他人の荷物

 

1人で電車に乗っていたら、向かいの席に30代と見られる男性2人組が座った。少し小柄なヒゲの人と、少したくましいメガネの人。それぞれトレーナーとネルシャツで、カジュアルな服装だ。

 
前を向いているとつい視界に入ってしまうのでなんとなく見ていたら、ヒゲの人がおもむろにリュックから小さな袋を出した。ユニクロのウルトラライトダウンかな?と思っていたら、生地を少し引っ張り出して触り心地を2人で確認するように指で擦っただけで、すぐリュックにしまった。電車の走行音が大きくて、話の内容は全然聞き取れない。今のは何だったんだろうと思って積極的に見ていたら、ヒゲの人が今度は30センチくらいの、半透明の青いプラスチックの筒を取り出した。たぶん直径4センチくらい。何に使う物なのか全くわからない…!片方には緑色のキャップがついていて、全体がネジのように規則的にデコボコしている。本当に何に使う道具なのか、あるいは部品なのか全くわからず、かなり惹かれてしまった。この人たちは何者なんだ。
 
コントみたいだなあと面白がって見ているわたしをよそに、ヒゲの人はまたすぐリュックに謎の筒をしまって、それからは何も取り出さずに話を続けていた。
結局どんな二人組なのか全然わからなかったが、仲は良さそうだった。(そのあとまた謎の筒を取り出して、貼ってあったシールを剥がしてヒゲがメガネにそれを差し出し、「いらないっす」と言っているのが聞こえた。ヒゲの人はちょっとお茶目だ。ふいにメガネのほうが「お疲れ様した」といってヒゲが「ありがとうございました」と返すのに会釈しながら降りていった。2人はなんらかの仕事を共にしていたっぽい。)
 
 
人のリュックに何が入っているのかってそういえば知るよしもない。友人や家族の鞄にすら、何が入っているのかわたしは知らない。だからだろうか、電車で見るような全然知らない人の鞄の中から何かが出てくると、ちょっと惹かれて見てしまう。ほとんどの人がスマホを操作しているだけの電車内だから、そうではないものを出したりまたしまったりする人がいると、急にその人の個性のようなものが際立つ。
 
今年の1月の初旬には、外国人らしき風貌のおじいさんが、わたしが使っていたのと同じ、ダイソーの赤い水玉のペンケースを使っているのを見た。ガバッと大きく開く形がすごく使いやすくて、わたしもなかなか使い込んだのだけど、そのおじいさんは私よりさらに使い込んでいて、妙に嬉しかった。地図か何かにピンクのマーカーを引いていて、隣には歩きやすそうな靴をはいたおばあさんがいた。
 
また、いつだったか、新聞を読んでいたおじさんが、ふいに自分の鞄からハサミを取り出して、記事の一部を切り抜き、ハサミをしまうと同時に取り出した小さながま口のポーチに切り抜いた記事をしまうのを見たことがあった。がま口の小さなポーチをおじさんが丁寧に触っているのが可愛く見えた。
 
電車で隣に座っていた高校生らしき制服を着た髪の短い女の子が、鞄から手のひらほどの小さな手帳を取り出してシャーペンで何か書きつけていたこともあった。気になって見ていたら、書いているのは全て漢字で、中国語かな?と思ってさらにコッソリ注目していると、右側のページに少し書き込んではすぐページをめくり、また新しい右側のページに書き込む、というのを繰り返していた。5ページくらい書き込んだら済んだらしく、すぐに手帳を閉じて鞄にしまった。
目視できた漢字の意味をなんとなく想像するしかできなかったけど、詩か、あるいは何かの見出しのようだった。ぽく見えただけかもしれないけど、あんな感じに、ポケットサイズの小さな手帳に、漢字の詩を書く若い女の子なんて初めて見たので、新鮮だった。
 
 
日々、電車に乗っている時間が長いと色々なことがある。全然知らない他人の個性的なプライベートが垣間見えて、人間ってほんとうにたくさんいて、それぞれにそれぞれの一生とかがあるんだなあと思うとなかなか感慨深い。こんなに色んな人がいるんだったら、自分が何をやっても良いような気がしてくる。
そういえば高校生の時に帰りの電車で見た、薔薇の花一本だけを手に持って、つり革の取っ手じゃなくパイプ部分を掴んで窓の外を見ていた背の高い黒人のお兄さんは、とても楽しそうにしていたあの人は、今頃どうしているんだろう。あんな映画みたいな様子はなかなか忘れられない。たぶん一生覚えている。上に書いた人たちのことも、書いたからにはきっとしばらく覚えているだろう。
 
わたしももしかしたら何か思われているのかもしれないと思いながら、今日は本を持ってくるのを忘れたのでこれを書いていました。
今日は、夏日だとか言われるほど異常に暖かな陽気の2月21日。油断してジャケット類を羽織らずにセーターで家を出てしまった。少しずつ暮れていく夕陽を車窓から眺めて、帰りはきっと寒い思いをするだろうなあとソワソワ後悔しながら電車に揺られて、横須賀に向かっています。
 
 
 
 
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