくってたくさんお金を使った。不思議な感じがした。
5/26(日)
朝のつもりで起きたらもう昼前だった。遅めの朝ごはんは昨日のバビグリンにしようと思い、日焼け止めだけ塗って家を出た。かなりしっかりと暑くて、時々立ち止まっては昨日買っておいたペットボトルの水を飲みながら歩いた。観光客っぽい感じに見られるのを承知で日傘をさした。
バビグリン屋のおばちゃんたちは、昨日来たばかりの外国人がまた来たからだろうか、なんだかフレンドリーだった。昨日は閉店間際で無かった串焼きも今日は載っていて、この店のフルバージョンの一皿にありつくことができた。ここ、何気に名店な気がするので、バリのサヌールに行くことがあればぜひ行ってみてください(https://maps.app.goo.gl/hpuiED21PB5vZTyMA)
美味しいから今日も来ちゃったんだ、と言ってニコニコ会計して店を後にした。
明らかにゴミだろうというものは一緒に捨てておく、くらいのざっくりした掃除をして、アディットのアパートを後にし、さくっとホテルに移動してチェックイン。ホテルはめっっっっっっっっちゃ快適だった。家族経営の小さなホテルで、上品なおばちゃんが対応してくれた。室内はとても清潔で、ひとつの建物の1階と2階がひとつずつ客室になっているスタイルだった。私の部屋は一階で、フロントの目の前の部屋だったので防犯的にも荷物運搬的にもベストだと思った。感謝…。よく効くエアコンと真っ白で全然臭くないシーツとタオル、そしてドライヤーがあった。うおー!1ヶ月ぶりのドライヤーだ!
シャワー(1ヶ月ぶりくらいにお湯のシャワー!)を浴びて、ひとしきりボンヤリ休んで、もう早めの夕飯くらいのタイミングだったので、出張から帰ったアディットと合流することに。なんとギャリー(ジョグジャとスマランのライブにも来てくれた、ジャカルタ在住の友人)も来ている!というので、3人でご飯を食べる。有名な夜市があるというので、そこに集合することになった。わたしはバイクタクシーで向かった。久しぶりに友達に会えるのも、久々にドライヤーが使えて髪の毛がサラサラなのも嬉しかった。
屋台村で二人と合流して、とりあえず腹ごしらえをした。ギャリーはもはや「ひさびさ」感がないし、アディットにもすでにジョグジャについてすぐ会えているので、この日の再会にはたいした感慨はなく、普通に「ヨッシャ〜〜」みたいな感じだった。
食後、ちょっとつまめるものを買い足して、なんとなく浜辺に行った。二人はゆるいムスリムなので、普通にビールも飲む。近くの屋台で「高っ」と小声で言いながら瓶のビンタンビールを買って、真っ暗でなんにも見えない海の近くにあるベンチに座ってちょっと凍えながら3人で飲んだ。夜風はけっこう寒かった。ギャリーは数年前に日本に来たことがあって、わたしは東京でライブできそうな場所を紹介したりそれを聴きに行ったりしていたのだけど「あの日のライブの後、オーナーと飲みに行ったら飲みすぎてベロベロになってしまって次の日に乗った大阪行きの新幹線がとてもつらかった」「日本の人、お酒強すぎ……」という笑い話を聞いたりした。あと、先月のジョグジャであった音楽フェス(わたしは山にいて行きそびれた)で暴力沙汰に巻き込まれてやばかったという話の真実など……(彼が無実だとわかるまで警察署でスマホを取り上げられて一週間過ごしたらしい)(そういえば彼は東京のライブ当日もなかなかトラブル満載だった)(色々と心配)
そばに海亀の子供を保護して育てている施設があったので、3人でそれをちょっと見て、アディットは明日も仕事だし、ということで健康的な時間にサクッと解散した。明日はライブです!
5/27(月)
海からのぼる朝日が見てみたかったので、頑張って早起きした。わたしが滞在している宿は、ビーチまで歩いて5分くらいだ(ただしオーシャンビューではなく、そのぶん安い)。が、一番の近道を行こうとしたら、路上に野犬が2匹いて、野犬は病気を持っていそうで怖い(アディットにも「君が走ると犬も走るから怖くても走っちゃダメだよ」と言われていた。私が走ると犬も走るの、ちょっとおもしろい、やらないけど…)で到底近づけず、だいぶ回り道をすることになった。やっとの思いでたどり着いたビーチは、まだ暗いけどはっきり諦めがつくくらい雲が多く、朝日なんてとうてい拝めそうになかった。一応、遠回りついでにコンビニで買ったパンをかじって砂浜にあったブロックに座って待ったが、少し明るくなってきた頃に宿に戻って二度寝した。
この日のランチは、仕事の昼休みのアディットと合流することになった。せっかく来てるから!というシンプルな理由で、いちいち一緒にご飯を食べてくれるのがただただ嬉しかった。彼はいま仕事でバリに滞在しているけど、ジャワ出身なので、結局ここがおいしくてさあと、ジャワ料理の食堂に連れて行ってくれた。この店もほんとに美味しかったです!(https://maps.app.goo.gl/D8LcFpnLZErh6DH38)
普通にちゃんと美味しいジャワ料理屋だった。できているおかずの大皿がカウンターのガラス越しにずらりと並んでいて、そこから好きなのを選んで、お店の人に米と一緒に皿に盛ってもらって食べる王道のスタイルなのだけど、盛り付けた人が値段の書かれた札(カウンターの内側の柱に値段ごとに色の違う札が何種類もバーッとかけてある)をレジの人に渡して仕事を分担しており、このシステムがとてもわかりやすくてよかった。外国人観光客に向けて仕組みを作ったのかもしれないけど普通の納得価格だったし、とても賑わっていて雰囲気のいい店だった。
ランチを済ませて、アディットが「僕の仕事場を案内する!」というので彼の仕事場に向かった。食堂からバイクで2分くらいの場所だった。海の環境保全と観光プランナーを兼ねているような会社で働いているようで、敷地のなかにいくつか建っている建物のうちの一つに、この辺りに生息している海の生き物や、環境保護のためのさまざまな取り組みを紹介する展示があった。ちょっとした博物館みたいな感じだ。海洋廃棄物を使った美術作品などもいくつかあった。小中学生が校外学習で来たりするらしい。展示のなかにはアディットが担当したコーナーもあって、ワクワクした感じでひとしきり説明してくれた。たくさん写真を撮った。
