五月病予防


最近ずっと忙しかったのが少しだけおちつき、今日は家で寝たり起きたりしていた。
今回は、先日、「六本木アートナイト」と「吉原芸術大サービス」が終わったので、その時に発表した作品について。五月病予防もかねてちょっと書いておく。

六本木アートナイトの本番前に、深夜、町をふらふらと歩いていたときに、いいグラフィティがあった。黒いスプレーでくねくねした模様を描いたシンプルな絵で、タグって呼ばれるやつなのかな、よくわからないけど、それが、道のむこうの奥の壁と、それよりも手前の壁にひとつずつ大きく描かれていた。その二つを同時にちゃんと観ようとすると、今いる場所から少し後ろへ下がることになるのだが、そうまでして観ると、なんでもないはずの道路の空間が、なにか違う質感を持つのだった。まさに「景色が変わった」。それはかなり気持ちいい体験だった。さりげない魔法みたいだったし、でも同時にしっかりと地に足ついた快感で、いろいろなことがグルグル頭の中でまわった。コンクリートだから描けるんだよな、と思ったら、今居る場所があまりにも全部が硬いということに気づいて、ちょっとぞっとしたりもした。

吉原芸術大サービスでの作品は、その影響をすごく受けた。わたしの体が町の景色のなかに一時的に現れる「グラフィティ」になって、そこから発せられる言葉によって往来も周りの風景も、同時に視界に入ってきて想像力に加担する、そういうことがやりたかった。だから、映像ではなくてパフォーマンスとしてそこでその場でやらなくてはいけなかった。

四月に、高三の一年間通っていた美術予備校に久しぶりに行った。予備校生と一緒に芸大生も授業をうけるという春期講習があり、恩師に呼ばれて、半日と材料を与えられて「とりあえず作品をつくれ」というシンプルなワークショップをやった。
その時にわたしが作ったのは、「絵本の絵の部分が窓の外の景色になっている絵本」だった。窓のふちに三本糸をはって、本を読みつつ窓の前を通り過ぎながらその糸を三回くぐると、窓と自分の目の高さの関係が変わっていって、窓の外に見えるものが変わっていく、そこに少し言葉とストーリーがついている、といったもの。色々あまいのでアレだけれど、窓の使い方を、音の響き方を変えること以外に見つけて何かにできたのは自分のなかで新しかった。あの体験もけっこうつながっていると思う。

 

さて

吉原芸術大サービスの終った次の日、朝まで打ち上げに居て、家に帰って少し休んで学校に行った。
学校の地下にある変なところで歌を歌って遊んだりした。(本当は同級生の作品の録音)
カビくさくて真っ暗で、全部コンクリートでずーっと遠くまで空間が続いている。音もちょっとびっくりするくらい響く。外の音が、何の前触れもなくはいってくる。おもしろい、こんなん音を録るしかないだろうって感じ。また遊びにいきたい。
それで久しぶりにSoundCloudを更新して、Twitterほど雑じゃなく細切れに何かを外に出していくのけっこう良いかもなと思ったので、こうしてブログを書いている次第。

どうでもいいことも書きます。
今日は、さっき、ふらりとよったスーパーで、めちゃくちゃ久しぶりにガチャポンをしたら、機械がうまく動かなくて、店員さんを呼んだら欲しかった色のを選ばせてくれた。ラッキー。ダンゴウオのマグネット、とても可愛い。