専門性と、純金のプライド


先週、ここしばらく制作を共にしているダンサーの小山さんと一緒に、ジャワ舞踊家の佐久間新さんのWSに参加した。今制作している作品や今後の制作(夏にジャワへ滞在制作しに行く予定)のための取材ということで、午後からのWSの前に、じっくりお話を聞かせていただくことができた。とてもいい話をたくさん聞けたのだけど、その後のWSも含む1日の中で、個人的に特に感動というか、前向きに反省したことがあったので書きたい。

佐久間さんへのインタビューは、わたしと小山さんがそれぞれジャワの踊りや文化、身体について気になっていることを雑多に聞くという、形のない形で進んだ。10時に開店したばかりのサイゼリヤに入って、お茶を飲みつつお昼のピークまでノンストップで話し続けてしまった。(すみません)話題は、伝統舞踊と地元のトランスダンスの関係(あんまりないっぽい)や、伝統的な踊りの型のなかで身体の精度を上げていくこと(何年も同じ型を踊るなかでその究極的な細部がどんどん更新されていく)、その伝承や伝播、ジャワに残っている魔術と市民の距離感、必然性をもって踊るための意識の持ち方、音に反応して体が動いていくことについてなど、様々に及んだ。
そのなかで、「常に踊っていると次第に全てが踊りに通じてくる」といったような話が、かなり自分に響いた。

佐久間さんは「踊りをやるようになってからは、それまで演っていたガムランをしばらく触らずにいたのだけど、久しぶりに触ったらガムランが上達していた」という。歌う声も以前よりよく出るようになったとおっしゃっていた。
単純にフィジカルなレベルが上がったということもありそうだけれど、どうやら踊りには「楽器の音が鳴るのに合わせるのではなくて、体が音を演奏している」としか言いようのないような境地があって、そういうことになってくると、楽器をやるより踊った方が簡単に音楽を「鳴らせる」のだそうだ。かなりの境地だと思うので、おいそれと真似できないのだけど、でも、コーヒーを一口飲むという行為を、ダンスと別の日常としてやるのではなくて、ダンスの続きにあるものとしてできるようになっていくと、ダンスも日常もどんどん磨かれていく、と、言い方を変えていただいたらわかってきた。わたし達に話をしてくださる佐久間さんの、「たとえばさ…」と言ってカップを手に取るしなやかな動作が、全てを物語っていた。

その後のジャワ舞踊のWSでは、歩く練習にけっこう長い時間をつかった。歩くことは日常の基本でもあるし、舞台の基本でもある。舞台の中央で踊るためには絶対にソデからそこまで歩かないといけないからねとおっしゃっていた。(初心者にとって車の運転では駐車がいちばん難しいけど毎回駐車はしないといけないからね…というのと同じだ…。)WSの終盤で習ったジャワの宮廷舞踊の演目の最初にも、座った姿勢でしばらく待つところがあって、きっと超基本の姿勢なのだけど、その時の座り方がやっぱり佐久間さんはハチャメチャにかっこよかった。「しっくりくる」という言い方をされていたけど、まさにそういう感じだった。「しっくり」きているのが、はたから見ただけでもわかった。確信のある体はかっこいいのだ。

そういえば、朝、佐久間さんと駅で待ち合わせた時、少し早めについた自分は、映像や写真でしか拝見したことのない彼に似た背格好の男性を見つけるたびに「あの人か?」「ん?あの人か?」と一人でキョロキョロしていたのだけど、全員ぜんぜん違う人で、時間になって改札に現れた佐久間さんが、それまで見たどのおじさんよりも、明確にかっこいい出で立ちをしていて、すぐに「この人だ!」とわかった。それがけっこう嬉しかった。姿の説得力って一瞬だし、強い。その時の印象は最後まで一貫していた。



日常の全てが踊りを磨く、という話とあわせて、ジャワの人のマルチスキルさについての話になった。すごくかいつまんで言うと「日本の人は自分の技術を専門性を持って尖らせていって、こだわりの道具を駆使して隅々まで統制のとれた完璧な仕事をこなす、といった職人ぽい気質の人が多いが、ジャワの人は、いろいろなことを器用にこなしたり、ありあわせの素材を工夫してバッチリにする、というような傾向があるよね」という話。

確かにそうで、お金がないということも関係しているとは思うけど、わたしがジャワで出会った多くの人も、素材や道具にこだわるより先にとにかく「やってみる」「工夫して実現する」というタイプだった。そういう人は突然の予定変更などにも対処が早い。イラストを描いている友人はウィンドウズのノートPCとマウスでその仕事をバリバリこなしていたし、路上で開催されているライブでは、途中で雨が降ってきたらミュージシャンの横や機材の周りにスタッフが立って傘をさしていた。それでいいのか…?と思ってしまうこともあったけど、いいのだ。ペンタブがないので描けませんとか、雨天対策のテントが立てられないのでイベントは実施しませんとか、そういう風には全然ならず、とにかく実行していく姿にはかなり感銘をうけた。




