今年のお月見



十五夜だった。月がとてもきれいに見えた。

わたしはその日は福島県いわき市にいて、決して都会ではないところというのもあってか、本当にツーンとした丸い月がはっきり見れた。

夕方6時ごろ。さっきまで明るかった空がぐんぐん暗くなってやがてすっかり暮れた頃。あまり人気のない道を月は横目に見て目的地へ向かっていたが、目についたお菓子屋さんのおもてに「月見団子」と書かれていたので、迷わずはいった。

お店の番をしていたのは小学生くらいの女の子で、わたしが店へ入ると「おかあさああん、お客さんきたよ〜」とちょっとイラついたような声で、店の奥の家にいるのであろう母を呼んだ。

お団子は、透明のパックにはいって、10個以上あったと思う。白くて丸い、あんこも入っていないシンプルなお団子は上品に整列していた。他にも店内には、お煎餅とか、飴もあったかな、いろんなお菓子が整然と並んでいる。店の入り口の網戸はとても建て付けがよくスルスルと開いたし、並んでいる昔ながらのお菓子の印象とは裏腹に、壁も床もきれいで、新しそうな建物だ。女の子の背中に「ごめんねえ」と軽く声をかけながら待っていると、少しして、母ではなく父らしきおじさんが現れた。

財布から小銭を出しながら、「今、月がとてもきれいに見えてますよ」と言ったら、「そうですか」とおじさんは落ち着いた調子の声で静かに返し、会計を済ませたあと、わたしに続いて店の外へでてきた。

両側に一戸建てが並ぶ広い車道の真ん中あたりに立って、わたしたちは月を見た。

次の目的地があったので、立ち止まっていたのはそれほど長くない時間だったけど、手にさげたビニール袋にずしりと入ったお団子の重さと、秋の夜のすっきりした気温も相まって、「ザ・月見」といった感じであった。道にはわたしたち以外に誰もおらず、家々に明かりは灯っていたが、静かだった。

「おやすみなさい」といっておじさんとは別れた。おじさんは、二回「おやすみなさい」と言った。二回目は、わたしがもう5、6歩は歩いたあとに、背中に向かってつぶやくような「おやすみなさい」だったから、なんとなく振り向かなかった。