3 徒歩によい涼しい日

7月27日
今日はそれほど寝坊ではなかったけど、あまり時間を決めた予定もない日だったので、ベッドでノンビリ昨日の日記を書いたり、朝ごはんに食パンを焼いたり(フライパンで焼いたら加減が分からなくて焦がした)ストレッチや身支度を丁寧にやったりして、かなりゆっくりしてから昼頃に家を出た。
部屋にいる時からちらちら降っていたけど、外に出た時にも雨が降っていて、止むまで待とうかとも思ったけど、それでいつまでも家を出られなくなるのも嫌なので、折りたたみ傘をさして歩き出した。古着で安く手に入れたのでかなり雑にはいているけどお気に入りのスカートを、今日の徒歩ならはけるや、と思って着てきた、それが少し嬉しかった。小雨で曇りなので涼しくて、歩いても平気な気温だった。
しかし、とりあえずの目的地の、昨日訪れた、仲間たちがいるギャラリーの場所がわからなかった。歩き出してみたら、思っていたよりもずっとわからなかった。少し歩いてみたけど思い出せず、仕方なく、昨日の夜にバイクで連れて行ってもらった友人宅へ向かった。その道は途中のスーパーマーケット以降を歩いたりしたし単純に記憶が新しいので大体わかった。
迷わずに、進めたには進めたけど、友人宅に着くまでの道は、やたら長く怖く感じた。ジョグジャはとにかくバイクや車の交通量が多いし歩道がほとんどないか崩れているかガタガタなので、不安な気持ちで歩いているとけっこうマジであらゆることが怖くなってくる。言葉もわかんないし。
それでもなんとか友人宅へ辿り着いた。玄関の前にサンダルが脱いであった。誰かいる。ホッとする①。ドアも開いているので覗き込んでみると水の音がする。シャワー中だったら申し訳ない…と思いつつ「ごめんくださーい」と言うと、ほどなくして、歯ブラシを手にした若い女性が現れた。ホッとする②、でも知らない人だ。
知らない人だけど展示の関係者であることは間違いないので、軽く自己紹介をし、「この会場にいきたくて」と事情を説明したら、iPhoneを使って道を説明してくれたのだけど、この時にマップにピンを立てた上で教えてくれた。こんなに素晴らしい道の教え方があるのか、と学びがあったし心からホッとした。これで歩ける。
 
彼女に御礼を言って別れて歩きだしたら、さっきまでと同じ道なのに、全然ちがう気分になっていて自分の単純さが面白かった。観光地なので、わたしのような明らかに現地の人ではない若い女はタクシーやバイクタクシーやその辺のおじさんにとにかく声をかけられる。それに対して、昨日や今朝はかなり焦りをもって必死さを必死で隠しながら真顔で目も合わせず「ノー、いらない」とか言っていたのが、今はもうニコニコしながらハキハキと「ノーセンキュー!」だ。
昨日の晩に、ここの交差点の角にあるバティック屋さんがオススメ、と聞いていたところの近くまできた。おじさんがなにやらインドネシア語で話しかけてくるのだけど、わたしはあの店に行きたいんです、とハッキリ指をさして断ったりした。
そこは日本人のオーナーがやっている店で、アンティークのバティックを中心におしゃれな雑貨が店内所狭しと並べてあった。わたしは昨日すでにバティックのシャツとズボンを購入済みだったけど、布の状態のもイイじゃんと、けろっとハマって見てしまい、わりと大柄のレトロなものを発見して気に入り、ちょっと迷ってすぐ買った。店のおば様はわたしが日本から来たと言うと「うちのオーナーも日本人です」みたいな感じのことを言って微笑んでくれた。
 