わたしは、出会った5年前当時、音楽とアートとたけし映画が好きなおしゃれ大学生だった彼が、ペンタブがないのでマウスで絵を描いていたあの彼が、絶対に暑いのにたぶんオシャレってだけでセーターを着てきてすぐ脱いでいた彼が、今じゃこんな立派な仕事を、しかも楽しんでやってんだ、というのが感慨深かったし、その姿を見せてもらっている状況がまるで親戚か何かみたいで、とてもうれしかった。誇りを持って楽しんで働いているみたいで何よりです本当に……
アディットは海洋生物のなかではマンボウ(Molamola)が一番好きらしく、展示や映像でマンボウが登場するたびにニコニコして「いつか海でマンボウに会いたいんだ〜」と言っていた。たまに仕事のリサーチや趣味でダイビングをやるらしい。インドネシアの海、良さそう〜!わたしはまだ潜ったことがない(海はこの国の観光資源のひとつのはずなのに、5年前も今回も山ばっかり行ってる)けど、次こそは…
ひとしきり案内してもらって解散。彼は仕事に戻り、わたしはおすすめされた美術館とアイスクリーム屋さんに行くことだけ決めて、徒歩で散策を開始した。
サヌールのビーチ付近はかなり観光地エリアで、本当に白人が多い。アジアからの観光客はほとんど見かけなかった。ここはヨーロッパか??と思うほどだ。アイス屋に入った時、一人だけ日本人らしき女性が同行者と英語で話しているのを見かけたくらいで、ここはどこ?という気分だった。どこも同じようなお土産屋や自然派っぽくて微妙に高価なブティックなどが並ぶばかりだ。少し歩いたけど、こういう場所は1人ではあんまりおもしろくないので、すぐミュージアムに行くことにした。Le Mayeurという画家の記念ミュージアムで、ここがとてもよかった!
Le Mayeurはベルギーの画家で、1932年にバリを訪れてその文化や自然に魅せられて移住し、こちらで出会った女性と結婚した。ミュージアムは、生前に彼が住んでいたバリ式の古い建物を敷地ごと使っていた。壁や内装などは当時のものをなるべく残しつつ整備され、壁にいくつもの作品が展示してあった。
それらの絵画は、日本の美術館やギャラリーで見るようなきれいな状態では全くなく、けっこうボロボロだった。キャンバスに描かれたものが大多数だったが、網目の荒いゴザのようなものに墨一色で描かれた作品なども多くあり、全ての作品の保存状態が、はっきりいって悪かった。こんな浜辺にあってガラスケースにも入っていないし部屋の湿度や温度の調整も特にしていない様子なので、今後もどんどん劣化していくだろうというのがじゅうぶんに察せられた。しかし、そんなこととは全く関係なく、そこに残った跡━━それはもう絵画というより「痕跡」に近かった━━から、わたしは目が離せなかった。短く言えばとても良い絵で、描いた人も描かれた人も、確かにそこに生きていたんだ、という感じがした。
彼の絵には、たくさんのバリの人々の姿が描かれていた。踊り子の姿も多かったが、祭りの儀礼の様子や、たしか農作業の姿もあったと思う。そして、その筆致が、いわゆるバリの伝統的な絵画とは全く違って、西洋の、いわゆるデッサンが基本にあるような描き方なのだった。わたしはこちらのほうがかえって見慣れているし、こういう描き方だと、筋肉のつき方や動きをコマで割った時の前後の像みたいなものが、映像的にいきいきと捉えられる。わたしがアジア人なのに西洋絵画風の筆致にしっくりきちゃうのとか、まあモヤモヤする部分もあるんだけど、でも、かなり感動した。ちょっと目の奥がツンとした。わたしの他にお客さんがいなかったのもよかった。時間がちょっと止まって、自分の態度が切り替わるというか、心が動かされているのがわかった。
うれしいような気持ちだった。今わたしは外国人として異国で過ごしていて、見るもの聞こえる音、すべてが新鮮に感じ、それがすごく魅力的で心底楽しいが、その反面「これって外国人の視点なんだよなあ」という気分があった。ずっとうっすら寂しく、少し後ろめたいように思っていた自分のモヤモヤについて、そういうもんだよ、それでいいよ、と言ってもらえた気がした。
ヨーロッパからアジアへやってきたこの画家も、きっと「おれの目はベルギー人の目でしかない」と思いながら自分なりの感動を、自分なりの筆致で残したんだろう、と勝手に想像して、わたしもこの目でここで見たものを、自分なりの筆致で残していいんだ、と思った。そうするしかできない…。否、そうすることならできるはずだ。
古いバリの家は、かなり扉が小さく、部屋も狭かった。天井も低い。かなり太った人だったら本当に通れないくらいの、細長い両開きの扉で部屋同士が仕切られていて、部屋ごとに「当時は〜に使われていた」といった解説があった。そういうのを含めてばーっと観て、閉館時間が迫っていたので外に出た。建物を出るとすぐビーチだ。
ミュージアムでの体験がなかなか重いパンチだったので、その興奮をスマホのメモ帳やSNSに書き留めるなどした。
ひとしきり案内してもらって解散。彼は仕事に戻り、わたしはおすすめされた美術館とアイスクリーム屋さんに行くことだけ決めて、徒歩で散策を開始した。
サヌールのビーチ付近はかなり観光地エリアで、本当に白人が多い。アジアからの観光客はほとんど見かけなかった。ここはヨーロッパか??と思うほどだ。アイス屋に入った時、一人だけ日本人らしき女性が同行者と英語で話しているのを見かけたくらいで、ここはどこ?という気分だった。どこも同じようなお土産屋や自然派っぽくて微妙に高価なブティックなどが並ぶばかりだ。少し歩いたけど、こういう場所は1人ではあんまりおもしろくないので、すぐミュージアムに行くことにした。Le Mayeurという画家の記念ミュージアムで、ここがとてもよかった!
