13 帰る準備

8月6日 

朝、寝坊した気がして、ギャ!と、バッ!と起きたのだけど、時間を確認したらアラームをかけた9時よりも早起きしていた。
ここまでの2週間でなんやかんやと買ってはいたけど、お土産というお土産をちゃんと買っていなかったことに昨晩気がついたので、朝ごはんを食べに行くのと、近くのスーパーやお土産屋さんのある通りをブラブラしてみようと思って早く起きたのだった。でも起きてみたらやっぱり胃はしょんぼりしていたので何か食べるのはやめて、買い物だけにした。
お土産って買うのが難しくていつも困る。この人に買ってあの人にないとかが自分の中でモヤモヤするので、もう「人」というよりも「場」に買うという基準(バイト先とか良く行くシェアハウスとか)にしたら心がすっきりした。
あと、そのつもりでそこへ向かったわけではなかったので偶然が嬉しかったんだけど、ジャカルタへ行く朝に横目に見て通り過ぎ、入りそびれたジョグジャのローカルな朝市場を、ゆっくり見ることができた。何も買わなかったしジャカルタに比べたら地味だったけど、まあジャカルタが派手すぎたんだろう。

予定よりもちょっと遅く帰宅したので集中してテキパキとスーツケースに荷物を詰めた。来た時は半分しか入っていなくてガサガサだったスーツケースが、ちゃんと両側いっぱいになった。作業BGMに昨日の夜にゴタに教えてもらって歌った歌の録音を聞いていたら完全に空間が最終回のエンディング然としだして、1人でたまらない気持ちになった。

たぶん空港は寒いと思って、長いスカートをはいた。来た時は「いざという時に走れる」という今思うとビビり過ぎな基準で半ズボンだったけど、このスカートが持って来た服の中で一番暖かかったので、ポッケもないしちょっと動きにくいけど旅のあいだヘビロテすることになった服だった。寒い時に少しでも体を守れるように、バティックを一枚、スーツケースではなくてリュックに入れた。
アプリでタクシーを呼んだ。ちょっと道が混んでいたので運転手さんは「飛行機の時間は何時?」とわたしの代わりに焦ってくれた。全然余裕なので焦らなくていいよというのを「3 o'clock.」と朗らかに言うだけで伝えられないかなと思ってめちゃめちゃ優しくて明るい声を出したりした。わたしは語学をナメて声のコミュニケーションを信じているようなところがあるな。

飛行場のターミナルも今回は間違えずに到着して、ジャカルタに行った時と同じ手順でさくさくチェックインして荷物を預けた。わたしがあの荷物透視装置をクリアできる優秀なパッキングをしているからなのか、空港の人がアバウトなのかわからないけど、この旅で何度も荷物をあれに通しているわりに、今の所一度も引っかからずにきていてちょっと嬉しい。
完全にお腹が痛いので、やはりこれもジャカルタに行った時にそうしたみたいに腹に着物の帯みたいにバティックを巻いて、温かい飲み物をカフェで購入して痛みをごまかしなから飛行機を待った。なにも食べないのも辛いけど甘いものが食べたくなかったので、少ない選択肢から止むを得ずデニッシュを買ったのたけど、一度食べたビーフじゃないほうにしたら、具がけっこうしっかり辛くて、バリへ向かう飛行機①に乗った時にはもう内臓が瀕死状態だった。寒くて痛い。飛行機に乗ってすぐ眠りについた。

バリの空港に着いてから、一度スーツケースを開いて、リョウさんに借りたカーディガンと大判のストールを出し、まだ一度も使っていないもう一枚のバティックも取り出し、寝る時につけていた着圧タイツとレッグウォーマーも取り出し、全部身につけた。かなり変な格好になってしまったけど今できる最大の防寒だった。
温かい牛乳を飲んでひたすら音楽を聞いたりしてぼうっとして、トイレに行きたくなったらすぐ行く、というのを何度か繰り返して、どんどん体を空っぽにしていったらだんだん元気になって体温も戻ってきた。
そうしているうちに約6時間はあっという間に過ぎた。逆に6時間くらい余裕をもっておいて本当に良かったと思った。もうお土産を見る気力も残っていなかったので全てのお土産屋さんを素通りして、ベンチをたまに移動しながら寝落ちしないようにつとめていた。前回、3月に来た時の帰りに、安心しきって寝落ちしてしまってゲートが変わったことにギリギリまで気がつかず走るハメになったのだけど、結局なぜか今回もそうなった。乗り込んだ飛行機でたまに供給される飲み物は毎回白湯をもらった。

旅のなかで思ったことなどをノートに色々書いたりして眠くなるまで待って、現地時間で夜中の2時、日本は3時の頃、眠りについた。