8 違う街

8月1日

朝、ちゃんと起きられた。網戸もガラスもない、アリスブルーに塗られた木の窓を、すぐ閉めるので片側だけ開けた。天気が良い。でも体調はベストではない、寝不足が続いている。
顔を洗って紅茶をいれて、冷めていい温度になるまで着替えたり、昨日洗って乾いたタオルなどをたたんで鞄に入れたりして、計画通り8時ごろに家を出た。スカートをはいてきてしまってちょっと自転車がこぎづらい。
名前のある通りへ出て、曲がる方向をちょっと確信をもって選べて、もしかしてと思ったのだけどなんと、やっと、目的の大通りまで迷わず最短ルートで行くことができた。かなり嬉しかった。
大通りを北へ進むと、ちゃんと目的地が現れた。一緒にプランバナン寺院へ行った26日、リョウさんのリクエストでちょっと寄った両替所、ランガがガソリン入れてくるから待っててと言うので、カウンターでもらったウエハースを3人で分けて食べたりした両替所だ。空港よりレートが良い信頼できる両替所②として覚えていた。
ここで、今日からの第3章ジャカルタ編から使うお金を両替した。受け取って、ちゃんと自分でも数えたし「封筒ください」って英語だけど普通に言えた。こんなことだけど我ながら成長を感じた。

これはけっこうな大金、という実感が、初日よりも強くあったので、ちょっと緊張しながら来た道を戻った。朝だけやっているという食べ物の市場が開催されているのをやっと見れた。バナナや枝付きのサラックやら売られていて、人で賑わっていた。ちょっと寄ってみる時間の余裕はなかったので、それは横目に見ながら進む。つい行きすぎて若干遠回りの道になってしまったけど、全く迷わずに帰ることができた!!

朝の用事①をちゃんとこなせたので自信が生まれて、ハキハキ支度をして、見事、予定の9時にアプリを使ってタクシーを呼ぶことにも成功した。ケータイがちゃんと鳴って、ちゃんと運転手さんから連絡がきたのが嬉しくて、初めて聞く着信音が鳴った時、つい「ヨシ!」と声が出た。運転手さんはあまり英語の得意な人ではなかったけど、名前のある通りまで自分が出ることで難なく乗れた。ただ、何故か昨日日本人の友人にターミナルAだよと教えられていたので、運転手さんにABどっちと聞かれてかなり自信満々に「A(渾身のいい発音)」と答えたのに、着いてお金を払って空港の人に印刷してきたEチケット見せたら
「Bだね」と言われてしまって、そこまでちょっと歩いた。途中、中国人のバックパッカーに話しかけられて「ごめんわたし日本人です」というやり取りがあった。中国人に中国人と間違われたのは生まれて初めてだった。
ジョグジャのアジスチプト空港は国際線のAと国内線のBに分かれていて、両者のあいだは普通の外の道で徒歩3分くらい離れているのだった。知りませんでした。Bのほうが規模が小さい。
荷物は普通のサイズのリュックと斜めがけの貴重品バッグ(今回は毎日ほぼこのカバンで行動していて身軽)だけなので、預けるものもなく何か検査に引っかかることもなく、すんなり「あとは乗り込むだけ」になった。

朝ごはんを食べていなかったので、カフェオレとミートパイとブルーベリーのマフィンを買った。かなり搭乗時刻まで余裕があったのでフワフワのソファに座ってのんびり食べた。ミートパイでお腹いっぱいになったのでマフィンは紙袋に入れたまま出さなかった。ハエがやたら来ること以外は快適だったし、そばにあるコンセントを借りて充電しきれていなかったモバイルバッテリーやSIMをいれたケータイを充電した。

ジャカルタにいるジュンさんから連絡がきてやっとアレ?と思ったのだけど、印刷してきたEチケットと、空港のディスプレイに表示されている時刻が違った。空港に着いてディスプレイを見て、OKOKヨユーじゃん、と思っていたけどそういえば思っていたより1時間くらい遅い。あんなにハキハキと9時に家を出たのは何故だっけと思った。時差とかないよな?
空港のディスプレイが多分正しいけどちょっと心配だったので空港のお兄さんに確認した。空港のディスプレイのほうの時間で飛ぶようだった。OKOKヨユーです。理由は謎のままだけど。