Le Mayeurはベルギーの画家で、1932年にバリを訪れてその文化や自然に魅せられて移住し、こちらで出会った女性と結婚した。ミュージアムは、生前に彼が住んでいたバリ式の古い建物を敷地ごと使っていた。壁や内装などは当時のものをなるべく残しつつ整備され、壁にいくつもの作品が展示してあった。
それらの絵画は、日本の美術館やギャラリーで見るようなきれいな状態では全くなく、けっこうボロボロだった。キャンバスに描かれたものが大多数だったが、網目の荒いゴザのようなものに墨一色で描かれた作品なども多くあり、全ての作品の保存状態が、はっきりいって悪かった。こんな浜辺にあってガラスケースにも入っていないし部屋の湿度や温度の調整も特にしていない様子なので、今後もどんどん劣化していくだろうというのがじゅうぶんに察せられた。しかし、そんなこととは全く関係なく、そこに残った跡━━それはもう絵画というより「痕跡」に近かった━━から、わたしは目が離せなかった。短く言えばとても良い絵で、描いた人も描かれた人も、確かにそこに生きていたんだ、という感じがした。
彼の絵には、たくさんのバリの人々の姿が描かれていた。踊り子の姿も多かったが、祭りの儀礼の様子や、たしか農作業の姿もあったと思う。そして、その筆致が、いわゆるバリの伝統的な絵画とは全く違って、西洋の、いわゆるデッサンが基本にあるような描き方なのだった。わたしはこちらのほうがかえって見慣れているし、こういう描き方だと、筋肉のつき方や動きをコマで割った時の前後の像みたいなものが、映像的にいきいきと捉えられる。わたしがアジア人なのに西洋絵画風の筆致にしっくりきちゃうのとか、まあモヤモヤする部分もあるんだけど、でも、かなり感動した。ちょっと目の奥がツンとした。わたしの他にお客さんがいなかったのもよかった。時間がちょっと止まって、自分の態度が切り替わるというか、心が動かされているのがわかった。
うれしいような気持ちだった。今わたしは外国人として異国で過ごしていて、見るもの聞こえる音、すべてが新鮮に感じ、それがすごく魅力的で心底楽しいが、その反面「これって外国人の視点なんだよなあ」という気分があった。ずっとうっすら寂しく、少し後ろめたいように思っていた自分のモヤモヤについて、そういうもんだよ、それでいいよ、と言ってもらえた気がした。
ヨーロッパからアジアへやってきたこの画家も、きっと「おれの目はベルギー人の目でしかない」と思いながら自分なりの感動を、自分なりの筆致で残したんだろう、と勝手に想像して、わたしもこの目でここで見たものを、自分なりの筆致で残していいんだ、と思った。そうするしかできない…。否、そうすることならできるはずだ。
古いバリの家は、かなり扉が小さく、部屋も狭かった。天井も低い。かなり太った人だったら本当に通れないくらいの、細長い両開きの扉で部屋同士が仕切られていて、部屋ごとに「当時は〜に使われていた」といった解説があった。そういうのを含めてばーっと観て、閉館時間が迫っていたので外に出た。建物を出るとすぐビーチだ。
ミュージアムでの体験がなかなか重いパンチだったので、その興奮をスマホのメモ帳やSNSに書き留めるなどした。
今日はもうすでにだいぶ充実しているが、夜に違う街まで行ってミニライブをやらせてもらうことになっているので、一旦ホテルに帰った。
夕方。アディットとはすぐ約束の時間に合流できたのだが、あとの2人(ライブに出演予定のギャリーと、アディットの友人のアッコさん)がなかなか現れなくて出発が大幅に遅れた。そのうえ道が混んでいて、ゴリゴリに遅刻した。会場は、アディットの友達の友達くらいの距離の人の所有している、めっちゃいい感じのスタジオだった。2階が音楽スタジオ、3階がダンススタジオになっていて教育機関でもあるらしく、主にそこの教え子たちがお客さんとしてきてくれた。凍えるくらいクーラーが効いていた。
到着して早速準備にとりかかるのだけど、足元に置いてくれていた返しのスピーカーのそばにチャナン(バリのお祈りに使う、バナナの葉っぱでできたお盆にお花や小さいお菓子やタバコなどのお供物がのったもの)が置かれていて、あまりにもバリだった!これにはかなりグッときた。あと開場中だったか、何かのタイミングでSENYAWAの曲がかかっていて、わたしへの目配せみたいなものを感じた。多分わたしがルリーの知り合いだってアディットが伝えたんだろうな…
演奏は、かなり集中してけっこう良い感じにできたのだけど、MC(カタコトインドネシア語とオワった英語)に全く反応がもらえなかった気がしてめちゃくちゃ不安だった。が、終わってみたら大丈夫だったっぽかった。何人かのお客さんは終演後に話しかけてくれたし、アディットは目を真っ赤にしてウルウルしていた。こっちが泣きたいくらいだよ!!ありがとう…
イベントが終わった後、もう22時くらいだったけど喫煙所みたいなところに溜まってグダグダ過ごしたのが心地よかった。わたしもタバコを持っていたので、PAを担ってくれたジャヌさんと「銘柄が同じだ〜」とか言って喫煙者として振る舞った。