目的地のギャラリーまでの途中に、木彫を中心にあらゆる彫刻作品やテーブル、絵画、アンティーク雑貨などの、作品、というレベルのものたちが売られている店があった。ギャラリーと呼んだ方がしっくりくる雰囲気の店だ。なんとなく入ってみたら想像していたよりも店内が広く、イイ感じの作品もいくつかあったりして、彫刻眺めるの楽しいなあ〜と思いながらけっこうノンビリ過ごした。店内がかなり静かなのがとても心地よかった。たまに店主のおじさんが黙って古いオルゴールのネジを巻いてそれが短いあいだ鳴るだけで、あとは沈黙だった。馬車の形のオルゴールのネジを巻き直し、天板がガラス製で他が流木でできている巨大なテーブル(これも商品)の上に戻すとき、テーブルとオルゴールの接地面四点に、紙を折ってクッションにしたものを挟み、丁寧に置く、その所作がかなり素敵だった。
店の奥の方にあった古い油絵の女の身体つきと肌の色と顔が妙に好きだったのと、古いペンがたくさんあったことと、木でできた剣があった(このあとに見たワヤンオランでも演者が小道具として腰につけていた)のと、流木の、もともとそれなりにゾウっぽい形のものを彫ってゾウにした作品が印象的だった。もともとゾウっぽいので「流木のところどころがゾウ」みたいな状態で、なかなかかっこよかった。流木になってしまったゾウなのか、ゾウになってしまった流木なのかよく分からない感じ。
 
そこを出て、若いアーティストたちのイラストや服や細かい雑貨などの作品たちがたくさんある店に入った。店構えからしておしゃれだった。レストランも併設されていたし池みたいな水を張ったところにはコイもいた。そこの壁に「安全第一」と書かれたイラストがあって、ギャグ的にめちゃめちゃ面白かったのだけど、クリアファイルになっている作品カタログを開いたら「safety first」というタイトルで、二度笑った。外国人の着ているTシャツと違ってこの人は分かってやっている…。
 
そういった寄り道を経て、ようやく朝に目的地にしていたギャラリーに着いた。友人が待ってくれていて、お昼を食べたり一緒に散歩でもしようかということになった。わたしがさっき歩いて来た道を戻ってさらに先まで行くコースだった。もちろん行く。
バイキングみたいに自分が食べたいものを皿に盛って、しかしグラムを測るでもなく目で見て会計してもらう、というザックリしたシステムのお店でご飯を食べた。値段も高くなかったので野菜のスムージーみたいなのも飲んだ。氷が入っていなくてぬるかったけど安心して飲めた。料理も美味しかった。何種類か惣菜をとったうちに、ソーセージの天ぷらを食べたのだけど、ソーセージをソーシスと呼ぶのがわからなくて友達にこれは何?と何度も聞き直してしまった。
パン屋にも寄った。明日の朝ごはんにしようと手のひらサイズのお菓子やら蒸しパンみたいなのやら春巻きみたいなのやらを買ってみたりした。試食をさせてくれて、友達と3人で喜んで頂いた。
その後も雑貨を見たり、歩いて売りに来たおじさんがその場で蒸して作ってくれるココナッツの餅みたいなお菓子を買い食いしたりして過ごした。この一帯は観光客向けの通りらしく、欧米人らしき人々がめちゃめちゃたくさんいた。洗練されたおしゃれな店やホテルがずらずら並んでいて見事だった。商品の座布団や服の上でどうどうと猫が昼寝する店があって最高だった。同じ店にそこそこ可愛い指輪があったけどサイズが今ひとつピンとこず、買うのをためらって結局やめてしまった。
来た道を戻るのもなんなので、一本違う道を戻ることにしたけど、その道中もかなりいろいろお店やらあって、昨日のバイクでビュンビュン飛ばすのとは全然ちがう町の見方ができて楽しかった。やっと、今までバイクに乗せてもらって訪れて来たあの店やこの店が、どういう位置関係にあるのか、頭の中の地図ができてきた気がする。バイクも楽しいけど、わたしはこの方法のほうが慣れている。
 
ギャラリーに戻るともう日が暮れていた。わたしが朝に訪れてバティックを購入したお店の、二号店ができているらしく、そこのオーナーもみんなの仲間だそうで、その店にゾロゾロ行ってみよう、ということになり、タクシーに便乗させて頂いて、お店にいった。
さっきわたしがバティックを購入した時と同じおば様が店にいて、「あらさっきの!youね」みたいに笑顔を交わせた。のんびり眺めていたら好みの色のバティックを見つけてしまって、「これが1000円は完全に安いでしょ、買いでしょ」と仲間のお兄さんにおされてアッサリまた買ってしまった。何に使おう、決まってないけど何にでもできるから良いかなと思う。食費などがとても安く済んでいるので油断して買ってしまう。
 
