12 滑り込みセッション

8月5日 


いよいよ今日が今回の旅の、ジョグジャカルタ最後の丸1日なんだけど、疲れていて昼くらいまで寝ていた。ちょっと胃がしんどい。テルリさんが家にいるのにドアの向こうではなくメッセージアプリで「ソトアヤムあるからね」と声をかけてくれて、やっと起き上がって動き出した。お昼をアイコさんと食べる約束をしていたし胃がしんどかったけど、ソトアヤムは食べ始めたらとても美味しくて、けっこうたくさんあったご飯もペロリと食べてしまった。 
 
自転車でアイコさんたちの居るギャラリーへ行き、その近くの店でご飯を食べた。ローカルな店で、猫がやたら沢山いた。アイコさんは可愛がってちょっとご飯を分けてやったりしていたけど、お店の人はシッシッといって退けようとしていたし、わたしは数が多いのに対してなんかちょっと引いてしまって、ガンガン近寄ってくる猫たちを脚で雑にのけたりしていた。あんまり寄ってくる猫は好きじゃないなと思った。 
2人の日本人の作家が近くのギャラリーでそれぞれ個展をやっているのを見にいったりした。お腹いっぱいで眠かったせいもあるかもしれないけど正直あんまり響いてこなかった。このあたりで、今日わたしダメかもしれないと思ったけど、午後、日本人の絵本作家のワークショップにちょっと参加して作業に集中することで少し元気になって、アイコさんと2人で付近の要チェックアートスペース巡りをした。かなり色々あるのだけどそれぞれの距離が徒歩圏内くらい近くて、良かった。人がいたところでは少し話をしたりして、日本人のあの人とここ繋がっているのか!ということがあったり、楽器を作る作家を集めた展覧会のカタログを見つけて、ウキルが何か文章を書いていたので買ってみたりした。
 
それを終えて戻って来たらもう夕方で、今回お世話になった皆様と連れ立って夜ご飯を食べにいった。今思い返すと、体調に反してこの日は食べ過ぎていたと思う。ベジタリアンレストランでテンペ(豆を発酵させて寄せてハンバーグみたいにした食べ物、たいてい揚げてある)バーガーを食べた。美味しかった。飲み物も生姜と、名前を忘れた酸っぱいものが入った温かいものを飲んだ。
最後の数日は疲れもあったけど、そもそも薄着しか持たずに来てしまったせいで、今回の滞在中、わたしはほぼずっと寒がっていた。インドネシアだし日本よりも暑いに違いないと思っていたけど、この乾季は全然そんなことはなかった。昼は普通に暑いけど、毎日、夜は日本の秋くらい涼しくなる。洗濯物もたいてい一晩で乾くくらいには空気もカラッとしている。日本の一日中暑くて蒸し蒸しする夏がいかに人間に厳しいかわかった。3月にインドネシアに来た時は、寒いの嫌だから日本が夏になるまで帰りたくないと言っていたけど、8月に来てみたら暑いのが嫌だから日本が秋になるまで帰りたくない。
 
ご飯を食べてすっかり満腹になってから、もう一箇所、日本人のアーティストが滞在しているアートスペースへ訪ねて行き、わたしはそこのインドネシア人の作家さんが作った苔玉でいっぱいの中庭のような空間がめちゃめちゃ良くて嬉しかったので、彼とアイコさんと3人でお喋りしていた。半年前に苔玉にハマってから、かなりの量を作っているみたいで、最初に作ったものと最新のものを見せてくれて、上達ぶりがすごかった。フニャ、と笑う笑顔のかわいいおじさんで、マリファナに形が似ているからモミジが好きとか言っていてめちゃくちゃ笑った。マリファナで一度刑務所に入っているらしくて出所した時の話も面白おかしく聞かせてくれた。
 
その後、限界になりつつある体の悲鳴を無視して、アイコさんの彼氏とその仲間で住んでいるというシェアハウスに遊びにいった。彼氏さんの、今まで乗ったどのバイクよりも背が高くて速いやつで連れていってもらった。本当にグイグイ進むので、寒かったけど気持ちよかった。
町を出て川を超えてシェアハウスに着くと、まず入ったところの広い空間にみんなの描いた絵がたくさん置いてあって、1人が今まさに壁にキャンバスを設置してそこに立って絵を描いていた。エプロンをしてガシガシ描いていた。
 
キッチンと居間は半分ほぼ屋外になっていて、綺麗に整頓されていたし庭には自分が小人になったみたいに思えるあの巨大な葉っぱの植物なども植わっていて、ハンモックもあって良い感じだった。全ての壁に色が塗ってあったり絵が描いてあったりして、芸大の先輩の家を思い出してちょっと懐かしい気持ちになった。
誘ってもらえて嬉しかったけど最初はあんまりうまく喋れなくて、寒いし眠いので、わたしはボケボケでゆっくり喋る人になっていた。インドネシアに来て何がしたいのと聞かれて英語で説明するのが難しくて、諦めたくなったりしていた。つらい。
途中で1人がお菓子を買って来てくれた。食パンに甘〜〜いチョコレートを挟んで揚げ焼きにしたみたいなお菓子だ。たぶんこれ、1週間くらい前に別のインドネシア人に「あのお菓子にハマるとマジで肥るからやばい、基本的にシェアする想定の量で売っているんだけど、ハマるとそれを1人で全部食べたりするようになる、留学生の女の子が15キロ太った、気をつけろ」と言っていたものだと思う。かなり深夜だったけどみんなでそれを食べた。とても美味しかった。
 