けっこう時間があったはずだけど昨日の日記を書いていたらあっという間に過ぎた。自分が乗るよりも早いジャカルタ行きの便を二本見送ってようやく自分の乗る番が来た。
インドネシアエアアジアの国内線は小さな飛行機で、黒い座席がギュウギュウに並んでいた。白人もたくさんいたしヒジャブを身につけた女性やインドっぽい顔の人もたくさんいた。

1時間ほどのフライトは本当にあっという間だった。
空港について、さっそくSIMのケータイを使って空港まで迎えに来てくれているジュンさんに電話をかける。番号を登録する意味もあって電話にしたけど、日本語を声で聞いたら安心感が違った。よかった。わたしが目印に伝えたドーナツ屋さんがどうやら二ヶ所あったみたいで少し時間がかかったけど会えた。美味しいというのでそんなにお腹も空いていなかったけど話もしたくてインドネシア料理のレストランに入った。ナシゴレンスペシャルというのを食べた。美味しかったので食べきった。何も言わなかったのであったかいお茶には砂糖が入っていてすごく甘かった。
インドネシア語の本を持参しているのにあまり勉強できずにいたのを「とりあえず数字を覚えてないのはまずいでしょ」と言われて確かに情けねえやと思った。ジョグジャではほとんど英語(※ガタガタ)と日本語で会話していたし全部みんなに連れて行ってもらっていたから、美味しい!とかおはよう!とかしか覚えてなかった。ほとんど実践で覚えたというインドネシア語で実際に生活しているジュンさんがインドネシア語の本をパラパラ見ながら「これ必須」という言葉をメモした。この国のこの旅の生活自体には少し慣れてきたし、もう最後の5日だけどインドネシア語を少しでも覚えることを目標にしよう。

アパートとシェアハウスのあいだくらいの、コスという集合住宅に今回は四日間滞在する。ジュンさんも今回そこの一部屋を借りていて、わたしの3泊ぶんの部屋を手配をしてもらった。空港からそこまでのタクシーのなかで、運転手さんがカーナビのモニターにダンドゥという、ダンスミュージックとか歌謡曲みたいなノリのインドネシア語のポップスの映像を流していて、字幕が出るのでジュンさんと面白がって見ていた。cinta=愛とか全然日常会話で使わなそうな単語を覚えた。歌で単語覚えられるじゃん楽しいじゃんと思ったんだけどそんなに即実用的ではなさそう。でもなんと運転手さんがそのDVDをくれた、2枚もくれた。これは本当にめちゃ嬉しい。インド料理屋でかかっているPVみたいに、自分の部屋でポータブルDVDプレイヤーを使ってこれを流しておく想像が頭をよぎった。いいじゃん…