そうだというのに、彼らに刺激を受けたはずなのに、ああいう生き方かなり良いな、と思っているつもりだったのに、自分は、どうやら性根が真逆、かなり頑固だ、ということに改めて気づき、猛反省した。
頑固で失うものや得そびれるものって、かなり多い。少し前、自分のこだわりや情熱が空回ってヤキモキしたことがあった。わたしは「声」に興味を絞って活動してきたつもりだったので、その時は「いくつかの得意なことのうちのひとつとして歌もやる」という人と自分のパフォーマンスを並べられることに、納得ができなかった。自分の力が60%くらいしか必要とされていない感じがして、120%くらい提供する気合いでやっているのに、違う人でもいいような仕事ならやりたくない、などと思っていた。無駄なプライドで「だったらいっそ圧倒的なクオリティで完遂してやる」などと意気込んだりしていた。(今思うとめちゃくちゃ恥ずかしい。粛々と100でやるべきだったのだけど、そういう器用さがない。。)

きっと、基本的にはそういうこだわりとか、強い意志はあってしかるべきだけど、こういう心の姿勢は他人にすぐバレて、なんかギスギスしたりする。そして何よりも、残念ながら、自分の歌や声の技術は、そういうパワーで押し切れるほどのハイパーな実力には到底、達していない。ただ小型犬がキャンキャン喚いているだけみたいな情けなさだ。(虎になりたい…)

その案件は終えて、別の制作が始まってからも、その邪魔なプライドはやっぱり残っていた。今一緒に制作している人は、歌ではなくてダンスを専門にしている人だから、ダンスのことはお任せします〜という感じで、いい意味でお互いに信頼しあって進めて行けていると思っていたが、しかし、先日のジャワ舞踊のWSの時にも、わたしはちょっと卑屈になっていて、
「わたしはダンスはてんでだめなので」
「全然動けない参加者なんて自分くらいですよね」
などとのたまっていた。最後に感想を述べ合う時にまで、その遠慮というかビビりが発動してしまって、あまりちゃんと感想が言えなかった。
帰り道、小山さんに「いうて田上は体の感覚いいよね」と言ってもらえてもはぐらかしていた。相当ビビっている。

つまり、専門性とか言って自分で自分のやれることを狭めて、その他のことについてはビビって手を出さない、という状態になっていた。なんかこういうの本当に、すっげえ情けない!



さて。

サイゼのコーヒカップをとてもしなやかに持ち上げたり、話の途中で、上半身だけでスッと踊るように言葉のニュアンスを表現したりする佐久間さんのことを思い出して、わたしは、こういうことをやりたかったんじゃないのか、と、昨日くらいに改めて思ったので、自戒をこめてこれを書いている。

歌というものが、音楽だけの特権ではなくて、歌手の特権でもない、誰もが持てる楽しみとしてあって欲しいと思っていたことを思い出した。喋る言葉やただの呼吸までもに、歌を感じられたら、それは、日常がミュージカル映画のようになるなんてことではなく、もっと普通にそばにあるものとして、歌を再発見できるのではないかと。特別なこととしてではなくて、「自分の声が出るのを聞く」ということを肯定できさえすれば、声は歌になるんじゃないかと、難しいこと抜きにしてそれってすごい楽しいじゃんと。そういうことを思っていたはずだ。自分が自分を守っていくために「自分は歌の人」と思ってきたことがすごくしょうもなく感じた。

一番大切なものをひとつ持っておくのは当然に大事だ。でもそれを大事にするために他のことができなくなったり、他の人に対してビビったり逆に攻撃的になったりするのは本当にダサいし、大事なものを見る目さえ曇らせるだろう。専門家じゃなくても、下手くそでも、料理を作っていいし、文章を書いていいし、外国語を喋っていいし絵を描いていいし写真を撮っていいし、山に登ってみたり海に潜ってみたりしていい。というか、生活ってそういう風に成り立っている。あらゆることが、自分にとって一番大事な何かを高める糧になったり、ならなかったりしていくのだから、ビビってサボっている場合ではない。へっぴりごしでは獲れるドジョウも獲れない…(??)


最近おなじ現場になった音楽家のかたも、彼にしては意外な道具を使ったりしていたので、こういうのも使うんですねと言ったら、「自分の目的ははっきりしていて、方法はけっこうなんでもいい」と言っていて、え、めっちゃかっこいいなと思ったのを思い出した。

自分の中に軸を持っていればいい。油断するとその軸が外側に出ていってしまって、自分が振り回されたりするのだけど、毎回正しく戻してこられるようになろうと思いました。
それでちゃんと軸の周りに充実した実がついてきたら、本当の専門性とか、ちゃんとした格好良さにつながる価値あるプライドが生成されていくんだろうと期待して。そんなものは40年とか50年先にならないとわからないだろうとも思いつつ、柔軟に続けていきたい。