わたしの前に短い演奏を披露してくれたギャリーと、今回ほんとうに忙しいなか企画してくれたアディット(当日の18時まで例のオフィスで働いていた)と、アディットのイラストレーター仲間で日本とバリのダブルだというアッコさん(日本語が少しできる)とで、来た時と同様、Grabタクシーで帰路についた。みんなお腹が空いていたので、深夜24時だったが、アッコさんおすすめの店でカレーを食べて帰った。「辛いけど大丈夫?」とみんなに散々言われたので恐る恐る食べてみたら全然たいした辛さではなく、とても美味しい鶏カレーだった。みんながヒー!辛い!となっていたが、わたしはぺろっとカレーを食べ切って、みんながまだカレーを食べているあいだにアッコさんがプレゼントしてくれたそこそこのサイズのチーズケーキも平らげた。食欲が狂っている…(Aoiはそんな大食いには見えない…とアッコさんがびっくりしていた)
そこからサヌールまで帰る途中、タクシーの運転手に「へえ君たちライブの帰りなの」「どんな音楽やってるの」と聞かれる場面があった。助手席に座っていたギャリーが、良くぞ聞いてくれましたといわんばかりに、自分のスマホをBluetoothでカーステにつないで、Spotifyで聴けるようになったばかりのわたしの曲「Urban Port」をかけてくれた。
歌詞のなかに月が登場するあたりで、ちょうど窓の外を見たら月が出ていた。わたしは「あ、ちょうど月がきれい、でも彼らは歌詞の意味で聴いてくれているわけじゃないんだよな…、いや、むしろこれは、多分すごいことだ……」と思いながら黙っていた。ギャリーはわたしが以前一緒に対バンで演奏したΣ°))))∈の曲もかなり気に入っているといって、次にかけてくれた。この曲のここ、いいよね〜!と言っててまじわかる〜〜って思った。タクシーで曲かけさせてくれるの、あったかいな〜
無事に深夜に帰宅。
5/28(火)
昨日はかなり遅くに帰ったので、朝は10時くらいに起きた。今日ものんびり過ごす。バリ滞在はもうバカンスでしょ!とは思っていたが、あまりにもバカンスで慣れない……
ほぼ昼の時間だが、朝ごはんを食べに出発。昨日アディットが教えてくれたジャワ料理の店にもう一度行った。相変わらずおいしい。近くに若いインドネシア人男性のグループがいて、なんとなく会話内容がわかるなあと思いながら食後の一服など吸い、けっこうのんびりした。その帰り、途中にあるオシャレカフェに寄って、さっきのメシよりも高いアイスカフェオレと、ブランデーの効いたナッツのパウンドケーキ(大きい)も買った。絶対に食べ過ぎなんだけど、この時期わたしは完全に食欲がバグっていて、ほとんど食の化け物になっていました!
夕方。アディットとはすぐ約束の時間に合流できたのだが、あとの2人(ライブに出演予定のギャリーと、アディットの友人のアッコさん)がなかなか現れなくて出発が大幅に遅れた。そのうえ道が混んでいて、ゴリゴリに遅刻した。会場は、アディットの友達の友達くらいの距離の人の所有している、めっちゃいい感じのスタジオだった。2階が音楽スタジオ、3階がダンススタジオになっていて教育機関でもあるらしく、主にそこの教え子たちがお客さんとしてきてくれた。凍えるくらいクーラーが効いていた。
到着して早速準備にとりかかるのだけど、足元に置いてくれていた返しのスピーカーのそばにチャナン(バリのお祈りに使う、バナナの葉っぱでできたお盆にお花や小さいお菓子やタバコなどのお供物がのったもの)が置かれていて、あまりにもバリだった!これにはかなりグッときた。あと開場中だったか、何かのタイミングでSENYAWAの曲がかかっていて、わたしへの目配せみたいなものを感じた。多分わたしがルリーの知り合いだってアディットが伝えたんだろうな…
演奏は、かなり集中してけっこう良い感じにできたのだけど、MC(カタコトインドネシア語とオワった英語)に全く反応がもらえなかった気がしてめちゃくちゃ不安だった。が、終わってみたら大丈夫だったっぽかった。何人かのお客さんは終演後に話しかけてくれたし、アディットは目を真っ赤にしてウルウルしていた。こっちが泣きたいくらいだよ!!ありがとう…
イベントが終わった後、もう22時くらいだったけど喫煙所みたいなところに溜まってグダグダ過ごしたのが心地よかった。わたしもタバコを持っていたので、PAを担ってくれたジャヌさんと「銘柄が同じだ〜」とか言って喫煙者として振る舞った。
わたしの前に短い演奏を披露してくれたギャリーと、今回ほんとうに忙しいなか企画してくれたアディット(当日の18時まで例のオフィスで働いていた)と、アディットのイラストレーター仲間で日本とバリのダブルだというアッコさん(日本語が少しできる)とで、来た時と同様、Grabタクシーで帰路についた。みんなお腹が空いていたので、深夜24時だったが、アッコさんおすすめの店でカレーを食べて帰った。「辛いけど大丈夫?」とみんなに散々言われたので恐る恐る食べてみたら全然たいした辛さではなく、とても美味しい鶏カレーだった。みんながヒー!辛い!となっていたが、わたしはぺろっとカレーを食べ切って、みんながまだカレーを食べているあいだにアッコさんがプレゼントしてくれたそこそこのサイズのチーズケーキも平らげた。食欲が狂っている…(Aoiはそんな大食いには見えない…とアッコさんがびっくりしていた)