その後、「ナイトマーケット行く?!」という元気すぎる提案をもらい(すでに19時くらい)、ちょうど家主のお姉さんにも「あの辺で骨董市やってたと思うよおすすめ」とメッセージをもらっていたので、もうノリノリで「いく!」と返し、日本人の友人リョウさん(字で書くと変な感じ)と、ムティアと彼女のお姉さんのバイクに乗せてもらって、少し遠くだけど連れていってもらえることになった。ありがとう過ぎてやばい。
 
食べ物の屋台がかなりたくさん出ていて、広場では演劇(お笑いに近い、ワヤンオランというものらしく、ジャワ語で行われるのでムティアもたまに何言ってるのかわからないらしかった。上手でガムランなどの生演奏がシーンに合わせて行われる。客席ではちょいちょい笑いが起こる。途中、殺陣とかやってた)が行われている。そして奥の方では骨董市も開かれていた。年一回のお祭りらしく、お姉さんは「ユーアーラッキー!」としきりに楽しく言ってくれた。めちゃ気さくかつ超気がきく素敵な人だった。合気道を習っているらしい。 
 
4人で、あれ食べる?!なにこれ?!などと言いながらあらゆる初めて食べる食べ物をシェアしながら食べに食べ、奥の骨董市のほうへ行った。というか食べながら進んで言ったら骨董市に辿り着いた。
台湾で行った「それゴミでは?」みたいなものまで売りまくっている市場と雰囲気が似ていたけど、もう少し上質な印象だった。映画などの映像のフィルムを編集する機械らしきものがあって(切ったりやすったり繋いだりできる穴あけパンチみたいな形のやつ)、初めて見たわたしはかなり感動した。それと、鉛筆の芯だけみたいな鉛筆があって、これも初めて見たので嬉しくて、ちょっと高かったけど買った。うる星やつらの二巻のインドネシア語版のかなり古いやつがあって、汚かったけど嬉しくて買ってしまった。など。エンジョイした。店近くには関係者らしき男たちがダラダラ座っていて、商品を見てキャッキャやっている私達を見て「ジャパン?」とか「コンニチハ〜」とか色々やいやい言ってくるのだけど、わたしたちも機嫌がいいので「ありがとうございまーす」とか「こんばんはー」とか言って笑いあった。遠くに手相占いをやっているコーナーがあった。バリバリの音の、でも軽快な音楽のレコードを蓄音機で流しつつ売ったりしているコーナーもあって、かなりよかった。その近くの店にあった指輪が、さっきと違ってサイズが合ったので、あと、ゴツすぎて笑えたので、買ってしまった。
 
 
ムティアのお姉さんのバイクの後ろにわたしは乗せてもらっていた。そして、行きもそうだったけど、彼女はバイクを運転しながら鼻歌を歌う。それが、わたしはとても嬉しくて、聞き取れた音程だけ真似して歌ってみたり、似た音階で適当に歌ってみたり黙って聞いたりしながら楽しんでいた。
 
夜の、あちこち沢山光ってはいるけど全体的には暗い街で、車もバイクもうるさい中を自分もガーッと走ってうるさく臭くしながら、程よい涼しさの風を全身に受けて鼻歌歌うなんて、もう、めちゃめちゃ気持ちが良かった。
 
軽く感動してしまうくらい良かったから、「あなた運転する時に鼻歌を歌うじゃん、わたしそれとても好き」と英語で伝えたりした。
 
今日はわたしはスカートだったから、昨日と違って横向きに座っていたし、慣れてきたのとバイク自体が乗りやすい大きさだったのもあって、片手は楽にして片足も楽にぶらぶらさせて、という姿勢だった。それも手伝って、とっても良い感じだった。
 
お姉さんは、わたしが泊まっている家まで、わたしの拙い道案内だったけど、丁寧に送ってくれた。感謝してもしきれない、ノリのいい人で、こっちまでノリノリになってしまったそのことについても。
 
 
家に帰ってきて、二度目にしてもう慣れてきた水浴びを済ませて、やっと寝る。明日はまた全然違うことになる予定だ。