ずっと高速道路をゆく。ジャカルタは世界で一番渋滞する街らしいけど、時間のおかげかスイスイだった。日本の東急がモノレールを作っているらしいのとか見えた。高速道路を降りてからは、とにかくたくさんバイクが走っていた。オレンジ色の作業着を着た男たちがトラックの荷台に大勢のっているのが二台、前方にいて、お互い手を振りあって違う道へ別れていくシーンが見られてちょっと嬉しかった。道端、歩道にギュギュッと観葉植物やそれ用の土が並べられている一帯があって、かなりよかった。そこから程なくしてコスに到着した。門のある入口を入るとすぐに三部屋くらいずつと思われる二階建ての小さなアパートが4棟建っており、壁の色も赤とかモスグリーンとかで、めちゃめちゃ可愛いところだった。芝ではないのだけど短い、日本で見るゼニゴケよりキモくない感じの少し雰囲気の似た草(コケではないけど葉っぱの感じが似てる)が各棟の前に敷き詰めるように生えていて、棟の軒下のタイルのところに住人が腰掛けてタバコを吸ったりしていた。
そのアルフィアンをはじめ、この後も次々にここに住む人たちが現れて自己紹介された。なかなか覚えきれなさそうだけど、昨日までのジョグジャの滞在とはかなり違った日々になりそうでワクワクした。第3章だ。
アルフィアンと3人でのんびりタバコを吸ったり寝転んだりして過ごしたのち、少し部屋で休憩してからメシを食いにいこうということになって一時解散した。わたしも部屋で水浴びをすることにしたんだけど、なんと、なんとここ、シャワーヘッドがあるというだけでなく、お湯が出るという。水浴びじゃない、シャワーだ!!!
一時解散する時にジュンさんの「ここお湯出るから」の言葉にビックリして「ェエ〜!!」と言ってしまった。
そういえば昨日、ボロブドゥールのホテルに自分の石鹸とシャンプーと泡立てネットも忘れてきていたので、シャワーを浴びるなら買いに行きたいなと思ってジュンさんにバイクを出してもらった。薬局みたいな店で、あらゆる日用品やちょっとしたお菓子なんかがたくさん売られていた。楽しい店だった。石鹸とシャンプーをどう選んでいいか迷ったあげくなんとなくレモンの匂いのやつとパッケージが可愛かったという理由と、もはや整髪料もつけていないしコンディショナーまで買いたくないので、優しそうなベビーシャンプーを選んでみた。後で使ったら案の定、泡がぜんぜん立たなかったけど、メイク落としとレモンの石鹸とシャンプーを並べて置いたら全部黄色くて可愛かったのでヨシとすることにした。 
昨日ボロブドゥールの帰りに寄った日本料理屋でゴロゴロしていた時、日本語の本がたくさん並んだ本棚にあった「手ぬぐい洗顔」という本をなんとなく開いてみたら手ぬぐいで石鹸を泡立てて洗うの良いって書いてあって、次の日にさっそくそれを試すことになろうとはその時思っていなかったので、偶然に感謝した。手ぬぐいで、泡は、かなりちゃんと立つ、ということがわかった。手ぬぐいがますます自分の中で神グッズになった。
実際お湯のシャワーを浴びたら嬉しくて、小声で歌い出してしまった。天井も高いので声のよく響くバスルームだった。山にいた時の水浴びはついお腹を凹ますくらい冷たかったし水は勝手に出てこなくて自分で汲んでいるわけで、ぜんぜん鼻歌どころではなかったのを思い出すと、差がすごい。ボロブドゥールでは水シャワーだったし、いい順番で段階をふんでいる気がする。
ついでに服もいくつか石鹸でガシガシ洗った。家でする洗濯も楽しいけど旅の時の洗濯はもっと楽しい。あるもので工夫して干すことについて昨日に引き続き1人で盛り上がっていた。これはハンガーの数と洗濯物の数を考えずに洗って、洗い終えてからハンガーが足りないぶんをどうするか考える遊びです。
天井が高いのでカーテンレールの位置も高くて、椅子にのぼって引っ掛けた。こっちの家の天井の高いの、かなり良い。

そうこうしているうちに9時くらいになっていて、どうしようか、と色んなパターンを考えたけど、とりあえずジュンさんのバイクでご飯を買いに道へ出た。ジャカルタはジョグジャよりも道が広くてまっすぐな気がする。みんなかなりスピードを出す。例に漏れず自分の乗せてもらっているバイクも速いので、後ろに乗ることに慣れてきていなかったら悲鳴をあげていたと思う。いい段階をふんでいる②だ。悲鳴どころか風がバシバシ当たるのが笑えてきて「ウェーイ」とか言っていた。走り出したら楽しくて、なんか食べて帰ろうということになった。
クマンという、インドネシアの代官山とか言われたりしている?らしいオシャレ街があるそうで、今回行く予定もないので見るだけでも面白いし通ってみようとジュンさんが提案してくれて、そこへ向かった。規模的には日本で言ったら国道沿いみたいな感じなんだけど並んでいる店がぜんぶめっちゃオシャレで、遠くには巨大なマンションもあった。インドネシアに来てから初めてマンションを見た。
ドイツソーセージの食べれる店で、今回の旅で初めてお酒を飲んだ。生ビールメチャ美味しかった。大事な話もたくさんしたし、こっちの2000ルピアの絵の人の顔が山田孝之に似てるとかしょうもない話もした。アメリカの音楽が流れてて体の大きい白人もたくさんいる店で、ここはどこだジャカルタだという気持ちになった。テレビではサッカーの中継をしていたけどみんなそんなに見てなかった。

帰って来て住人たちとひとしきりお喋りして折り紙とかして遊んだ。インドネシア語もいくつか教えてもらった。日本のポップスを一緒に歌ったりした。途中、足元を黒いラットが通り過ぎて気持ち悪かったし蚊にさされたけど楽しく一時ごろまで過ごして、解散した。