そこからサヌールまで帰る途中、タクシーの運転手に「へえ君たちライブの帰りなの」「どんな音楽やってるの」と聞かれる場面があった。助手席に座っていたギャリーが、良くぞ聞いてくれましたといわんばかりに、自分のスマホをBluetoothでカーステにつないで、Spotifyで聴けるようになったばかりのわたしの曲「Urban Port」をかけてくれた。
歌詞のなかに月が登場するあたりで、ちょうど窓の外を見たら月が出ていた。わたしは「あ、ちょうど月がきれい、でも彼らは歌詞の意味で聴いてくれているわけじゃないんだよな…、いや、むしろこれは、多分すごいことだ……」と思いながら黙っていた。ギャリーはわたしが以前一緒に対バンで演奏したΣ°))))∈の曲もかなり気に入っているといって、次にかけてくれた。この曲のここ、いいよね〜!と言っててまじわかる〜〜って思った。タクシーで曲かけさせてくれるの、あったかいな〜
無事に深夜に帰宅。
5/28(火)
昨日はかなり遅くに帰ったので、朝は10時くらいに起きた。今日ものんびり過ごす。バリ滞在はもうバカンスでしょ!とは思っていたが、あまりにもバカンスで慣れない……
ほぼ昼の時間だが、朝ごはんを食べに出発。昨日アディットが教えてくれたジャワ料理の店にもう一度行った。相変わらずおいしい。近くに若いインドネシア人男性のグループがいて、なんとなく会話内容がわかるなあと思いながら食後の一服など吸い、けっこうのんびりした。その帰り、途中にあるオシャレカフェに寄って、さっきのメシよりも高いアイスカフェオレと、ブランデーの効いたナッツのパウンドケーキ(大きい)も買った。絶対に食べ過ぎなんだけど、この時期わたしは完全に食欲がバグっていて、ほとんど食の化け物になっていました!
ホテルにいると、気が向いたらちょっとギター弾いて歌っちゃうとか、笛吹いちゃうとか、そういうことができない、ということにふと気づいて、あ〜〜山のあの家、本当に最高だったんだなあと思い知った。ビーチだったら歌っていても大丈夫そうだけど、なんかちょっと違う気がしてやらなかった。
ホテルにいてもしょうがないので、1人だけど果敢に海へ。といっても1人ではしゃげるほど豪胆じゃないし、水着もないし、することもないので、浜でビールを飲むことにした。多くの人が気持ちよさそうに寝ているパラソルとベンチは、やたら値段が高かったので諦めて、地元のおっちゃんぽい人が仕事の息抜きに来ている感じの小さな売店のそばのところの固い椅子に座って、ぼーっと過ごした。屋台のお姉さんに「灰皿ありますか」と聞いたら、ちょうど自分が使っていた竹を切っただけの灰皿を、友達みたいにスッと手渡してくれてちょっとおもしろかった。
大きな流木が波に打たれていたので撮ってインスタにアップしたら、タフタ(そういえば、バリへ出る朝に挨拶しそびれてごめんねってメッセージきてた、また会いに行くんで全然いっす…)が「流木いーなー」みたいなDMをくれて、めっちゃ2024年のコミュニケーションだな……と思った。距離ってなんだっけ、ないみたいじゃん。でも山の空気はここにはない。ああ、それが距離か。
この時に屋台で買ったBIGサイズのビンタンビールが本当にでっかくて、おそらく600mlくらいあり、強いタバコと一緒にグビグビ飲んでいたら全部飲み終わる頃には悪いほうに酔ってしまった。頭がものすごく痛い。調子に乗ってすんませんでした…と思いながら、真っ青な顔でビーチを後にした。なんか今日のわたし、ずっと愚かすぎないか?ホテルが徒歩5分の場所でよかった。でも、この旅の全てのイベントが昨夜で済んで、ぜんぶいい感じに終わって、本当に本当によかった!その安堵があったので、己の多少の愚行は許せた。部屋に戻ってベッドで休んだ。ベッドに横になった時はけっこうしんどかったけど、ちょっと寝たらあっさり全快したので、また散歩に出ることにした。
夕飯は、アディット情報のバリ風お粥(Bubur Bali)を食べに出かけた。もしかして売り切れてるかも…と思ったが、ありつけた。ビーチにある屋台で、けっこう賑わっていた。水着姿の家族連れや若者たちが周囲に座り込んで食べている。編んだ浅めのカゴに、片面にロウかビニールかがコーティングされている紙のお皿を載せ、そのうえにお粥を盛っていた。サラサラのスープみたいな食べ物を浅い紙皿に載せて提供されるのにはだいぶ違和感があったが、なんとかこぼさずに食べられた。カレーっぽい味の、でもさっぱりしたお粥だった。ピーナッツが載っていて美味しかった。
今日は実はひとつだけやるべきことがあった。ギターの梱包材がボロボロなので、明日の夜の飛行機に乗るまでに新調したい。まあ最悪エアパッキンはなくても、丈夫な楽器ケースだから平気だろうけど、あったほうがベターだ。
梱包材屋さん(ここもアディットに教えてもらった)へ、バイクタクシーで向かった。バイクタクシーの運転手も道があんまり分かっていなくて、わたしも分かんないのでちょっと行き過ぎた。降りて10分くらい歩いて目的地まで戻ることにした。元気なので全然問題ないです。が、戻る道中で「Molen(バナナの包み上げ、ジャワで食べたものとちょっと違うスタイルだったので気になって…)」の屋台を見つけてしまい、ごま団子とハーフ&ハーフになったセットをひと箱(Rp.10000)買った。絶対に1人で食べる量ではないんだけど、これを1人で食べちゃうんだあ〜…フハハ…