しばらく住人3人とわたしたちでダラダラしていて、ひとしきりたった頃、もう1人の住人のゴタという男の子が帰って来て、彼も歌うのが好きらしくギターを弾いて一緒に歌う流れになった。はじめはアイコさんと日本語の歌を、ゴタにコードを弾いてもらって歌っていたのだけど、ゴタが「俺の好きな歌、簡単だからぜひ覚えて帰ってくれ」といって、わたしにバリの歌を教えてくれた。彼はスマトラ出身だけど家系的にはバリらしく、それを誇りに思っているようで、そういうの良いなと思った。
 
始めは、iPhoneで検索した歌詞を見ながらやっていたのだけど、カタカナで読みを書き込みたかったので、わたしのノートに歌詞を書いてもらった。Jangerという歌だった。本来は大勢で踊りながら歌うらしい。でも日本の「はないちもんめ」とかよりも、新しそうな感じの素直なメロディだった。歌詞の意味も少し聞いたら、少女が花を摘んだりクネクネ女っぽく歩いたりする描写があって、どうやら可愛い歌っぽかった。
ゴタの指導はわりと厳しくて、わたしがちょっとミスるとすぐ「もう一回最初から」と言うのでなかなか前に進まなかったけど、大サビみたいなところまで覚えられた。めっちゃ嬉しい。
外国語は発音があってるか分かんないから思い切り歌えないなあとか周りにうるさくないかなとか最初は思っていたけど、だんだん気にならなくなった。他の人たちは他のテーブルでお喋りを続行していたし12時を回る前頃にさらに友達が4人くらい増えたりしたけど、わたしたちはかなり集中して練習していた。
そうやって1時間ちかく練習していたような気がする。なんとか歌いきれるようになって、せっかくだからレコーディングしよう、といってiPhoneのボイスメモで録音した。
 
Jangerをやりきって満足したつもりだったのだけど、「自分の歌作るんでしょ?それ歌ってよ」と言ってくれて、しかしなぜか適当なギターのコードを弾き続けるので、はじめはほぼ無視して歌ってみたのだけど、これじゃ面白くないないので「醤油の町の子」をギターに寄せてメロディを変えながら歌うというのを初めてやってみた。あんまりカッコ良くならなかったけどとても楽しかった。
その後もしばらく適当な鼻歌に時々日本語を混ぜたりしながら、ギターに合わせて即興でたくさん歌った。日本語ならバレないと思ってメッチャエモい今の気持ちばっかり歌った。
 
でも時間も遅いし帰らないといけない。ゴタはインドネシアの国立芸大の学生で絵を描いていて、ちらっと見せてもらった部屋にはたくさん絵があった。壁にあった油絵はちょっと気持ち悪いような作品が多いのだけど、大きな紙が入った袋から6枚くらい、画用紙に描いた綺麗な花の絵を出してきて、そのうちの1枚をプレゼントしてくれた。花の絵って!おまえ!ロマンチック野郎かよ!と思ったけど素直にとても嬉しかった。ありがとう。
今の芸大を卒業してから日本の芸大に留学したいんだよねと言っていて、そんな形で日本で会えたら超楽しいね、と笑って握手した。
 
歌と絵を一度にプレゼントされたのは生まれて初めてだったし、わりと歌いそびれ続けてきた(ジャカルタYouTube観ながらオクシと歌ったけどカラオケには行きそびれた。今日会った人に「ジャカルタにいるあいだ喉が痛かったけどジョグジャに帰って来たらすぐ治った、空気そんなに悪いのかな」と言ったらジャカルタといえばカラオケでしょカラオケ行った?と聞かれたりした。)この旅の、最後の深夜にしてこんなに楽しく歌えて、滑り込みセーフだなと思った。この晩を持って帰れることが嬉しかった。
 
インドネシアに来た時には半分くらいだった月が、今夜は殆どまん丸になっていた。シェアハウスは町から少し離れたところにあったから、かなり静かで、虫の声がして、暗いから月がすごく明るく見えた。空気も埃っぽい町とは違ってシンとしていた。そういえば歌い出してから眠くも寒くもなくなっていた。
 
せっかく仲良くなったので、家までゴタにバイクで送ってもらうことにして出発した。アイコさんと彼氏さんが見送ってくれた。なんか良いバイクっぽくて全然ガタガタしなかった。さっきの歌をちょっと歌ったり、道がガラガラなので橋を渡る時にヒャッホーとか言ったりしつつグーグルマップを見ながら道を案内して、無事に家の近くで別れた。ばいばーいと手を振った時、ゴタのヘルメットからクチャクチャのロン毛が出ていて変なシルエットになっているのが面白かった。
 
家に帰ったらすぐ水を浴びて倒れるように寝た。荷造りは明日の朝やることにして、ちゃんと帰るために体調を整えたかった。実は結構限界が来ていて胃が痛い。
帰るのやめたら、あっさり元気になるかもなあなんて思ったりもした。帰るけど。