この道が、ジャワで親しんだ田舎っぽい街と似ていてなんだか気分が落ち着いた。たとえば「日本の郊外の国道沿い」みたいな、みんなが「ああ、あの感じね」と思い浮かべられる、お決まりのなんでもない、よくある感じの路上というのがインドネシアにもあって、わたしはいつのまにかそれが好きになっていたんだ、ということに気づいた。
梱包材屋に向かう途中、さらにまた寄り道してしまった。バビグリンを出している店があったのだ。バナナの皮でじょうずに三角に包んである大きめのオニギリくらいの量のものがたくさん積み上げられていて、歩道に面したカウンターの向こうには、ちょっとした屋根の下に、買ったものを食べられる簡易テーブルと椅子もあった。バビグリンの隣にはCumiと書かれたのもあった。えっ「イカめし」ってこと⁉︎ 食べたい!でもここのバビグリンも気になる!こちらへ来てすぐ食べたバビグリンとは違うかもしれない!あんまり迷わずにどっちも買った。
Cumiのほうだけ、ここで食べていくことにして、お茶も頼んだ。開けると、なんとイカめしじゃなかった。白米と小さいエビの甘辛いのだった。パッケージ(バナナの皮に、文字が印刷された白い紙がホッチキスで留めてある)にCumi Suna Cekuhって書かれていて、Suna Cekuhいうのが何かわからないけど(後日調べ:にんにくとウコンを使ったバリの調味料)それのCumiのやつかなと思ったんだけど違いました。なんで〜
なんで〜?と思いつつ美味しくいただいた。ひとりで食べていたら、店のおばちゃん2人が話しかけてくれたのでインドネシア語で返事をしたら「あらインドネシア語ができるの〜」という感じであたたかく接してくれて、しばらくインドネシア語でお喋りが続いた。どこから来たの、とか友達に会いに来てて、くらいの内容だったし、半端な言語だったけど、わたしが落ち着くのは観光地エリアじゃなくてここだ……としみじみした。会計はRp.23,000だったけど、財布にちょうどのお金がなくてモタついていたらRp.22,000に負けてくれた。あ、ありがとう…ここのおばちゃんがあまりにキュートだったので「ノリノリでセルフィーを一緒に撮って別れる」という陽キャのインドネシア人みたいなムーブを繰り出してしまった。
さあ!やっと梱包材屋についた!と思ったら、すでに店が閉まっていた。えっ、Googleマップに書かれた営業時間だとまだまだ営業中のはずなのに……、食べ歩きとかしてたわたし、本物のバカか???と情けない気分でもう一度スマホを確認すると、目的地はもう少し先の別の店だった。ほんとうにすぐの距離だった。エアパッキンを見つけたので声をかけたら、ちゃきちゃきした感じのお姉さんに「何メートルいるの」と聞かれ、ほんの一瞬だけ考えて、でも最初からそう決めていたくらいに迷いなく「3m」と答えた。彼女のちゃきちゃきのテンポを崩さずに答えられたのも、「ちょっとそこ持ってて(切るから)」と現地語で言われて「ほい」ってすぐ動けたのも、嬉しかった。
すっかり前向きな気分で、帰りのバイクタクシーに乗った。明日の夜には飛行機に乗ると思うと、何度か通ったホテルまでの道にも眺めがいがあった。
ホテルに戻り、部屋の外の縁側みたいなところでさっき買ったバビグリンを食べた。昨日のと全然ちがっていて、これも美味しい!豚のレバーがメインの一皿だった。残りのMolenと胡麻団子も完食した。なんか今日、ずっと食べてるな……。
食べ終わってタバコを吸っていたら、ホテルの人が話しかけてきて、タバコだめだったかなと焦ったが全然そんなことではなく、日本に妹が行きたいって言ってて〜みたいな話で、社交辞令かなとは思いつつ、マジの時はぜひご連絡くださいという感じでちょっと距離が縮み、そのままバビグリンのおいしい店情報を引き出すことに成功した。二軒教えてくれた。飛行機が?明日の夜の便ということは?朝と昼に行けば二軒とも食べられるな〜…ということで、明日の朝ごはんと昼ごはんのメニューがバビグリンに決まった。開店と同時に入ろうという気概で、シャワーを浴びて荷物を少し整え、ほどなくして寝た。
5/29(水)〜5/30(木)
ついにインドネシア滞在の最終日です。
朝9時オープンのバビグリンの店が、ホテルからけっこう離れた場所だったので、8時半くらいに家を出た。その店は、昨日のようないわゆる「国道沿い」みたいなのよりももっと車道が大きく、歩いている人間は誰もいないような、モールが立ち並ぶエリアにあった。新しげな大きい店だった。店の入り口を入ってすぐのガラスの向こうの厨房に、見せつけるように丸焼きの豚が一頭でんと置かれていた。すでに他の客も数組いた。
せっかくなら本気で「バビグリン食べ比べ」をするぜ!という理念をもとにメニューに載っているスタンダードな感じのものをざっくり網羅したら、中々の量が運ばれてきてしまった。インドネシアでありがちなミスなんですけど、この国で串焼きを注文すると、5本とか10本くらいの単位でくることが多い。日本みたいに一串単位で買うことはあんまりない(個人的体感)。ここでは5本だったのでセーフだった。米と、野菜などと一緒に数種類の部位の肉が盛られたスタンダードセット(※ここにも串焼きがあった)に加えて、5本の串焼きとパリパリになった皮(これは量的にはペロリだが脂質が非常に高い)を食べた。朝から食い過ぎだ〜!
あまりにも満腹なので、次の目的地のモールまで15分くらい歩いた。「スマホの保護フィルムはインドネシアのほうが安いので替えて帰るのがおすすめ」と岸さん(今回ソロとジョグジャで会えた日本人の友人、ソロに滞在中)から聞いていたので、保護フィルムを貼るのをやってくれそうなモールに向かう。一軒めのモールには服しか売っていなかったので、さらに少し歩いて二軒目へ。徒歩で移動している人間が全くいないエリアなので、なんか目立ちそうでイヤだなと思いながらさっさと歩いた。
10時くらいに着いたら、モールは開店したばかりで空いていた。ほどなくしてスマホ関連のグッズを売っている店を見つけたので店員に聞くと、あなたの機種は古いので商品がないという。が、この場でレーザーカッターで出力したフィルムを貼ることができるらしい。店頭におかれたレーザーカッターには、古今東西のあらゆるスマートフォンの画面サイズにあわせたデータが保存されており、ガラスのような強いものではなくビニールっぽいフィルムでよければ、これでできる。えっ、これは良いハイテクなのでは…?日本にもあってほしい。珍しいので面白半分でやってもらった。いままで貼っていたガラス製の保護フィルムがバキバキだったので、張り替えたら新品さながらになった!
そうこうしているうちに意外と昼になっていた。そんなに腹ペコではないけど食べられそうだったので、おすすめの店②にバイクタクシーで向かった。12時半くらいに到着。こちらは先ほどの店とは対照的に、古そうな店だった。地元の食堂っぽい雰囲気、なのだが、完全に外国人観光客向け価格だった。そのパターンがあるんですね……!だが、味は(たぶん)本物だった!付属のしょっぱいスープは、ご飯や肉と一緒に(お茶漬けみたいにして)食べるんだよ、と店の人が教えてくれて、こんな最後で正しい食べ方を知るなんて失態だったが、次回からは!(これまでスープ単体で飲んで毎回「しょっぱいな…」と思っていた)
ここのバビグリンは、まさに「豚の全身から食べられる部分をちょっとずつ集めてきました」といった様相で、さながら豚パフェだった。他の店ではなかった野菜と和えたミミガーっぽいのもあったし、メインの肉も、部位ごとの肉の特性に合わせた調理法がそれぞれの良さをバッチリ引き出していて、味も食感もバラエティに富んでいた。毛の残った皮(尾?)もあった。これは流石にキモすぎたので、見た瞬間にウヒャーッと勢いで食べてしまい写真を撮りそびれた。口の中がもしゃもしゃした…。バビグリン、というと、特にジャワの人は豚を食べないというのもあるし「え〜、アレ好きなんだ」という微妙な反応をされることがたまにあったけど、納得した。たしかに、グロかったりキモかったりするような要素がバビグリンにはある。というか、食肉文化全般にそういう部分が本来あるし、きっと儀礼の時に調理されて出てくるバビグリンって、これくらい全部食べるんだろうな(だから地元の人も苦手な人は苦手)と想像できたりもして、この店での食事にはひとつの経験と呼べる重量があった。リアルでかっこいい一皿だった。
ここです(https://maps.app.goo.gl/bNww3JFd6XPshXtx5)
ここでもしっかり完食して、さすがに満腹だ。夕方にアディットとご飯たべよ〜とは言っているが、まだ時間がある。お腹を空かせたいので少しでも歩きたい。Googleマップで見ると、伝統的な衣装やお土産の卸売をやっている市場があるようなので、行ってみることにした。朝のバビグリンの店のほうにだいぶ戻ることになるが、まあいいやとバイクタクシーで出発。
そこは「いわゆる」なインドネシアの市場だった。その一角にある建物のなかに、衣類やお土産がたくさんガサッと陳列されていた。品物が山積みで、人が通れる通路がとても狭い。サヌールの観光地価格と比べるとたしかにだいぶ安い印象だった。でもそんなにスーツケースに空きがあるわけでもないし、こういうザ・お土産をあげる相手も思い浮かばなかったので、眺めるだけ、という気持ちでぶらぶらした。小さくてかわいい貝のお皿を2枚だけ買った。観光地と違って、店の人があんまりしつこく話しかけてこないので歩くのが楽だった。
だいぶひとしきり、全フロア見終わったので、建物を出て、路上の市場のなかを歩いた。この臭さ〜!と思ってそちらをみるとやっぱり肉が売られている。こういうのともしばらくお別れだ。山のように積まれた野菜や果物。狭すぎる道を無理やり進む過積載のバイク。とにかくたくさんの人。人。人…。さすがに息が詰まるし少し疲れたので、少し抜けたところへ逃れて、ちょっと調べたらそばにカフェがあったので行ってみた。一階が文房具屋になっていて、二階がカフェという作りで、おしゃれで清潔だった。若者がパソコンを広げたり宿題を広げたりして思い思いに過ごしており、なかなかいい場所だった。のどが乾いていたのでアイスコーヒーと迷ったけど、GulaArenの文字を見つけて恋しくなって、Gula Arenの入った甘いコーヒー牛乳をのんだ。それほど冷房が効いているわけじゃないけど、かなりマトモなお手洗いも借りられたし日焼け止めも塗りなおせたしスマホも充電できたし、一階の文具売り場でガムテープも手に入った。最後の最後で現金が足りなくなりそうだったので調べたら、ATMがこのカフェのすぐそばにあった。すっごい順調だ〜!できればここでお金を下ろさずに乗り切りたかったけどまあ、また来るだろうから、現金が余っても問題ないです!
ここで一度、宿に戻った。軽くシャワーを浴びて着替えて、パッキングを完成させてチェックアウト。スーツケースの隙間に、山で食べた思い出のあるココナッツウエハースのお菓子(近所のワルンで箱買いした)がぴったり収まって嬉しかった。夜の飛行機に乗るので、それまで荷物を置かせてください、とホテルの人にお願いして、再び軽い装備でビーチへ出かけた。アディットの仕事が終わるまで浜を北の方へひたすら歩いて過ごした。途中の屋台で買った瓶のジュースがあんまり美味しくなかった。
夕方、日が暮れる頃に無事にアディットと合流。最初にバリに来た夜に行ったのと同じ安くて賑やかな屋台村に行って、そこで思い思いのものを食べた。わたしは野菜が食べたかったのでGadoGadoみたいなの(野菜とピーナッツソースon米)が食べられて嬉しかった。フルーツジュース屋で、ミックスジュースのカスタマイズをアディットがやっていたのでわたしも真似した。そういえばギャリーはジャカルタに帰ったの?と聞くと、さあ?という感じだった。距離感わかんないなwwと思いつつ、3人いると2人が喋っちゃってわたしは黙ってる、になりがちだったので、2人で話せてよかった。
もうぼちぼち行かなきゃね、そうだお土産があるから!一瞬うちに寄っていいかというので、ホテルに戻る前にアディットの下宿先に寄った。わたしは門のところでバイクと一緒に待った。慌てて階段を降りてきたアディットの手には、かき集めてきた!!という感じでステッカーやキーホルダーやTシャツ(ぜんぶ彼の作ったもの)が抱えられていて「好きなの選んで!」ってことかと思ったら全部くれた。多いwwwと笑っちゃいつつも、ここ数年ずっとSNSごしにみていた絵柄の変遷と、最近作っていたTシャツ、あーこのステッカーもインスタで見た!などがいっぱいあって、うれしかった。でも、あんまり時間がないので喜ぶのもほどほどにして、全部をTシャツの入っていた袋に慌てて詰め込んで、ホテルまで送ってもらった。
車道からホテルの敷地へ入るところの道で、またね〜!と挨拶をして別れた。が、何歩か歩いたら、さっぱりしすぎていた気がして、戻ってハグした。普段あんまり考えない自分の背の低さがよくわかる。絶対にまた会おうね!と言って顔を見たら、アディットはめちゃめちゃ泣いていた。ちょっとおもしろいくらい号泣していて、そんなびしょびしょに泣かれるとこっちはなんか笑っちゃうんよ、、、Sampai jumpa lagi(また会おうね)と、言葉はもうシンプルなのしかわかんないけど、繰り返すことと声色で、なんとか気持ちを伝えたつもりにして、ちょっと急いでいるのを言い訳みたいにして、小走りでホテルの門へ、細い路地を小走りになって去った。
自分に「去った」っていうのは変だけど、そういう感じだった。けっこう爽やかに去れたと思う。
実際、そんなに急ぐ必要はなかったのだけど「行かなきゃ!」という気分で妙に心が急いていて、慌ててタクシーを呼んだ。呼んだらすぐに来た。ホテルの人に穏やかに見守られながら、あっさり車に乗り込んだ。このくだりが一瞬すぎてスポーツみたいだった。
タクシーに乗ってからは、もう、あっけないほど早かった。そもそもサヌールはデンパサールの空港までとても近いし、道も混んでおらず20分くらいで着いた。そのままの勢いでチェックイン、保安検査、と行きたかったが、飛行機が遅れていたんだっけ、それとも全然焦る必要なんかなかったんだっけ、忘れちゃったけど1時間くらい、チェックインカウンターの近くで待つ時間が発生した。座れる場所がなくてつらかった。夕方に買ったお菓子を食べて空腹を(空腹の才能ありすぎ)しのいだ。なんだっけ、待っているあいだに左にいた人に話しかけられた。子連れの、ちょっと感じの悪い(失礼)家族に列を抜かされたけど別にいいやと譲ったら意外にも感謝された。その後のチェックインや保安検査場をぜんぶインドネシア語で突破できて嬉しかった。お土産もサクッと買ったけど、乗る直前で飛行機が遅れているとアナウンスがあり、1時間半のロス、ビールを飲んで待った。ゲート変更もあるというので空港の絨毯の上をひとしきり歩いた。来た時もこんな感じだったな〜と思い出した。その後、無事に飛行機に乗れたけれど、誰かの食べ物の匂いがキツくて食欲がなくなり、ぐだぐだの体調のまま着いたマニラでの乗り換え。ビール好きな友達にお土産にしようかな〜と思ってバリの空港で買ったクラフトビールはマニラからの機内に持ち込めず没収された(解せない)(そしておそらくここでお気に入りのサングラスを落とした…)。しかも次の飛行機は遅れに遅れ、最終的に半日くらい待たされ、情報が新しくなるたびにお菓子や水やサンドイッチをもらった。いつどのように変更になるかわからないので空港内を動き回ることもできず、ひたすらベンチで待ったのでとても疲れた。ともかく、やっとの思いで5月30日、日付もいつのまにか変わった夕方、日本に着いた。
たまたま近くで仕事をしていたパートナーが空港まで車で迎えに来てくれた。とても疲れていたのでかなり助かった。車でちょっと行ったところの彼の現場をちょっと見て、コットで休ませてもらって仕事の終わるのを待ってからスーパー銭湯に行って、そこのレストランで山菜の載った温かい蕎麦を食べてから帰った。5月末の日本はインドネシアよりもだいぶ寒かった。帰国後即、風呂と蕎麦、大正解でした!ありがと〜!ただいま〜!